36.炎の騎士
「ユーナ、お願いがあるんだけど!」
いつものように仕事をしていたわたしは、アレクスから声を掛けられた。
「ユーナ……その恰好、何?」
「あ、うん。ヒカリバチに刺されないための防護服」
わたしは白くて分厚いつなぎと顔のカバーを脱ぎながら答えた。
「けっこう軌道に乗って来たんだよね! ハチミツ事業。テオ含め、魔力が見える人たちにも協力してもらってて、味の違いが出るか研究中なの」
「……なんだかよくわからないけど、それは良かった」
「そういえば、わたしに何か用事?」
「そうだ。ユーナに協力してほしいことがあって。この前、北の山に行く途中で見かけた、エンクを捕まえたいんだ」
「ええっ! どうしてまた?」
「この前、村のお年寄りから聞いたんだけど、何代も前のノースデールの領主がエンクを乗りこなしていたって伝説があるらしいんだよ。魔物って長生きだから、もしかしてその時の一頭なんじゃないかと思って。ロマンがあるだろ~! ついでといってはなんだけど、村の復興にも役立つんじゃないかというのも理由の一つだ」
アレクスの目が光り輝いている。
「アレクスがそこまでいうなら協力するけど……わたし、話しかけれても従えさせられるとは限らないよ?」
「ユーナの力は十分わかってるよ。でも、ダイアウルフやロックは俺には扱えないだろ。自分の力で手なづけたいんだ。それで、考えたんだけど……ロックに乗せてもらって、前の場所に連れて行ってもらいたいんだ。うまくいけば、ユーナに通訳もしてもらえるかもしれないし」
(確かに……そういうことなら、手伝えるかな?)
わたしはアレクスの熱意に負け、提案を受けた。
次の日の早朝。わたしたちは屋敷の裏手にこっそりロックを呼び寄せていた。
「アレクス、なんでこそこそ行くの?」
しーっ、と人差し指を口に当て、小さな声でアレクスが答える。
「ユーナ、静かに。だってそりゃあ、バレでもしたらマズイ……」
「ユーナ様、アレクス様、何をなさっておいでですか」
「シオウ……!」
めっちゃ疑いの眼差しで立っているシオウ……っていうかなんでここに!?
「お、おう、ちょっと早朝散歩にな!」
「その割には、ずいぶんとしっかりした装備をなさってますね」
「ま……まあ、何があってもおかしくないからな。備えだ備え」
「王にもユーナ様が危険なことをなさらないよう見張れと仰せつかっております。どうしても行くというなら、私も同行いたします」
完全にこちらの動向読まれてるよね、これ。
「ごめん! ロックは二人乗りだから、シオウは待っててくれ!」
「えっ、アレクス! きゃっ」
シオウが止める間もなく、一瞬でアレクスに担ぎ上げられたわたしは、空へ舞い上がってく。あまりの恐ろしさに、シオウの方を振り返る勇気はなかった。
「やっぱり、シオウにも来てもらった方がよかったんじゃない?」
「ユーナ、ごめんな。前の戦いで、シオウの実力はよくわかってる。でも、今回の相手は自分以外の誰かに気を配ってる余裕がないかもしれないんだ」
「そんな……大丈夫なの?」
「もちろん! ユーナはロックに乗って安全なところにいてくれていいし、安心して」
今までに見てきた戦うアレクスは、本当に強かった。そんな彼がそこまで言うなら、よっぽど苦労する相手なんだろう。
わたしは、アレクスの心配をしてるんだけど……。
しばらく上空を旋回していると、アレクスが叫んだ。
「見つけた!」
「お願い、あそこまで降りて行って」
ロックはぐんぐんと急降下していった。
「エンク」はすらりとしていて、馬に似たような姿をしていた。でも、角が生え、たてがみが紅く揺らめく不思議な姿から、わたしの知っている生き物でないことがわかる。
きれい……炎の魔獣なんだ。
ロックからすとんと降りたアレクスは、その魔獣と向き合った。わたしを乗せたロックは、再び上昇する。
エンクは警戒しながらも、逃げることはなかった。しばらく目線を外さずに向かい合った二人だったが、短いいななきの後、エンクが突進をする。2本の角でアレクスを突いた!……と思ったけど、それを剣で押さえているアレクス。気付けは、アレクスも燃えている。
そこから、アレクスとエンクの戦いが始まった。
ロックの上から見ていると、アレクスとエンクはまるで踊りを踊っているかのように見えた。
(確かに、わたしがあそこにいたら一瞬で死んでそう……)
しばらく見入っていたわたし。そこで、ふと、この戦いに終わりがあるのか不安になる……アレクスが炎の魔力をもってエンクに臨んだとしても、その攻撃は効くんだろうか?
(そうだ……! アレクスの魔力、増幅できるかな?)
今までは触れたものや相手の力を増幅させることができたけど、今のアレクスには到底近付ける気がしない。
(ダメもとで、アレクスに念を送ってみよう!!)
……
しかし、何も起きなかった。ちょっと……恥ずかしい。ほんとに、ただ念を送っただけだった。
そうこうしているうちにアレクスがエンクの隙をつき、その背に跨った。エンクの背中に乗って振り落とされないようにしがみつくアレクス。
エンクはアレクスを乗せたまま、暴れながら走り回った。
(あれ……角が光っている?)
異変に気付いた瞬間、地面から何本も炎の柱が噴き出した。その柱はわたしとロックのいる上空まで達した。
「エンクの魔法!? ……って、きゃぁっ!」
ロックが避けるように体を転換させたので、わたしは空中に放り出された。
「……ユーナっ!!」
ロックが慌てて体制を立て直すのが見えた。でも、間に合わない。
……気付くと、アレクスの腕の中にいた。アレクスが駆け寄って、抱き留めてくれたみたい。
(あれ? アレクスはエンクに跨っていたと思ったけど……)
「アレクス、後ろ!!」
アレクスが振り返り、突進してきたエンクに向かって大声で話しかける。
「お前の力を、俺に貸してくれ!!」
エンクはぴたりと止まり、アレクスを見据えた。アレクスが体にまとう炎は、更に勢いを増した気がする。
「私は昔、主人と認めた人間がいました。貴方には、その者を超える力がありますか?」
(もしかして、わたしに触れているからエンクと会話ができてる?)
アレクスはエンクの言葉が分かったのか、じっとその目を見て動かない。
「当然だっ! エンク、俺に仕えろ!!!」
アレクスのあまりの大声に、びっくりして固まるわたし。もしかしたら、エンクも、少し戸惑っているかもしれない。
「……分かりました。わが主人として認めましょう」
そのまま、エンクは頭を下げた。アレクスは、成功した。エンクを手なづけたんだ!
「ユーナ、やった―!!……」
わたしを横抱きにしたまま、急に膝をつくアレクス。
「アレクス……? 怪我してるの!?」
さっき、わたしをかばった時に? わたしは慌ててアレクスから体を離し、怪我の様子を確かめる。アレクスはわたしの呼びかけに答えず、苦しそうに息をしている。
「アレクス! しっかりして!」
アレクスのわき腹から、血が流れ出しているのを見つける。エンクの角にやられたの?
どうしよう……
そこでわたしの頭をよぎったのは回復魔法……使ったことがないし、わたしの魔法なんて大した力はないのは嫌というほどわかってる。でも……やってみるしかない。
わたしはアレクスの体に意識を集中させる。
魔法を使う時……イメージが大切だとロイドに教わった。お願い! わたしを守って傷ついたアレクスを、助けたい!!
しばらくすると……大きなオレンジ色の光がアレクスを包んだ。なんだろう、よくわからないけど、すごくあったかい。
光が徐々に消えていくと、アレクスの表情が和らぎ、いくぶんか呼吸が楽になったよう。
効いてる!……でも、完全に治ったわけではないみたい。
それ以上どうしていいかわからずおろおろしているわたしに、声が掛かった。気付くと、わたしの後ろに、シオウが立っていた。
「シオウ、ここまでどうやって?」
「ロックを追って走ってきました」
(え?? どれだけ人間離れした体力なの……)
「アレクス様は……怪我をされていますね」
シオウはその場の様子を見て、何となく事情が分かった様子。
「どうしよう……少しは魔法で良くなったみたいなんだけど、目を覚まさないの」
シオウがアレクスの怪我の様子を確認する。
「大丈夫です、命に別状はないでしょう。聖女様の回復魔法が効いているようです」
「よかった……! でも、すぐにちゃんと診てもらったほうがいいよね」
シオウは少し考えた後、話し始めた。
「ロック鳥は3人乗れませんし、何より今のアレクス様は掴まっていられないでしょう。私ではこの馬のような魔物を操れないですし……聖女様、申し訳ありませんが、村まで一緒に歩いて帰ってもらうことになりますがよろしいでしょうか」
「うん、シオウの考えた方法しかなさそうだね! すぐに行こう」
アレクスをエンクに乗せ、わたしとシオウは村を目指して森を抜けていった。




