25.不穏な知らせ
ある日、意外な人物の訪問があった。
「久しぶりーっ!ユーナちゃん。あいかわらず、可愛いね」
「カイル!!なんでお城に!?」
オークの村で一度会ったきり、しかもこんなに離れた場所で再開するとは……当然のようにハグされた体をそっと引き剥がす。
「僕は商人だから、いろいろな場所を行き来してるのは当たり前でしょ」
お城に出入りできる商人さんだから、けっこうすごい人なのかも……
「それよりも、驚いたよ。ユーナちゃんは聖女様だったんだね」
「う……うん。別に聖女としてはまだ何もできていないけど、ね」
「ところで、ユーナちゃんさっきから何してるの?」
わたし達が話しているのはお城の廊下。わたしの手にはデッキブラシが握られている。
「あっ、うん。廊下掃除」
「あはは!ユーナちゃんはどこに居ても変わらないみたいで安心したよ」
「カイルも相変わらずだね。今日は、何か商売の用事?」
わたしの質問に、カイルの表情が突然真面目になった。
「それがさ、最近、オーク村に行ってきたんだ」
「ほんと!?みんな元気かな?」
カイルはわたしの質問に答えず、話を続けた。
「ユーナちゃん、手紙をノースデール方面に用事のある人間に渡したでしょ。彼、困ってたんだ」
確かに、アレクスに向けた手紙を出したけど……
「困っていた?……というかなんでカイルがそれを知っているの?」
「僕の商人ネットワークは広いからね。当然、知り合いだったわけだよ。それで、話を戻すとね、オーク村には近づけないくらい、魔物が大量発生していたんだ……もちろん、僕もたどり着けなかったよ」
「え??」
「おそらく、今まであの地はアレクスが抑えていたようなものだからね」
「それは、どういう?」
「これは、あくまで噂だよ。……アレクスが幽閉されているらしいんだ」
わたしは、血の気が引いていくのを感じた。
「誰に!? ……一体、何で?」
「僕もあまり詳しくは。僕なりにどうにかならないかと動いてはいるんだけどね」
アレクス、何があったの!?
「ユーナちゃんの聖女様としての力がどれほどのものかは僕は知らないけど、何か出来ることがあったら助けてやってほしいなと思って、ここに来たんだ」
「そんなこと言っても……」
「今は僕のできる範囲でいろいろ探ってはいるんだ。何か、僕の力が役立つ時には言ってね」
あいさつもそこそこに、忙しそうにカイルは立ち去った。
前の時のようなふざけた雰囲気があまりなかったので、彼なりにできることを探して慌ただしく行動しているのかもしれない。
どうしよう。わたしが行って、何になる?それに、ただ移動するだけでも一週間かかる。
うろうろと自分の部屋の中を行ったり来たりする。
少しは魔法が使えるようになったとはいえ、たいした力があるわけでもない。
……でも、誰かの力を借りれたら……?
わたしの脳裏によぎったのは、ロイドの姿だった。
前に城からオーク村に魔法で行ったように、移動できれば……。そしてロイドにも一緒に来てもらえば、ロイドが魔法を使い、わたしが増幅できる。
わたしは居ても立ってもいられず、城の中を探し回った。でも、ロイドはなかなか見つからない。
「ユーナ様、どうされましたか?」
「リリィ!ロイドを探しているんだけど……」
「ロイド様ですか?確か本日はお休みをとられていると思いましたけど」
「そんなっ!」
他に……手はないの?
そもそも、わたしがオーク村に行くことは許してもらえる?……そんな知らない場所にロイドがついてきてくれる?
ぐるぐると考えを巡らせながら歩いていると、今度はシオウに会った。
「どうかされましたか」
「シオウ……」
彼の顔を見て……ある考えが浮かぶ。
「シオウ……今すぐノアの屋敷に行きたいの」
どうせ、冷たくあしらわれるだろうと無意識に選択肢からはずしていたけど、背に腹は代えられない。ノアに頼んでオーク村へ連れて行ってもらえれば……!
・・・・・・
「俺に何の用だよ」
突然のわたしの訪問に、案の定ノアは非常に不機嫌だった。でも、今頼れるのは彼しかいない。
「お願い、あの召喚魔法を使ってほしいの。オーク村に行きたい!」
「は?んなことなんで俺がしなきゃいけないわけ?」
「どうしよう……アレクスが……」
「ノースデールの領主様がどうかされたのですか?」
ここまで、何も聞かずにわたしの言う通りに付いてきてくれたシオウが尋ねてきた。
「アレクスが、どこかに捕まっていて、村が大変だという話を聞いたの」
ノアがわずかに反応したように見えたのは気のせいだろうか。
「……それって、何の話?」
わたしはカイルから聞いた話を説明した。
ノアは最後まで聞き終わると、何かを考えているようだった。
「……で、それが本当だとして、あんたが行ってなんになるの?」
「聖女様がわざわざ危険な場所に赴かれる必要はないかと思います。村が危険なのであれば、王都から人を遣りましょう」
「でも……それでは間に合わないかも」
思い出す、光の首輪。
本当は、うまくいかないかもしれない。でも、アレクスが……わたしを助けてくれた恩人が危険な目にあっていると思うと、城でじっとはしていられない。
「ノアが一緒に来てくれたら、わたしの力が使えると思ったんだ。でも……送ってもらえるだけでも構わない」
「あんた一人じゃなんの役にも立たないでしょ?」
「……オークに手なづけたダイアウルフがいるから、きっと彼らが力になってくれる」
正直、それでどうにかなるとは自分でも思えない。
「魔物と話したり、力を抑えたりこともできると思うの」
これは、たまたまできたのか、他の魔物にも通じるのか、正直わからない。でも、ノアを説得できればと思って必死に言葉を探す。
「それに、――……」
「……わかった、ただ、何があっても知らないからな」
「!!送ってくれるの?」
よかった!!!
「その召喚魔法は魔力のある人間しか移動できないものですか」
シオウが口を挟む。
「いや、前に見ただろ。対象はなんでもかまわない。ただ、人間を通すなら、大勢は無理だろう」
「では、私もお供します」
「シオウ……」
黙ってわたしの話を聞いて、着いてきてくれるなんて……
「はあ。なんかあっても俺の責任じゃないからな。明日の夜明けと共に、出発する」
「夜明け?」
「丸腰で向かうのは何かあった時に危険すぎる。最低限の準備は必要だろう」
「準備……」
あまりにも気が動転して、すぐにオークにかけつけることしか考えてなかった。
ノアがふっと意地悪そうに笑みを浮かべる。
「おまえ、その格好で行くのかよ」
自分の姿はドレス……
「そうだよね」
「少し、落ち着け。なるようにしかならない」
ノアの言葉で冷静さを取り戻せた。
・・・・・・
その日の明け方近く――。わたしとシオウはひっそりとノアの屋敷に来ていた。
他の人には話していない。もたつくのが嫌だったから。
わたしたちはまだ暗いなか、ノアの屋敷の庭に立っていた。ちゃんと動きやすい服装に着替えてきたし、最低限の荷物を袋に詰めてきた。
そして……
明らかにノアの服装もいつもと違い、軽装になっている。
「えっ!?付いてきてくれるの」
すっかり、自分とシオウだけが送ってもらうものだと思っていた。
「送ってやってもいいけど、それで、あんたはどうやって帰ってくるつもりなの?」
「う……全く考えてなかった。」
「それにさあ、そうやってあんたを『逃がした』ことになれば、俺が重罪になるんだけど?」
オーク村に行くことばかり考えて、それ以上先のことは全く想像してなかった。
行き当たりばったりのわたしに比べて、悔しいけどノアは先々のことを考えて行動できる人なんだと思う。
「ごめんなさい。そして、ありがとう」
「じゃあ、行くぞ」
ノアが何かを唱えると、魔法が発動する。以前イエンさんが出したものより大きい。イエンさんも簡単な説明でわかってくれたようで、今もこうして手伝ってくれている。
二人の力でできた光の輪は、それでも子供一人が通り抜けられるほどの大きさだった。魔法陣のように、地面で輝いている。それにわたしが触れると、フラフープくらいの大きさに変わる。
「オーク村までは距離がかなりある。ちゃんと行き先を定めないと失敗するからな」
わたしはオーク村をしっかりと想像して、光の輪の中に飛び込んだ。




