20.不機嫌な魔導士
どこまでも暗く広がる闇。
その先に、本当に注視しないと見つけられないくらいの小さな光がいくつも浮かんでいることがわかったのは、自分がこの夢を見ることにすっかり慣れたからだろう。
相変わらず、泣いている女の人とこちらをうかがっている獣はそこにいる。
いつもこの先の展開に進展はない。
なにかしようとすると目覚めてしまうのもわかっていた。
でも……今日はその先に進める気がする。
「よしっ」
わたしは……
獣にダッシュしてつかみかかった。
「うわっ!!」
思わぬ声にびっくりする。
「この動物……しゃべったっ!!」
でも、絶対に離れないように胴体をがっしとつかむ。
「何するんだっ、お前バカかっ」
「わっ、めっちゃあばれるっ」
ロデオのように振り回されながらも、意地でも離さない。
なんか黒幕っぽかったけど、わたしの勘、当たったかも。どうせ夢だからなにしたっていいよね。
そこで暗転。
朝だ。
前の夜にどんな気分で眠ったとしても、王都に来てからというもの、夜はこの不思議な夢に悩まされ続けていた。悪夢というほどでもないのだけど、寝覚めがあまりよくない。気のせいかもしれないけど、明日は何かしてみようという前向きな気持ちも、なんだか萎えてしまい、特に何もなければ部屋でおとなしくしていようかと考えてしまう。
でも、それでも今日は夢の続きを見ることができた。
昨日――。
レイヴァル様は魔導士のことを話していた。ノア、という人だったかな。
昨日その話を聞いて、会ってみようと考えていた。ちょうど今日はロイドとの魔法練習もお休みの日だし。
少しベットに腰かけてぼうっとする。
だめだ、わたし。このままでは自分でなくなってしまうみたい。
「よっしゃー!!」
気合を込めて、両手で頬を思いっきり叩いた。ちょうど朝食を運んできたリリィと目が合うと、驚いたようだ。
「ユーナ様、あの、どうか……されましたか?」
「ううん、なんでもないっ。あのね、教えてもらいたいことがあるんだけど」
・・・・・・
城から出て、30分くらいは歩いただろうか。オーク村から王都に初めて来た時に通った市場の賑やかさとは正反対に、城の周りは立派な建物が立ち並ぶ閑静な高級住宅街といった感じだった。リリィに教えてもらったノアという人の屋敷はそこからさらに離れて、今小高い丘の上にたどり着いていた。
ここまで歩いてきても、あまり人に会うことはなかった。
来た道を振り返ると、ひと際目立つ輝くお城、そしてその周りを囲む立派な建物たち。城壁が遠く見えるので、たぶん最初に王都に来たときは、あっちから入ってきたんだろう。
最初、王都に来た時は全貌がつかめなかったけど、城壁は全方位ぐるっと取り囲んでいるわけではなく、山の裾野に扇状に街が作られ、平地側に作られていた。
何気なく、空を見上げた。
そういえば、ちゃんと、外に出たの久しぶりだな。
ずっと元気を出していたつもりだったけど、やっぱり外の空気を吸うと違う。青空を見ていると、体に力がこもってくる気がする。
「ごめんね、シオウ」
少し後ろを付いて来ている彼に、一声かける。わたしが少し物思いに耽っている今も、そっと控えている。
「いえ」
静かに返答があった。
わたしがノアという人に会ってみたいと話した後、少し待たされた。おそらく、どう対応するかでお城の偉い人達がばたばたしたんだと思う。最初は城の外なので危険だと止められた。それでも食い下がると、護衛としてシオウが付き添ってくれることが条件で許された。
絶対、仕事忙しいのに付き合ってくれているよね。
「つい、この前シオウ達にお城に連れてきてもらったんだけど、もう昔の事みたいだね。こうしてシオウと一緒にいるのも久しぶり!」
シオウからは特に返答はなく、静かに控えている。その後もう少し歩くと、立派なお屋敷が見えてきた。
「ええと、ここかな?」
ようやく、たどり着いた。
目の前のお屋敷はそこまで大きくはなかったが、建物も庭もとても綺麗に手入れされている。
少し緊張しながらもコンコンとノックすると、品の良い執事らしき初老の男性が出迎えてくれた。
「どちら様でしょうか」
「ええと……初めまして。わたしユーナと申します」
説明に困る。「聖女」です。って自分で言うのも何か……
「主人とはお約束がおありでしょうか?」
「いえ、すみません。突然来たもので……ノアさんという方がこのお屋敷のご主人でしょうか?」
「何しにきたの?」
しどろもどろしているわたしの横から声がかかった。
声は庭の方からしたので、そちらを向くと……
「あっ、あなたは……」
ぼさぼさの髪の毛とこっちを睨む目つき、そして冷たい物言い。
前会った時と服装は違ったが、それがだれだかすぐに思い出した。
図書室で話しかけてきた男の人だ。
「これはこれは、お知り合いですか」
執事のイエンさん(後で自己紹介してくれた)が屋敷の中に迎え入れてくれたので、わたしはさっき会ったノアという人と向かい合わせに座っている。
歓迎ムード一切ない不機嫌なこの男性といると非常に気まずいピリピリした雰囲気が漂う。来ておいてなんだけど、もうすでに帰りたい気持ちでいっぱいだ。
ノアさんはわたしと目を合わせることもなく、気怠そうにしている。
「あんたが逃げ出すからこっちは魔穴の軌道修正で大変だったんだからな」
「えっ?」
突然発せられたその言葉の意味を理解するのに一瞬の間ができた。
逃げ出した……のは最初にこの世界に来た時で……
そういえば、最後にわたしに向かってなにか呪文のようなものを唱えていた男の人がいた。
あのときの光景がぱっと浮かんできた。
ローブに囲まれ、光の輪に逃げ込もうとしたわたし……
『ちっ、面倒だな』
あの言葉は……確かにここにいるノアが言いそうなセリフだ。いろいろと繋がって、わたしは一人うなずいていた。
どうしよう……この人と仲良くなれる気が全くしないけど、せっかく来たのだしこのまま帰るのはもったいないよね。
わたしは無理やり笑顔を貼り付けて、目の前の相手に質問した。
「ノアさんって、すごい魔法使いだと聞いたんです。わたしをこの世界に呼んだ魔法について、教えてもらえませんか?」
(この人に聞けば……元の世界に帰る方法がわかるかも)
そんな思いとは裏腹に、わたしの対面の男はさっきより更に不機嫌そうな顔をした。
「は?なんでそれをあんたに教えなきゃいけないわけ?」
(ずっと思ってたけど……)
「あんた、自分がちやほやされて、周りがなんでもしてくれるって勘違いしてない?」
(この人、態度最悪だな)
「王族と同等の地位が突然手に入って好き放題だもんな」
「・・・」
「城でぬくぬくして」
「結構です」
「は?」
「もう結構って言ったの。あんたなんかの助けをもらって後々恩着せがましく言われるくらいなら、自分でどうにかします!!」
ばんっと机を叩き、立ち上がるとわたしはドアに向かって歩き出そうとした。
「まあまあ、お茶でもどうですか。」
イエンさんがこんな状況であるにもかかわらず、にこやかに紅茶を継いでくれている。そこではっと我に返る。
「あっ、すみません。つい……」
そこからは後悔の冷や汗が噴き出る。これ、完全にだめなパターンだ……
やっと手に入れた元の世界に戻れる糸口を、わたしの短気な性格のせいでバッサリと断ち切ってしまった。
「とっ、とにかく……こちらとしてももう用もなくなりましたので、もう金輪際お伺いしませんので」
もう、どうとでもなれ。一度上げた拳は降ろせない。せっかくいただいた紅茶はもったいないので、一気に飲み干し、立ち上がる。
「イエンさん、とってもおいしい紅茶ありがとうございました。じゃっ!」
そのままそそくさと部屋を出る。わたしには、ノアの表情を見るほどの余裕はなかった。




