24.無力なわたしの無力な一日
次の日の早朝、廊下の窓ガラスをせっせと拭いていると、わたしを呼び止める声が聞こえた。
「……何を、されているんです」
「あっ、ジン大臣さん、おはようございます、窓ふきです」
「それは見ればわかります。なぜ、聖女様のお立場でそのようなことをされているかお尋ねしているのです」
趣味で、と笑いながら答えるわたしに、ジンさんの目はまったく笑っていない。いつもわたしの顔色を窺ってくるチェスター大臣も苦手だけど、この人も怖くて近寄りがたい……
でも…せっかく会えたのだから、考えていたこと、話してみようかな。
「あの、ジンさんにお願いがあります」
「なんでしょう?」
・・・・・・
その後、わたしはジンさんの部屋にいた。
「こちらが予算書です。」
「えっ、そんな大事なもの見てもいいんですか?」
「ええ、公開しているものですし問題ありません」
難しそうな分厚い書類を見せてもらうと、いろいろな出費が項目ごとにずらりと書かれていた。
「メイドさん達のお仕事を体験させてもらって……その大変さに気付いたのです。待遇を良くするとか、できないですかね?」
わたしが思いついたのは、城で働く人たちの待遇の交渉。でも、わたしの考えは甘いものだとすぐに思い知らされる。
「まあ、難しいでしょうね」
小娘がそう簡単にどうにかできるなら、大臣さん方もとっくにそうしているよね。
パラパラとめくっていると、『聖女』の項目を発見する。
これは?目についた言葉は……
『聖女様捜索費用』
(ぐさっ!!)
「あの、これって」
「ああ、聖女様が逃走された際、大掛かりな探索が必要となりました。無事、見つけることができましたが、王都へ戻られる際にも相当の予算が掛かりましたね」
「ううっ、何にも言えない……」
「お恥ずかしながら、この国には潤沢な財源があるわけではありません。聖女様の召喚の儀に際しまして、大量に雇った魔導士も力のない者から解雇済です。ちなみに第2弾も予定済みです」
(つまり……リストラか)
わたしは身震いをした。
そういえばオーク村に来てわたしを確認していたローブの人……あの人もわたしと一緒に王都に来る気配はなかったから解雇魔導士さんだったのかも。
「……路頭に迷う人もいるのですか?」
「まあ、僅かでも魔法が使えれば何かしらの職にはありつけるでしょう。ロイド様やノア様のような実力をもつ魔導士でのないかぎり、魔法はそこまで使い勝手の良いものではないですから、大した仕事にはならないでしょうが。あと幾人かは、王の恩情で残っている者もおりますね」
「それは……いやだなあ。うーん、打つ手なしですかね。ちなみに、この、聖女項目のその他の内訳は?」
「ここは動かしようのない必要出費ですよ。聖女様の最低限度の生活費です。食事、衣装代」
「うーん、毎日……なんなら数時間ごとにわたしの衣装違ってますよね……オーク村では着たことないような煌びやかなドレスや装飾品ばかりだし」
「当然の出費ですので、お気に病むことはありません」
わたしの良心がチクチクと痛む。
「いやいや、そこを削ってください、ぜひとも」
「そうですか……?それがお望みであるなら、できる分はどうにかしましょう」
国の財政などわたしがどうこうできる問題ではない。わたしの生活費などたかが知れているのだろうけど、それでも贅沢をする気にはなれなかった。
・・・・・・
ジンさんとお話しした日の午後、解雇されてしまうと言われていた『魔導士』のお仕事を見学させてもらうべく、わたしは魔導士棟へ来ていた。魔導士棟は、鍛錬場から更に奥まったところにあり、研究や訓練をするだけでなく、皆さんの居住スペースもあるということらしい。ロイドもそこで生活しているみたいなので、今度お邪魔させてもらおうかな。
ドキドキしながら扉を開けた。
「おじゃましまー……」
広間のような場所に集まっている魔導士さん達が視界に入る。でも……
みんなだらっとやる気なさそう。ソファーに寝転がり昼寝している人、カードゲームのような遊びに興じている人……掃除もされていないのか、食べかけの料理がそのまま置かれ、酒ビンも転がっている。
ガラ悪っ。
ヤンキーがたむろしているような雰囲気が漂っている。
「ええと、魔導士の皆さんですよね?」
「ああ、聖女様、こんにちはー」
わたしに気付いた何人かは、気のない挨拶をしてくる。
「今日は、皆さんお休みの日なんですか?」
「休みも何も、普段から仕事自体ありませんしね」
だるそうに、答えが返ってくる。
(わたしはほぼ毎日魔法の練習してますけど……とはとても言い出せない雰囲気)
わたしの気持ちを読み取ったように、別の一人が話してくる。
「ロイド様レベルの方は、お忙しくて我々のような下っ端に構っていられないのですよ」
「魔王研究と言っても、俺たちが理解できるようなレベルの話じゃないから、戦力外ですしね」
「自力で何かがんばったところで、たかが知れてますしね」
「まったくだ、あはは」
酒臭い男たちは、さらに調子付いて話し続ける。
「まあ、魔王復活があれば俺もやる気出しますよ」
「っていうかそれ以外私たちの使い道なんてないですしね」
「ぷっ。お前、魔王退治に自分が役立つと思ってるのかよ!おめでたいな」
「んだと、おらぁ!てめえのあるかないかの魔力よりはマシだからな」
「ふざけんな、やるかこら!!」
「あーっ、わーっ!けんかしないで下さい!!ごめんなさいわたしが余計なこと聞いてしまったからですね」
慌てて止めに入り、なんとかその場は納まった。
ううっ、荒み方が半端ない。それ以上の会話を諦め、わたしは帰ることにする。
「では、皆さん。また来ますね……」
「別に、俺らみたいなクズにに気を遣わなくていーですよ」
ソファーに寝転んだ一人がわたしに向かって言葉を続けた。
「聖女様みたいに勝ち組の人間は、そっちの世界でご勝手にエンジョイしててください」
人を煽るような物言い……
「い……」
「はい?」
「いいかげんにしろーっ!!」
一気にその場の雰囲気が変わる。
「勝手にそっちの都合でこの世界に呼んだのはあなたたちですよね?こちとら毎日毎日できる気もしない魔法練習させられてるんですわ。魔法なんて使ったこともないのにだよ?そのうえ全く勝てる気のない魔王退治に駆り出されそうになって、それでも前向きに生きようって頑張ってる人間に、『勝ち組』ですと!!??どの口が言うか!!あんたたちの魔力増幅してあげるからさ、魔王退治の最前線立ってみなさいよね!よっぽどあなたたちの望むエンジョイ生活できるんじゃありません~~~???」
最後までまくし立てたわたしは思った。
終わった。
ノアの屋敷でも同じ過ちをしていなかったか自分。
うわぁ、みんなの引いてる様子がよーくわかるわ……
「な、なーんてねっ。うふふ……では、皆さんごきげんよう~」
誰も一言も発しない凍り付いたその場所から、わたしは逃げるようにして立ち去った。
その夜、自分の部屋でこっそりと枕を濡らしたのは言うまでもない。




