49.レイラと幻獣
その夜、自分の部屋にこっそりと戻ってきたわたしは、ノアと話したことを思い出していた。この世界に来て、みんな優しくて、わたしのやりたいことは、結構自由にやらせてもらっている。今は、こんな楽しい毎日だったら、ずっと続いてほしいとさえ思っている。でも……これでいいのかな? ずっと心に引っかかっていることはいくつかあるけど、このままにしておくのはきっと良くないし、何より中途半端ではわたしが気持ち悪い。
次の日、わたしは騎士団の詰所の場所を聞いて、ラグレスさんに会いに来ていた。ラグレスさんは突然の訪問にとても驚いた様子だった。
「レイ……失礼しました。聖女様、わざわざこのような場所へ足をお運びくださってどうしたのでしょう?」
「ラグレスさん、おはようございます。昨日は闘技場で素晴らしいものを見せていただいてありがとうございます! あの、今日もお忙しいのですか?」
「闘技場での披露が終わったので、今日はそこまで忙しくはありません。ただ、この後交代で祭りの警備は割り当たってはいます」
「では、今日もお仕事なんですね。急に押しかけてしまってごめんなさい! あの、どうしても気になることがあって、少しだけ教えてほしいんです。ラグレスさんはレイラとお知り合いということですが、どれくらい彼女のことを知っているのですか?」
「レイラについて……ですか?」
「さっきもわたしとレイラを言い間違えていましたよね? 今までわたしが会って来た中で、そういう人がいないので、ラグレスさんはひょっとしてレイラと仲が良かったのかな、って」
「……何度も言い間違えるなど、謝って許されることではありません! どのような処罰でも受け入れる所存であります」
眉間に皺を寄せ、深々と頭をさげるラグレスさん。
「あっ、責めているわけではないですよ! 顔をあげてください! わたしはただ、レイラのことを知りたいんです。手がかりが、ラグレスさんくらいしか思い浮かばなくてここに来たんです」
「そう、ですか。では、私の知りうる限りのことはお話しすると誓いましょう」
ラグレスさんはびしっと敬礼をした。騎士の人ってものすごく真面目なんだな……
「レイラは、幻獣騎士団を影で支えてくれていたのです」
「それは……どういうことですか?」
「まず、我々幻獣騎士団が操る魔物について説明をしましょう。幻獣と呼ばれる、非常に珍しいその魔物達は、手懐けるのが非常に難しく、捕獲するだけでも命がけなのです」
(アレクスが従えたエンクも、もしかして幻獣ということになるのかな!?)
「運良く捕まえられたとしても、人に決して慣れることはない。そんな幻獣の力を手に入れることは、伝説上の人物を除き、不可能だとされていました」
「でも、幻獣騎士団は存在していますよね……?」
「実は、我々は非常に歴史が浅い騎士団なのです。たまたま捕えていた一頭の幻獣に話しかけられる人間がいて、それから徐々に幻獣を飼い慣らす方法が広まりました。そして、やっと団として成立するまでになったのです」
「! それって……」
「お察しの通り、レイラです。本人は表舞台に立つことを嫌い、こっそりと幻獣と心を通わせていたようですが、それが我々にとって非常に大きな手助けとなりました」
「そういえば、前にロイドに聞いた時、レイラは魔物と話せる力で怖がられていたと言っていたかも……?」
「レイラは力を隠そうとしていました。少なくとも、私は怖いなどと思ったことはないのですが……。それに、闘技場で私が乗っていた幻獣『王虎』はさきほど話した最初の一頭で、レイラにとても懐いていました」
レイラについて、いろいろなことが分かってくる。
「ラグレスさん、ありがとうございます! 最後に、もう一つだけ教えていただきたいのですが……レイラのご家族に、会ってみたいので、どこにいらっしゃるか教えていただけませんか?」
「聖女様、レイラの両親に会って、どうなさるおつもりです?」
「……どう、したいのかちょっと自分でもわからないことが多いんですけど……わたしの中にレイラが存在しているんです。うまくは説明できないんですけど、レイラは、きっとまだ心残りなことがあって、未だに苦しんでいるようで。わたしが行動することで何かわかれば、楽にしてあげたいなっていう気持ちはあります」
しばらくの沈黙の後、ラグレスさんは大きくうなずいた。
「分かりました。3日後、私も体が空きますので、グレンフェル家にお連れします」
「え? わざわざすみません! お忙しいなら、住所を教えていただけるだけでも構いませんよ」
「いえ、是非お供させていただきたい。わたしも、レイラに償わなければならない人間なのです」
そう言ったラグレスさんの表情はとても悲しそうに見えた。
・・・・・・
3日後、わたしはラグレスさんとシオウと一緒に、グレンフェル家へ来ていた。お城を出て、さほど遠くない街の中心部に建てられた大きなお屋敷。建物も庭も広く、たくさんの使用人さん達が出迎えてくれる様子を見ると、とても裕福な家であることがわかる。
わたしは、盛大なおもてなしを受けた。レイラのご両親だという二人には、聖女という存在がいかに素晴らしいかということを、これでもかと語られる。とても高級だというお菓子や飲み物もたくさん勧められた。
「このような場所にまで足を運んでくださるとは、聖女様とは隅々までお心を配られる素晴らしい方なのですね」
「ここを我が家と思って、いつでもお立ち寄り下さいね」
一時間ほど滞在してお話をした後、大げさな別れの言葉をかけられながら屋敷を出た。
「……レイラのご両親、『聖女』の話はしても、レイラについては一切触れませんでしたね」
わたしのつぶやきのような一言に、ラグレスさんは否定も肯定もしなかったけど、眉間に深い皺を寄せていた。
(レイラと家族の間には、何があるんだろう――?)
何とも言えない違和感を残したまま、わたし達は城に戻っていった。




