17.王様とのひと時
どこまでも暗く広がる闇。
手が届くくらい先にうずくまっている人が女の人だと見えるのは、なぜだろう。
よく見ると、女の人は静かに泣いているようだった。
「大丈夫……ですか?」
なんとなく気後れしながらも、声をかける。
こちらに向いた顔を見ると……
……わたし?
正確には「こちらの世界での」わたしだ。
驚いて目線を動かせずにいると、また少し奇妙な感覚にとらわれた。
背中に気配を感じて振り返る。
なんの生き物だろう?
不思議な獣はわたしの身体より大きい。犬……猫……?とも少し違うようで、体長と同じくらい尻尾が長くふさふさ揺れている。何より、毛色は今まで見たことのないような色。銀色よりは暗い……鋼の色とでもいうのが相応しいだろうか。
鋼色の毛並みのそれは、こちらを何か言いたげに見つめてくる。
「あの……」
声を掛けようとしたところで、ゆっくりと意識が引き戻される。それで、自分は今夢を見ているんだと分かった。
気付くとここ数日で見慣れた天井……
この夢、ここに来てから毎晩見てる気がする。
なんとなく重い気分が続く。
図書館の位置は昨日覚えた。昨日は帰りに迷ってしまったけど、慌てて探しに来たメイドさんに道のりを教えてもらったので、覚えることができた。
つい持ってきてしまった本は、必要な情報もあるのだろうけど、今は読む気になれない。
昨日会った男の人がなんだか意味深な話をしてきたからかもしれない。
部屋にこもるのも鬱々としてしまうので、今日の午後も昨日のように当てもなく散歩に出てしまった。
・・・・・・
そこは不思議なところだった。
今まで通った通路では一度も屋外に出た覚えはないのに、気付くとたくさんの木々や花に囲まれた場所に立っていた。
よく見ると、どの植物も綺麗に手入れされ、きれいな白い小石で敷き詰められた小径が細く続いている。道の先には東屋のようなものが建っている。
ここは、植物園かなにかだろう。
小川が流れていてそこには小さな魚も泳いでいた。
青い空を見上げると、よく目を凝らさないと分からない程度の境目のような白い線があった。どういう技術かは想像もつかないけど、ここはまだ建物の中で、温室のように囲われているのだろう。
派手過ぎず、きれいな装飾が施された東屋に、一人の人影が見えた。
あっ、王様だ……!
まぎれもないあの輝く少年は、先日会った王に違いなかった。
愁いを帯びた瞳はどこか遠くを見つめている。
絶滅危惧種を見つけた気分になり、ついじっと見ていると、その視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
その途端……
びくっとわかりやすく驚いた王様は、慌てて顔を伏せた。
(人を化け物みたいに……)
「王様……?こんにちは」
周りには付き人などもいないので、一人の時間を楽しんでいたのだろうか?見えないだけで、近くにはいるのかもしれない。
……きっとお邪魔になったんだよね。
「すみません、突然話しかけてしまって。失礼します」
「あっ、あの……」
その場から離れようと急いで向きを変えた背中に、声が掛けられた。
はじめて聞いた王様の声も…やはり想像通り美しかった。はっきり言って自分なんて王様の美しさの足元にも及ばない……
「くっ、その一割でも分けてもらえれば……」
「聖女……様?」
「はっ、いえっ!!全くの独り言です。申し訳ありませんっ!」
恥ずかしさのせいで大きな声を出してしまったけど、逆に王様は硬い表情をふっと緩めてこちらに向き直った。
「よろしければ、聖女様も……お座りになりませんか?」
思わぬ言葉に一瞬間をおいてしまったが、特に断る理由もない。というか、断ったら失礼だよね、きっと。
「では……失礼します」
促されて、斜め向かいにおずおずと腰かける。
お話してくださる気になったのかな……?
ほっとしたのもつかの間。
か……会話がない。
座ったはいいものの、王様は暗い顔でうつむくばかり。なんか非常に気まずい。
「ここのお花、綺麗ですよね」
「珍しい物もあると聞きます」
「そうなんですね……!」
「ええ……」
・・・・・・
「よく、ここには来られるんですか?」
「はい、国のことは宰相達にほとんど任せているので……」
「そうなんですね……!」
「ええ……」
・・・・・・
時間の流れが非常に遅く感じる。
必死に笑顔を張り付けて次の会話を探っていると、王様が話し始めた。
「ごめんなさい、聖女様も私のようなこんな頼りない王でさぞかし失望されていることでしょうね」
「えっ、そんなことないですよ!その若さで一国の主となるのは、さぞご苦労もあることでしょう」
「たまたま王の座につく人間がいなかっただけのことです」
「それでも、わたしなんかには真似できませんよ!」
「聖女様のご身分も相当なものと思われますが?」
「そう……なんですかね?わたし、いまいち自分の置かれている立場というものを理解していなくて……あの、ですね、自分なりに失礼のないよう努力しているんですけど、おかしいところがあったらどんどん言ってくださいね」
もう、こんな会話をしている時点で相当失礼なんだろうけど、正しい作法も言葉遣いもよくわからない。とりあえず、王様はお話してくださっているので、大丈夫だろうと自分に言い聞かせる。
次の会話の糸口を探していると、いつの間にか近くに立っていた男性が、小さく王を呼んだ。
「すみません、行かなくてはならなくなりました。また、お話をしていただけますか?」
いつの間にか、王様と自然と目線が合うようになっている。
また、話したいと思ってくれただけでもうれしい、かも。
「はいっ!」
本当に少しだけだけど、王様のことを知ることができたひと時だった。




