52.それでも、世界は続いていく
放心状態となって座り込んだまま動かなくなった両親をそのままにして、私は屋敷を出ることにした。シオウ様が屋敷に残り、すべての処理をしてくれるとのこと。
「このまま自暴自棄になって大変なことになるかもしれませんので、私が残っていましょう。フィル様についても、責任を持って保護します。ご安心ください」
「ありがとうございます、シオウ様。……それにしても、私の両親は本当に愚かですわね。弟まで亡くしては、一族の血も途絶えてしまうというのに」
「……その件ですが……まだしっかりと情報を掴み切れていなのですが、ご両親は、フィル様に他の人間の魂を入れる方法を探られていたようです」
「……それは!?」
(私の件で成功したから、同じ方法でフィルの中身を入れ替えようとしていたの!?)
「具体的なことは、これからの調査となるでしょう。ただ……少なくとも、今回のレイラ様の行動によって、フィル様の命が救われたということは事実です」
「……! そう、ですね。シオウ様、今回はいろいろと手助けしていただき、ありがとうございました」
「いえ、私は何も。……レイラ様のご希望は……叶いましたか?」
「はい。これで、私の心配事は何もなくなりました」
「それは……よかったです。……レイラ様、お気をつけてお帰り下さい」
シオウ様は少し微笑んだ。そして、静かに礼をすると、屋敷の中に戻っていった。
私はラグレス様と二人、城に向かって歩いていた。このまま行けば、時間もさほどかからずに着いてしまう。ラグレス様も私を気遣ってくださったのか、すこし遠回りをしてくださっている。
私達はしばらく無言で歩き続け、気付くと綺麗な庭園の前に立っていた。どうやら、誰かの所有地ではなく、この辺りの人々の憩いの場となっている公園のようだった。
「まあ、ここに来るまで全然気付かなかったのですけど……すっかり、秋なのですね。木々が色づいていて、とっても綺麗ですわ」
「ああ……少し、見ていくか」
庭園の小路には、落ち葉が積もっていて、歩くたびにカサカサと音が鳴った。しばらくその感触を楽しみながら歩く。
「レイラ……王虎達に会っていくか?」
「いいえ、いずれきっとユーナの役に立つと思うので、私が下手に会って混乱させない方がいいと思いますわ。それに、一目見たらきっと名残惜しくなってしまいますもの」
「そうか……」
「幻獣騎士団の皆様も、お変わりないでしょうか?」
「レイラのお陰で、立派な騎士団になった。まあ、まだ途上ではあるが、大事な仕事を任せてもらえることが増えたと思う」
「それは、嬉しいですわ。ラグレス様は幻獣と心を通わせようとこれまで頑張ってこられたのですもの……」
「ああ……」
それまで、隣で歩調を合わせて歩いてくださっていたラグレス様が、ふと立ち止まった。
「……レイラ、本当にこれで最後になるのか?」
「……ええ。人間とはわがままなものですね。あの頃は辛くて逃げ出したいことばかりだった。でも、このような機会を与えられると、まだ生きていたかったと思ってしまう……この世界からいなくなってしまうということは、少し、怖い気もしますの。でも、ユーナの中にある私の存在は、完全に消え去るわけではありませんものね」
笑顔で別れるつもりだったのに、いつの間にか涙があふれ出てくる。
「レイラ……」
その時、沈みかけている夕日が、眩しく辺りを照らした。紅葉した木々も、落ち葉の小路も、私達も……その場のすべてが燃えるように輝いた。私の命はここで終わってしまうけど……明日も変わらず、日は昇るんだろう。
気付くと、私はラグレス様の胸の中にいる。温かく、力強い腕で抱きしめられていると、私はついに声をあげて泣き出してしまう。
「私では、何も、してやれなかった。レイラが家のことで辛い思いをしていたのも、もっとしっかりと知ろうとしていたら、まだまだできたことがあった。今更言っても遅いのはわかっているが……本当にすまなかった」
「……ラグレス様、気を病むことはありません。私は、ラグレス様にたくさんの幸せな時間をいただきました。一緒に幻獣達と触れ合った時間、忘れません」
ラグレス様の温もりで、私は徐々に落ち着きを取り戻す。気付いた頃には、オレンジ色の空が徐々に紺色と混ざり、遂には夜が始まろうとしていた。
「ラグレス様、ごきげんよう。また、生まれ変わって、どこかでお会いできるのを楽しみにしています」
涙は止まらない。でも、ラグレス様に精一杯の笑顔を向けることができた。
私は城へ戻り、夜の支度を整え――。
最期に……ユーナに向けて、届くともわからない言葉をかけた。
「ユーナ、ありがとう。前向きに生きることを、あなたに教えてもらったわ。もう、会うことはないと思うけれど……この世界を救えなくてもいい。皆の言いなりにならなくていい。あなたの思うように生きて、ね……」
そして、私は眠りについた。
・・・・・・
カーテン越しの光が眩しい。
朝が来た。
わたしは起き上がり、体の感触を確かめた。
今までレイラが見ていた場所と同じ所で、わたしは彼女の行動をただ見守ることしかできなかったけど……たった一日の短い時間でも、レイラの心は燃え、最後まで精一杯生きていた。
自然と鏡に向かい、自分の顔を覗き込む。そこには、強気ながらも、どこか思慮深い眼差しの女性が映し出されている。
理屈ではなく、感覚でわかる。レイラはわたしの中に今も生きている。わたしは結名であり、レイラでもあって――。そんな不思議な感覚を覚えながら、わたしは最後にレイラから掛けられた言葉を噛みしめていた。




