51.グレンフェル家の真実
私は今、久しぶりの我が家の前に立っている。相変わらずの、見栄えだけ気にした屋敷。……私を見た使用人たちは、皆凍り付いていたわ。
私の突然の訪問は、両親も驚愕させるには十分だった様子。青ざめた顔で、必死に言葉を探しているけど、どう切り出していいか困っているみたいね。
「グレンフェル家の皆様、ごきげんよう。急にお邪魔してしまって、申し訳ございませんね。あら? つい先日訪問させていただいたのに、すっかり私のことをお忘れでしょうか?」
「ひっ! いえいえ、聖女様のことを忘れるなどと、滅相もございません。……ところで、この間お会いした時と……様子が少しばかり変わられたようですが……」
「まあ、よく、お気づきになられましたわ! ドレスを新調しましたの」
にこりと笑って見せると、父親だったその男は、必死に汗をぬぐっている。
「お姉様!!」
その時、まだ幼い弟のフィルが駆け寄ってきて、抱き着かれる。ユーナが屋敷に来た時には、会えなかったはず。今日は約束もせずいきなり来たから、フィルもいたのかしら。
「フィル! 聖女様に失礼な態度をとるんじゃない! ……大変失礼しました、おほほほ」
強引に引きずられるようにして、弟は母に連れていかれた。
「それで、今日は……その、どういったご用件で?」
「ええ。前に、ここを『我が家と思ってよい』とのお言葉を頂きましたので、甘えさせていただこうと思いまして」
「えっ、あの……」
父親の返答も聞かず、私は豪華な客間を出て、屋敷のはずれにある自分の部屋へ向かった。ラグレス様も何も言わず付いてきてくれている。
久しぶりの自室の扉を開けると、家具もほとんど置かれていない、暗く質素な空間が目に入った。そして、部屋の隅には、すっかり怯えきった姿のフィルがうずくまっていた。
「やはり……ね」
私は、ここでの生活を思い出していた。魔物と話せるなど恐ろしい力だと蔑まれ、小さくなって生きてきた日々。私がまだ幼い頃は、何もわからず力を使ってしまうと、よく両親に厳しく注意されたものだった。私が成長してくると、その存在を隠そうと、家から出ることは許されなくなった。
(今思えば、ラグレス様や幻獣達と出会えたのは……本当に奇跡的なことだったのね)
ほとんど軟禁状態の生活でも、月に一度だけ、お城に行ける機会があった。魔導士として高位な方に、私の魔力を抑えてもらうという名目で通っていたから。まあ、結局その方と顔を合わせることはなかったのだけど。(そう言えば、その方はめんどくさい、などと言っていた気がする……)その代わり、こっそりと幻獣と関われる時間が持てたことは、私の唯一の楽しみとなった。
勝手に部屋を開けた私の後ろでは、両親が必死に何か言っているが、聞く気にもならない。
「フィル? ここはあなたの部屋なの?」
私が話しかけると、フィルは今にも泣きだしそうな顔で答えた。
「はい……前は、お姉様のお部屋だったんです。けど、お父様とお母様は、僕もお姉様と同じ悪魔だと言って、よくこの部屋に閉じ込めるようになったんです」
わたしが生きている間は、フィルに魔物と話す力はなかった。でも、力を表に出さないだけで、成長すればいずれ自分と同じになることは、何となく予測できていた。
「せ、聖女様がお気にかける必要は全くございません! フィルはいたずらばかりするのでね、こうして躾けてやらないとだめなんですよ」
「……そうやって、レイラにも?」
「まさか!! レイラは、聖女様にお体をお渡しできるように大切に育てた、自慢の娘ですよ」
そこへ、どこからともなくシオウ様が現れ、私に耳打ちをした。
「シオウ様、ありがとうございます」
「いえ、聖女様のご指示とあらば」
私は両親に向き直す。
「……私、たまにレイラとしての記憶が戻るのです。あの日も、立ち眩みがして、階段から落ちてしまったところまでは覚えているのですが……」
「そ……そうなんですよ。可哀想な事故でした。そのままレイラは帰らぬ人に……」
「でも、私はそういう事故が自分の身に頻繁に起きていたと記憶しているのですよね。眩暈がして突然意識を失ったり、体調がすぐれなかったり」
「確かに、レイラは病弱な娘でしたからね……」
「そんな時、こんな匂いのする料理を良く作ってもらっていたなぁと懐かしくて。……たった今、偶然この屋敷から見つかったんですけど、このサラヒアの根はいったい何のために用意したものでしょうかね」
「それは……!」
サラヒアの根。体内に入ると徐々に体を弱らせ、意識を失わせたり幻覚を見せたりする毒物。この国では売買は禁止されている。
「私が亡くなったのは一年以上も前の話。この新しいサラヒアは……なぜこの屋敷にあって、一体誰に使おうとした物なのかしら?」
「お姉様!!」
震えながら必死にしがみついてくるフィル。可哀想に。私が来たから、もう、大丈夫よ。
「そ、そのような物、見たこともありませんな。護衛の方の言い掛かりではないですかね!」
「あり得ません。サラヒアは大変珍しい植物ですので、取引ルートを調べればすぐにわかると思います。屋敷内での使用の痕跡も、調査すればすぐにわかるでしょう」
シオウ様が冷静に返答する。
「で……では! きっと召使いの誰かがやったのよ! 全く、誰よ、こんなもの持ち込んだのは。すぐに見つけて、処分いたしますわ」
「お二人とも、見苦しいですわ」
私の一言に、固まる両親。
「証拠が必要というなら、私の記憶が全て証拠となります。どのように育てていただいたか、私が忘れるとでもお思いになっていたのですか?……それにしても、まさか実の両親と再会して、気付いてもらえないとは驚きでしたわ、ねえ、『お父様』、『お母様』」
「ひぃっ! やっぱり……レイラなのね……」
「どうしてお前が! あの時、確実に死んでいたじゃないか……!!」
「あなた!? 聖女を召喚したら、元の人間の記憶はなくなるという話じゃなかったの?」
「そもそも、こんな計画自体に無理があったんだ!」
二人は動揺して言い争いを始めた。……本当に、見苦しいわ。
「グレンフェル家の皆様。レイラ様をご献体いただいたことで、多大な財産を築いたそうですね。ただ、今回は奇跡的に、レイラ様ご本人のご意思を直接伺う機会が与えられています。レイラ様ときちんと話し合ってから、グレンフェル家に対する処遇は追って連絡いたします。なお、調査の方も継続して行い、王にも報告させていただきますことをお忘れなく」
「そんな……何もかも、お終いだ」
シオウ様の言葉に、父親は頭を抱え込んだ。……こんな時にまで地位と財産のことしか考えていない人間ということが分かると、逆に清々しい気持ちになるわね。
私が呆れて何も言えないでいると、ラグレス様が前に歩み出た。
「レイラが苦しんでいたことに向き合えず、今まで何も手助けしてやれなかった自分に対して、抑えがたい怒りが込み上げてきます。あなたたちお二人にも、です。正直……立場も今後のことも考えず、今すぐ切り捨ててしまいたい衝動に駆られているのですが……レイラはもう、あなた達のことを少しも気に留めていない。同じ人間として考えるに値しないと判断し、今後のことは国の裁きに任せようと思います」
「ラグレス様……もったいないお言葉です」
母親は泣き崩れている。父親はその場に座り込み、何かぶつぶつとつぶやき続けていた。




