26.村の危機
一瞬視界が揺らめいた後、徐々に意識がはっきりとしてくると、自分がどこに飛ばされたのか理解した。どうやら着いたのはオーク村近くの森の道、わたしが最初に移動した、ダイアウルフに襲われた森の反対側だった。王都に来るときに一度しか通っていないが、ここからの景色には見覚えがある。
これからどうするかと考えている間に、緊迫した声が掛けられる。
「聖女様、後ろへ」
言うや否や、シオウがすごい速さで前に飛び出した。
何が起きたのか全く見えなかったが、シオウの背中に隠れて、何かがドサッと倒れた。猿のような…みたこともない黒い生き物。
「魔物です。前に来た時とは明らかに様子が違いますね」
シオウは言いながらも、細身の剣を構え、なお警戒している様子だ。
「森の中とは言え、こんな人の行き来する場所まで、魔物が出るっているのは、どういうことだ?」
ノアは何かを考えこんでいるみたい。
「とりあえず、アレクスの屋敷まで行ってみよう」
途中で何件かの家の前を通ったが、村の人に会うことはなかった。アレクスの屋敷にたどり着き、扉をたたいてみたが、何の返事もない。困ったわたしたちは、もう一度、村の中に行ってみたが、やはり出歩く人影はない。やっぱり、おかしい。オーク村の人たちは、夜明けとともに外に働きに出始める生活を送っているはずだ。
その時、よく知っている声が聞こえる。
「ユーナ様、どうしてここに!?」
「その声は……サイラスさん!」
「よかった、アレクスにも会えないし、村の人たちにも会えないからどうしたんだろうと心配してたの」
サイラスさんの服の袖から、ちらりと包帯が見える。
「その傷……どうしたの?」
「ああ、たいしたことはない、かすり傷ですわい」
「じーさん、この村で何があったか説明しろ」
ノアが口を開く。
「ユーナ様が王都に行かれてからしばらく経って、アレクス様のお姿が見えなくなったのです」
「どういうことだ?」
「事情はわかりません。クラリッサ様に聞いても大丈夫とだけ……」
カイルと話したとき、アレクスは幽閉されたと言っていたけど何があったの……?
「アレクス様がいなくなると、魔物の数も増えてきました。本当ならこんなに急激に増えてくるのも不思議なんですが。アレクス様の代わりに、クラリッサ様がふんばってくれているから村はなんとか持ちこたえている状態です」
「それで、サイラスさんもけがをしてしまったの?」
「畑に突然魔物が現れてね。ユーナ様の手なづけたダイアウルフ達が番犬として追い払ってくれなかったら、大変じゃったろう。本当に助かっております」
とりあえず、クレアに会って話を聞こう。
「それで……クレアは今どこに?」
「お屋敷にもいなかったとすると、大壁近くに行っているのでしょうか。あそこは特に、魔物が出てくるから、村の者総出で交代で見張っている状況です」
「ありがとう!行ってみる。サイラスさん、わたし達が何とかするから、安心して。それまでは危険だから、あんまり出歩いちゃだめだよ」
「ありがとう、ユーナ様は立派な聖女様になられて……」
(孫の成長を喜ぶおじいちゃんの様だ)
サイラスさんと別れて、大壁にたどり着くまで、数人だが村の人たちに会えた。みんな、警戒しながら暮らしているという話を聞いた。
見上げるほど高くそびえ立つ大壁に近づくと、雰囲気が違うことがさらに感じられる。ここに来るまでにもう日も昇っている時間帯になっていたが、空が黒い雲で覆われ、辺りは薄暗い。
前にアレクスと来た時に比べて、見張りの人たちが少なくなっているような気がするが、みんなかなり疲れているみたいだ。
「壁の向こう……なんだか騒がしい気が……」
「大変だ!!」
見張りの人の叫び声だろうか?声の方向を向くと、森のほうからたくさんの魔物が村に向かって入ってこようとしているところだった。ダイアウルフよりは小さい、犬や猫のような姿をしている。
「聖女様はここから動かないでください」
言うなり、シオウが駆け出す。
「この数、めんどくせーな……」
ノアも嫌々といった様子で、魔物達に近づいて行った。
二人は、見張りの人たちと一緒に次々と魔物を倒していく。その戦いぶりはものすごかった。でも……数が多すぎる!倒しても倒しても森から湧いてくるように増える魔物。
その時、なにもできずハラハラと見守っていたわたしの後ろから、たくさんの影が飛び出してくる。それは……
「ダイアウルフ!?」
ダイアウルフ達が一斉に飛び掛かり、魔物達は怯んだ。均衡状態だったが、徐々に魔物達が少なくなってきているのがわかった。
「ユーナ!来てくれたんだね!」
「テオ!!あなたがダイアウルフ達を動かしているの?すごいじゃない!」
テオは自慢げに笑う。村を出るときにお世話を任せていったテオだったが、今ではすっかりウルフ達の主人のようになっている。その後しばらく戦いは続いたが、魔物達は退散していった。
「聖女様、お怪我はありませんか」
「わたしは何も」
「こんなのが、何回も襲ってくるのかよ。やってられないな」
シオウとノアもわたしの近くに戻ってくる。
「ユーナ!どうしてここに?」
その時、再び掛けられる声。
「クレア!!」
戦いが落ち着いて大壁の向こうからやってきたクレアは、わたしを見つけるなり駆け寄ってきた。その顔を一目見ただけで、相当疲れている事がわかった。傷跡があちこちにあり、ここまで必死に戦っていたのだと伝わる。
そして、クレアはわたしの横に向き直り、礼をした。
「それに……ノア様、お久しぶりです」
「えっ!?知り合い?」
ノアは気怠そうに軽く返事をする。
「昔の知り合いですわ。ユーナが王都から来たということは、ノア様も関係しているのでしょうけど」
「そうなんだね。ってことは、ノアはアレクスのことも知ってるの?」
質問はノアに遮られる。
「今は昔話してる場合じゃないだろ。クラリッサ、この状況何があった?」
「お兄様が連れていかれてから、どうやら近くの森に、厄介な魔物が住み着いたようなのです」
「連れていかれた?」
「はい、隣の領主に」
そこに遅れて現れたのは、アレクスのそばにいた5人の護衛さんのうちの二人だ。ローレンさんとラザフさん。でも、リーダーのフェルムさん達3人は見当たらない。
「あれ、フェルムさん達がいないけど……」
「お兄様と一緒に付いていきました」
「クラリッサ様の護衛として、私たちが残ったわけです」
ローレンさんが説明してくれた。
「アレクスは、どんな理由で連れていかれなきゃならなかったの?無事、なんだよね?」
クレアはわたしに答えるというよりは、呟くように言葉を発した。
「そうですね……ユーナが来てくれたのでしたら、どうにかできるかも……しれませんわね」




