29.聖なる力とアレクスの誓い
呆然と立ち竦んでいたわたしは、しばらくしてみんなの様子に思い至って見回した。どうやら、みんなもわたしと同じ状況だったみたい。怪我をした人はいないようだ。みんな無事でよかった……
クレアがぼそりと呟く。
「……ノア様、森がめちゃくちゃになっているのですけど?」
「燃やすなと言われたから、その通りにしてるけど。それに、矢を放ったのはお前だから、自分のせいだろ。あと、こっちの聖女の力な。俺の責任は1割もない」
「なっ」
(すごい言い訳の力だ……)
「油断するな、また動き出すぞ」
話している間も、アレクスが警戒を解いていない。
羽にダメージがあったのか、ロックはもう一度飛び上がることがなかった。ただ、しばらくすると巨体がゆっくりと起き上がる。
「どんだけ頑丈なんだよ」
ノアが舌打ちをして、ロックに向かい駆け出す。同時に、みんな戦闘態勢に戻っていく。
ロックは飛べなくなったものの、巨体を振り回し、突進してくる。残っていた木々も、なぎ倒されていった。
……ただ、今度は、空中戦の術を持たなかったみんなの攻撃がロックに届くようになった。みんなの猛攻に、ロックは反撃の余地もないみたい。
それでも、アレクス達の剣を嘴で受け、体を振り回して攻撃を跳ねのけ続ける。
なんだか……かわいそう。
ふと、感じる違和感。
え?わたし、ロック鳥のこと……かわいそうって思った??
「聖女様!近寄っては危険です」
「ユーナ、下がれ!!」
不思議な感覚が波の様に押し寄せてくる。自分が自分でないような気分で、思考がぼやける。
みんなの声がどこか遠くに感じるなか、わたしはロックの前に歩み出た。
ロックの動きが止まって、こちらをじっと見つめている。わたしは、視線をはずさないように、更にゆっくりと近づいた。
自分でもばかなことをしているのはわかってる。冷や汗が頬を伝う。……でも、そんなわたしの気持ちと別のところで、何か別の感情が湧き上がってくるのを感じた。
「もう、お終いにしましょう。あなたがこれ以上わたし達を傷つけないのであれば、こちらからも手を出さない」
「……」
「お願い。命を奪いたくないの」
「誇り高き我が一族、人間の言葉に惑わされぬ」
「……残念ね。それでは、力尽くでやらせてもらうことにします」
ダイアウルフ達にしたときは無我夢中だったけど、なぜか、今度はわかった。どうやったら光の首輪を出せるのか。そして、目の前の魔物を服従させることができるのか。
「……伏せ!!」
空に広がる大きな光の輪。その首に輪となり巻き付いた大きな光に、ロックはもう抵抗することもなかった。そのまま、力なく目を閉じ、開いていた羽を閉じると、その場に静かにうずくまった。
そして、周囲は静寂に包まれた。
……なぜだろう、ひどく悲しい。
ポツン、と頬が濡れるのを感じた。
(雨――)
降り始めた雨が、森を濡らしていく。
言い表せない不思議な感情のまま、ロックとの戦いは終わった。
・・・・・・
怒涛の一日で気づかなかったが、ロックを抑え込んだ時には、すでに夕方になっていた。夜が始まろうとしている。村に戻ると、みんなが集まってくれていた。
「大きな音がずっと聞こえていたから、みんな大丈夫かとハラハラしておったんじゃよ」
「心配してくれてありがとうね、サイラスさん。みんな……アレクスも、無事に連れて戻ったよ」
「さあさあ、皆さんお疲れでしょう。今日はゆっくり休んでいかれませんか?」
わたしが頷こうとすると、シオウに遮られた。
「聖女様、長居しすぎました。早急に城へ戻りましょう」
(あっ、こっそり抜け出してきてたこと、忘れてた)
わたしたちは、ほとんど休む間もなく、王都へ戻ることになった。
「ごめんね、村のこと何も終わらないまま戻ってしまうけど……ねえシオウ、ノア……やっぱりもう少し泊って――……」
「だめ。恐らく城でもあんたが消えて大騒ぎになってるだろう。これ以上ここに滞在すれば今後一切の自由がなくなるかもな」
「ノア様の言う通りです。また、アレクス様たちにあらぬ疑いがかけられてしまえば、本末転倒でしょう」
「うっ」
反論の余地もない……
「ごめんね……そういうことで……みんなまたね」
わたしが泣く泣く別れを決意していると、それまで黙っていたアレクスがわたしの前に立った。
そして、跪きわたしの手を取る。
「えっ……アレクス?」
なんだかいつものアレクスと違う雰囲気!?
「貴女の助けにより、我が領土と民は守られました。このアレクス・フレアエイゲート、感謝と忠誠を聖女ユーナ様に捧げます」
え??
手の甲に口づけされたと分かったとき、顔に血が上るのがわかった。
跪いた姿勢のままわたしの顔を見上げて微笑んだアレクスは、なんとなく意地悪そうに見える。
「ちょっと……からかわないでよ!ものすごく恥ずかしいんだけど」
「俺は本気だけどな。ユーナ、本当にありがとう。また会えると……信じてる」
「うん……まだまだ大変だと思うけど、ノースデールはアレクスがいるから大丈夫だね。必ず、また来るから!」
何これ!恥ずかしすぎる!!
わたしはそれ以上アレクスの顔を直視できなかった。その後は落ち着いているふりをして村のみんなと別れのあいさつをしたけど、ドキドキはしばらく治まらなかった。
しばらくして、ノアから声が掛かった。
「おい、もういい加減戻りたいんだけど。雨でびしょぬれだし」
「うん……それじゃあみんな、またね!!」
怒涛の一日が終わり……
わたしはまたお城へ戻るため召喚の光の輪へ飛び込んでいった。




