21.聖女召喚の歴史
玄関までは、イエンさんが付き添ってくれた。
これじゃあ、勝手に来て勝手に怒って帰った嫌な奴……だよね。我ながら、最悪の言動をしてしまったと思いつつ……どうしようもなかったと言うべきか。
そんな一人反省会をしているわたしに、イエンさんはやさしく話しかけてくれた。
「ユウナ様、本日はわざわざお越しくださいまして、ありがとうございました。ノア様のあんなに嬉しそうなお姿、久しぶりです」
……えっ、わたしだけ異空間にでもとばされてたのだろうか!?
「よろしければ、また、いらしてください」
「でも……」
社交辞令かとも思い直し、笑顔で会釈したけど、イエンさんは更に付け加える。
「我が主人はご覧のように人に誤解されやすいお方なのですよ。口ではあのようにおっしゃられていますが、きっとユウナ様を思って行動してくださいます」
「えっ!?……あ、あはは。そう、ですかね」
「それに」
……?
「少しばかりではありますが、私もお力になれるかと」
「それは……?」
「私もあの召喚の儀に参加しておりましたし。こう見えても、魔導士としてもノア様の補佐をしているのですよ」
そういうとイエンさんは再びにっこりとほほ笑んだ。
「聖女様をお呼びたてすることは失礼と承知していますが、何分わたくしがここから離れられませんので、ぜひまたいらしてください」
帰り道は複雑な感情が渦巻いていた。
「ねえ、シオウ。わたし……完全に失敗してしまったよね」
「元気のよい聖女様の一面を見られて、私としては興味深いものがありましたが。」
「えっ!?」
返答が来るとは思っていなかったので、ちょっぴり驚く。
つい振り返ってシオウの顔を見たけど、表情はいつも通りで全く読めない。心なしか……面白がっているように見えるけれど。
「そうだよね……馬鹿にしてるか。」
「いえ、決してそのようなことは」
「あー、はいはい」
それ以上は会話もなく、城に向かって戻っていった。
イエンさんはその後、すぐにわたしに連絡をとってくれた。
護衛のシオウの都合など調整して、あの日から3日後の今日、再びノアの屋敷に来ている。
わたしはきょろきょろと辺りを見回した。
「あれ、お屋敷にいらっしゃるのはイエンさんだけですか?」
「ええ、ノア様は留守にしております」
おそらく……わたしに会いたくなかったのだろう。でも、いいんだっ。イエンさんという協力者ができただけで、十分ラッキーだ。
そして、イエンさんが用意してくれた飲み物やお菓子はどれも美味しかった。
「なんだか……すごーく……懐かしい気持ちになります。イエンさんが作ったんですか?」
「ええ、ユウナ様のお国で食されている物を真似て作ったのです。お口に合ったなら大変嬉しゅうございます」
「えっ、わたしの国!?なんで知ってるんですか?」
「召喚魔法は長い年月をかけて研究されてきたものです。研究者たちは、過去の聖女様たちについても、多くの資料を残してきました」
テーブルにはカップが3つ用意されている。わたしの分とイエンさんの分、そして……
「護衛の方もどうぞ」
着いてきてくれたシオウにも、用意されている。
「いえ、申しわけありませんので」
「まあ、せっかく用意したのですしぜひとも」
シオウは断っているけど、このおいしさは食べなきゃもったいない!
「ねえ、シオウ。これ本当においしいよ。せっかく用意してもらったし、一緒にいただこう!」
「……では」
カップを手に取り、口にしたシオウの目が、少し見開かれた。
「これは、めずらしいお茶……ですね」
「ええ、茶葉自体はこの辺りで飲まれているものと変わらないんですがね、製法などが違うそうです。これもユウナ様の国でよく親しまれているお茶だと聞いて用意させていただいております」
やっぱり……確かに、緑茶だった。
「すごいですね、どうしてこんなことまでご存じなんですか?」
「私たち魔導士の中では、『聖女研究』は昔から行われていることなのです。もちろん、聖女様の衣食住についても」
「そうなんですか……」
「ただ、ユウナ様にとっては残念なお話をしなければなりません。こちらの世界に来た聖女様は、相当な数にのぼります。しかし、元の世界へ帰った方は一人もおられないのです」
「!!?……それは……どういう?」
突然の話に、頭が真っ白になる。
「納得されないのは承知です。突然何の説明もなく、連れて来られて帰れないではお怒りもごもっともです」
「……」
何かを話そうと思っても、言葉が出てこない。ここまで何とか自分を奮い立たせて過ごしてきた時間が、全部崩れ去った気がした。
「どういうことか……聞いてもいいですか?」
「今ここに、何かを召喚したいとしましょう」
机を指さすイエンさん。
「ここに魔力を込めます」
すうっと光の輪ができた。
見覚えのある輪。でも、その輪は前に見たものよりとても小さかった。
「そして対象の設定。今はあの棚の置物にしましょうか」
棚にも同じような光の輪ができ、イエンさんは目の前の輪の方に触れた。すると、棚にあったはずの木彫りの人形が机の上に現れた。
「すごい!」
「いえいえ、私ではこれで精一杯なのです」
「召喚の対象が遠ければ遠いほど、そして大きければ大きいほど、強大な力が必要になります。ユウナ様がこちらの世界にいらっしゃった夜は、ノア様とロイド様が主体となって召喚魔法を行い、数百人の魔導士の方々がそれを増幅させる方法をとりました。……それでも、成功するかどうかは運次第といったところだったと思います」
「また、言い方は悪いかもしれませんが、対象になる物をしっかりと認識していないと、闇雲に何かを召喚していることになります」
つまり、わたしは当てずっぽうでたまたまその召喚に引っかかってしまったわけか。
「もう一度同じ方法で召喚魔法を発動できたとしても、ユウナ様の故郷へ同じようにお戻しできるか約束できないのです」
一気にもたらされた情報を頭の中で整理するだけでいっぱいだった。
「いろいろ……わからないことがいっぱいなんですけど……なんでわたしはオークに行ったんでしょう?」
「あの時はユウナ様の世界とこちらの世界がつながる道がまだ完全に閉じきる前でした。もしかしたらすぐに入ることで戻れたのかもしれませんが……その確証はありません。そこで、ノア様が咄嗟に軌道修正をなさいました。ついでに追跡用魔法も」
じゃあ、たまたまあの村に飛ばされてしまったということだろうか。
自分で……この魔法を使えるようになったら……戻れることはあるのだろうか?
イエンさんが置物を移動させた光の輪はもうほとんど形なく、淡い煌めきを残す程度だった。




