40.エンジョイ城下町
今日は、レイヴァル様とお会いする約束の日。わたしは温室に向かった。
「ユーナさまとこうしてゆっくりお話しできるのは、なんだか久しぶりですね」
「なかなかお会いできなくて、ごめんなさい」
王都に戻ったら戻ったでいろいろ動き回っていたから、正直レイヴァル様とあまり会えていなかった。
「ユーナさまは、北の村に行った時は、どんなことをされて過ごしているのですか?」
わたしが村で起こったいろいろなことを話すと、レイヴァル様がとても興味深そうに聞いてくれた。
「とても、楽しそうですね。エヴァリーナの街にもよくお出かけになるのですか?」
「うーん……実は、わたしもここに来るときに通ったくらいなんですよね」
ノアの屋敷に行くことはあっても、よく考えたらそれ以外に城下町に出たことはなかった。
「今度、出かけたら、街の様子をお話ししますね」
「……うらやましいです」
「えっ」
「私は、本当になにも知らないんです。お城から出ることもほとんどありませんから」
寂しそうに微笑んだレイヴァル様。そこで、ピーンとわたしの脳内にひらめく、アイデア。
「レイヴァル様…… 知らないことを嘆いてる時間を、知る時間にしちゃえばいいのでは?」
「それはどういうことです……?」
不思議そうに首を傾げるレイヴァル様。
「この世界に来る前わたしのいた場所には、魔法も魔物も存在しないし、お城に王様がいて騎士や魔法使いがいるなんて、おとぎ話やゲームの世界くらいでしか知らなかったんです。本当に、ここの生活と違うことばかりで……でも、今のわたしは、存在すら知らなかった魔法をロイド達に教わって使えるようになりました。こうやってお話することで、レイヴァル様のこともちょっとずつ知ることができています」
「そう、ですよね……」
「それで、ここからが本題なんですけど、今度メイドさんに教えてもらった街の食事屋さんに行ってみようと思ってたところだったんですよ。……レイヴァル様、一緒に行きませんか?」
「……さすがに、そのようなことは難しいと思いますが」
私はレイヴァル様にこっそりと耳打ちする。
「秘密で行くのは、どうです?」
「なっ!!?」
(あ、こんなに驚いた顔のレイヴァル様、初めて見た)
しばらく固まるレイヴァル様。わたしの顔は、悪巧みをする悪代官のような笑みを浮かべていたに違いない。
・・・・・・
「衛兵の皆さん、いつも、お疲れ様です!」
「皆さんも、いつもご苦労様です。今日はお出かけですか?」
「はい、今日はお休みをもらえたので、街で買い物をしようと思っているんですよ」
「お気をつけて!」
リリィと先輩メイドのアビーに手伝ってもらい、城を抜け出すのは意外とあっさり成功した。存在をあまり感じさせないレイヴァル様の護衛は、わたしが確認できるだけで数人。この人たちは何か意見してくるわけではないので、今現在もレイヴァル様の行動を近くで見守っている……と思う。いつも温室で会う時と違い、気配がないので分からないけど。
そして、宰相のウォーレン様にバレると確実にまずそうなので、残っている使用人のみなさんに「王は体調がすぐれないため、部屋にこもっている。誰にも会いたくない」と口裏を合わせてもらうことにした。
レイヴァル様曰く、今までもそうして引きこもっていたことがあり、おそらく不審がられることはないだろうという。
わたしはというと、何か行動を起こすとなぜかシオウに声を掛けられることが多いので身構えてはいたが、今日はシオウも忙しいのか遭遇することはなかった。
門から踏み出し、わたしの横に立つレイヴァル様をチラ見する。……完璧にメイドさんになりきっていた。
……変装を考えるとき、少数精鋭のメイドさん達と話し合った。やっぱり、レイヴァル様はどうしても目立ってしまう。
「うーん。無難に、魔導士のローブかな?」
「商人の出入りもあるので、そういう姿でもいいのでは? でも、お借りできる方がいませんね」
そこで、ひらめくわたしとメイドさん達。悪いことをしているのに、……いや、だからこそ、非常に楽しい。
「やっぱり、ドレスでいいんじゃ?」
「メイドの私達は、お休みをいただいて城から出る際に私服なので、そのような格好をすれば怪しまれないと思いますよ」
「私は、単純に王様の女装が見てみたいです」
「そこ、重要だよね」
わたし達の意見は一致した。あっという間に女性の格好をさせられたレイヴァル様は、最初おろおろしていたものの、しばらくたった今では、わたしよりよっぽど様になっている。というか、非常に可愛い。可愛すぎる。あまりのレベルの違いに、嫉妬心すら芽生えない。あまり高貴さが目立たないようにと選んだ服も、レイヴァル様にかかるとオーラを放っている。キラキラとした透き通るような金髪は目立つので、茶色のウィッグで隠している。
そして現在。わたし達は噂の食事処に来ていた。お城からは離れているので、乗合馬車も初体験した。
「いらっしゃいませ! ……やあ、アビー、今日はお友達も連れてきてくれたんだね」
(そういえば、親戚がやってるって話していたなぁ)
お店の中はたくさんのテーブルと椅子が並べられ、かなり広かったが、それでもほとんど満席状態で繁盛していた。ホール係の人が、忙しくテーブルの間を行ったり来たりしている。
「はい! クルルーバーガーだよ」
わたしたちは、この店で一番人気の料理を頼んだ。確かに、お城で食べるよりも大衆的なメニューだなと思う。思い切ってかぶりつくと、ジューシーな肉汁が溢れ出す。この世界の鶏肉みたいなものだろうか? 香辛料もスパイシーで、ピリ辛だけど病みつきになる味。これは、人気なのもうなづける。
とってもおいしいのでもりもり食べていると、レイヴァル様がバーガーを凝視して固まってる。
「……レイ? どうしたの? 好みじゃないかな」
ちなみに、街に出ている間は、話し方も変えている。
「ううん。こんな風に手で持って食べる料理があるのかって、驚いてしまって。じ、じゃあ、いただくね」
ぱくり。
固唾をのんで見守るわたし達。
「うん、とっても美味しい!!」
「よ、よかったー!!」
レイヴァル様のきらっきらの笑顔で、わたし達は幸せに包まれた。
美味しく食べていると、突然声をかけられた。
「おい、ねーちゃん達、こっちで一緒に飲まないか?」
「こいつはかなりの上玉じゃないか! お前、振られたばっかりだろ? この子にお願いしてみたらどうだ?」
「お前じゃ全然釣り合わねえな」
「まったくだ、アッハッハッハ」
酒臭い……
昼間から、酔っぱらった男たちに絡まれるとは……
「すみませんけど、わたし達は食事を楽しみに来たんです。あなたたちに付いて行く気はありませんので、お引き取り下さい!」
リリィが男たちの前に立ちはだかる。
「『お引き取り下さい!』だって、見てみろよ、怖がってるところもかわいいんじゃないの~?」
「あははは!! お前、完全に悪者あつかいじゃん!」
わたしも立ち上がった瞬間……場が凍り付いた。明らかに殺気を放つ数人の男性が、酔っ払い達の周りを取り囲んでいる。レイヴァル様の……護衛さん達だ。
「お前達、出てきてはいけません」
レイヴァル様が静かに言うと、護衛さん達は一瞬でその場を立ち去った。……んだと思う。それでも、周りのお客さんも含め、異様な光景が目に焼き付き、静まり返っている。
「皆様! お食事中に失礼しました。どうぞ、引き続きお楽しみください」
にこっ。
きらきらきら――……
レイヴァル様が皆に向けてとびきりのスマイルを振りまいた。あまりの神々しさに拝む者や拍手する者もいたが、しばらくすると再び先ほどまでの賑わいが戻った。
酔っ払い達はというと、命の危険を感じたのか、何かテンプレ的な捨て台詞を吐いて、その場を去っていった。
「3人とも、大丈夫?」
えっ? むしろレイヴァル様が狙われてて、わたし全然蚊帳の外感あったよ? それでも心配してくれるレイヴァル様、やさしい。
「せっかく美味しい料理をいただいていたのにね。さあ、残さず食べましょう」
そう言うなり、レイヴァル様は先ほどより大きな口でバーガーにかじりつき、全部平らげていた。
・・・・・・
城へ戻ったわたし達は、何事もなかったようにいつもの服装に戻る。
「いろいろありましたけど、今日は楽しかったですね。では、レイヴァル様。また、温室でお話ししましょうね」
別れを告げてその場から離れようとすると、レイヴァル様がわたしの耳元に顔を近づける。
「ユーナ、また、抜け出そうね」
「……!!!」
驚いて顔を見ると、今まで見たことのない黒い微笑み。
……どうやら、わたしはレイヴァル様の新たな一面を垣間見てしまったようだ。




