44.ノアの本音
オーク村と城の行ったり来たり生活にもすっかり慣れてきたわたし。今回のオーク村ではずいぶんとゆったりした時間を過ごすことになった。その後お城に戻ってからは、日課の魔法練習とメイド修行をするくらいで、無理せず過ごしている。
今日は図書室にやってくると、珍しくノアを発見した。わたしがあまり会えないだけで、なんだかんだノアもちゃんと城に来て働いているのかと思っていた。でも……そうでもないらしい。
その証拠に、たくさんの人に囲まれている。後から気付いて集まっていく人たちも、ノアがいることに驚いて声をあげているみたい。
なんだか、大半が若い女の子達な気がするけど……遠いので会話が聞こえないが、人に囲まれてちらりと見えるノアは、いつも以上にけだるそうに受け答えしているのが態度でわかる。
いつものことながら、オークまでわたしを送ってくれる魔法のお礼をしようかとも思ったけど、人も多いので諦めて、読書することにした。窓際の席に座り、魔法について書かれた本を開いた。
「はあ、たまに来たらこれだからな」
わたしの向かいの席にどっかと座るノア。わたしの顔を見るなり、文句を言ってくる。何なんだろう、人をイライラのはけ口にしたいのかな。
「でさ、おまえはさっきから俺のこと気付いてるよな」
なんか普段に増して不機嫌そう。……関わってもろくなことがなさそうだ。わたしは再び本に意識を向ける。
「『意識を向ける』じゃねぇよ! 心の声だだもれなんだよ、おまえは」
バサッと本を取り上げられる。
「ああ、ごめんごめん。つい。でもノアが忙しそうだったから」
「こうやって忙しい時間をわざわざおまえのために割いてやってるんだけどな」
「はーい。ありがとうございまーす。……でもいいの? あの人たち、ノアに用があったんじゃないの」
「あいつらは俺が物珍しいから近寄ってきてるだけ」
気付くとノアの周りに集まっていた人たちはいなくなっている。ノアが追い払ったのだろうか。
「前々から思ってたんだけど……ノアって相当偉い人なんだよね? レイヴァル様も褒めてたし、ロイドも『先生』呼びしてるし」
「んー、別に。王宮魔導士団『顧問』って肩書にされてるけど、名前だけみたいなもんだし」
「王宮魔導士団……ロイドが団長なんだよね」
「んー」
……人に話しかけてきておいて、こっちから話題振るとこんな態度!
「先生は俺に魔法の知識を教えてくれたすごい人なんですよ」
「あっ、ロイド!」
気付くと、わたしたちの机の横にロイドが立っていた。図書室でこの二人と話すなんて珍しい体験すぎる。
「先生は史上最年少で、魔導士達を束ねる指導者の地位へ上り詰めたすごい方なんです」
驚いてノアの顔を見ても、否定も肯定もしない。
「聖女召喚の儀が成功したのも、先生の研究があったからこそなんですよ」
「あんまりいらないことべらべらしゃべるな。俺はもうそういうことに関わりたくないと思ってんだから」
二人の間に何とも言えないピリッとした空気が流れている気がする。
「ところでロイド、お前忙しいんじゃないの?」
「ああ、そうでした。今日先生が持ってきてくださった研究資料、ありがたく読ませていただきます! では、失礼しますね。ユーナ様も、また」
言うなり、ロイドは立ち去って行った。ノアは……わたしの前に座って動く気はなさそう。
「今日は仕事はさせられるわロイドと話さなきゃいけないわ、最悪な日だな」
「……そう、それは大変だったね」
「……」
・・・・・・
なにがどうなったのか、わたしは今、城壁の外にいる。隣にはノア。気分転換にと半ば強引に誘われ、魔法を使って移動してきたところだ。
「ねえ、誰にも許可とってきてないけど、ほんとに大丈夫?」
「ああ、俺の権力でなんとでもなる。いやーちょうどよかったわ。普段遠くてなかなか来れないんだよな。おまえの力使ったら便利だわ」
「……」
見渡すと街のようだけど、王都の城壁の周りに人が集まってきてできた場所だと、昔シオウに教えてもらった。確かに、城下町と比べると家の造りも簡素な感じだし、道路も舗装されていない。
もの珍しさにきょろきょろしていると、自然と人が集まってきた。
「よお、ノア。久しぶりだな」
「あっ、ノアだ~! 全然会いに来てくれないから、寂しかったのよ!」
(……ノアは、ここの人たちと知り合いなんだ!)
ノアは楽しそうに、次々と集まってくる街の人たちと話している。その後街中をうろうろするノアに付いて歩いた。確かに珍しい物ばかりで楽しいけど、本当にわたしが付いてきてよかったのかな。
「ここについて、どう思う?」
「え? わたし? うーん、どこに行っても、城壁がよく見えるかな?」
ノアに突然話しかけられて戸惑ったわたしは、変な答えをしてしまったかもしれない。
「……やっぱり、あの中は窮屈だな」
(あの中、って城壁の中……王都のことだよね)
「ノアってそんなこと考えるタイプなんだ、ちょっと意外かな」
「貴族たちなんて気取っててどの権力に取り入ろうか考えてるやつらばっかりだろ」
今日のノアはなんだかいつもと違う雰囲気な気がする。その後オープンテラスのような場所で一緒に座ると、今まではできなかったような会話をした。
「おまえは、聖女として召喚されたこと、どこまで知ってる?」
「うーん、わたしの体は、レイラっていう前の持ち主がいるっていうことはロイドから聞いたけど」
「……人の命について、どう思う?」
真面目な顔でじっと見つめられ、思わずどきっとする。
「それは……どういう質問?」
ノアはほんの少しの間を置いて続きを話し始めた。
「死んだ人間に別の魂を入れて動かす魔法は、禁忌とされている。ロイドは、それを破った」
「え……」
「魔導士の中で引き継がれている決まり。でも、この『国』はそれを知っても咎めることもしなかった」
何を言っていいのか、言葉に詰まっていると、ノアは再び話し始める。
「でも、俺も同罪だ。ロイドを止められなかったどころか、聖女召喚の儀まで参加していたしな。……この国の歴史にある限り、こんな方法を使ったのはあんたで初めて。あんたは実験台にされてんだよ」
初めて聞いたかもしれない、ノアの本音……一つ一つの言葉は重く、表情は苦しそうに見える。
その時、理解した。
この人は……ノアは優しいんだ。いろいろな罪悪感を抱えてずっと生きてきている人なのかもしれない。
(大丈夫……気にしてないよ!)
(心配しないで! 絶対にこの国を救うから!)
……?
違う。何も……
今のわたしには、答えられる言葉は何もなかった。




