16.城での生活
王さまとの謁見から数えて4日目の朝。
これから何が起こるのか身構えていたわたしの心とは裏腹に、とりあえずは平穏な日々が続いている。
部屋に運ばれた朝食を食べ終え、ちょっとした休息を終えた頃、コンコンと扉をノックする音が響く。
「はい……」
扉の前には、大臣のチェスターさんと、一部の偉い人たちだ。
チェスターさんは、頻繁にやってきてご機嫌伺いをしてくる。
「聖女様、おはようございます」
「おはようございます……」
「こちら、西の国から仕入れました珍しい宝石が届きましてな!聖女様にぴったりだと思ってさっそく部屋まで運ばせてもらいました」
「あっ、いえいえ、そんな高価なものは受取れません。どうぞお気遣いなく」
はっきり言って、困っている。
丁重にお断りをしても、チェスターさんはなかなか引き下がらなかった。
そこへ通りかかったのは……こちらも大臣のジンさん。この光景も見覚えがある。
「おやおや。おはようございます。チェスター殿、何やら聖女様がお困りの様子ですな」
「なっ!そんなことは!私はただ聖女様に喜んでもらおうと…」
「そうだとしたら、完全に失策であったと理解した方がよいのでは?」
「ジン!お前何を申す!!」
「チェスター殿がどうにも若い女性のお気持ちを考えて行動するのが苦手なようですので、ご助言差し上げたまで」
「なんという無礼な発言!お前!ゆるさんぞ」
「まあまあ……お二人ともけんかはおやめください」
「けんかなどと……!」
ううっ、これが続くとさすがにキツイよー
「とにかく……」
言いながら、すかさずドアの内側に入る。
「今日は、お下がりください!宝石、結構ですから!」
言うなり、慌ててドアを閉める。
まだチェスターさんが何か言っているのが聞こえたけど、もう一度応対する気にはならない。
ちょっと、いやかなり、疲れた……
その後わたしが反応しないでいると、諦めたのだろうか、外の気配はなくなった。
しばらく自室でやり過ごしていると、今度は別の訪問者がやってきた。
「ユーナ様~!おはようございます!」
「おはよう、ロイド」
「あれ、ユーナ様なんだか疲れてます?」
「ま、まあね」
「しっかり寝ないと、だめですよ」
「う、うん。そーだね」
ロイドは、ここ3日間、毎日決まった時間にこうして部屋を訪ねてきてくれる。
「じゃあ、今日も少しの時間ですがお付き合いください」
ロイドはわたしの魔法の練習を任されている。
この時間はこの時間で、けっこう疲れるのだけれど。
「……だめですかね」
「やっぱり、できるはずないもん」
わたしたちは建物に囲まれた中庭のような場所――鍛錬場にいた。大勢で使うことも想定されているのか、かなりの広さがある。
練習は一昨日からはじめているが、簡単な火をおこす魔法から苦戦していた。
ロイドに教えられて、手の中に小さな火を発生させることができたときは心底驚いた。
でも、どんなにがんばってもその火はマッチで灯った炎程度の大きさから変わることはなかった。こんな広い空間で練習しなくとも、今のわたしが室内で火の魔法を使ったところで、なんの心配もないだろう。
「訓練次第では、もっと上達しますから、あまり心配しないでください!」
「うーん、そうかな?」
ロイドとは、この練習期間でかなり親しくなったような気がする。
「そういえば、オーク村では、ダイアウルフと会話ができたんだよね」
「それは、元の身体の……」
何か言いかけてロイドは言葉を噤んだ。
「いえ、では次は別の魔法などためしてみることにしましょう」
「……うん」
ほんとにこんなことで大丈夫なのかな?もし「聖女間違い」だったら、自分はいったいこの先どうすればいいんだろうか。家にも帰れず、この世界で必要ともされず。
それに、もし……もしも、万が一、すごい魔法が使えるようになったとして、わたしは『魔王』とやらと戦わなくてはいけないのだろうか?……こんな素人が!?
いろいろな思いが渦巻いて、今日もあまり集中できなかった。
ロイドとの練習は毎日午前中の一時間ほど。その後ロイドは仕事に戻って行く。忙しい中時間を無理に作って会いに来てくれているなか、めぼしい成果もなく、申し訳ない。
練習のあとは特にすることが決まっていなかった。この3日は、午後はほとんど部屋で過ごしていた。旅の疲れが残っていたのもあるけど、何となく活動したい気持ちが削がれている。
(今日も何もなければ部屋でだらだらしよう。)
ふと、考えがよぎる。
わたし、こんなにじっとしているタイプじゃなかったよなぁ。
分からないことがあればまず行動、という……
疲れていることを言い訳にしても、もう充分休んだ。
なんだか自分じゃないみたい……
「よし、今日はお城の中を見て回ろう」
いつもの自分だったら次の日にでも行動していると思う。それでも、今はなんとか声に出して自分を奮い立たせないといけない。両膝を叩いて、大げさに立ち上がった。
最初に通された王さまと謁見した部屋は、もう一度行こうと思っても記憶が定かではない。わかるのは、自分の部屋とロイドが魔法の練習に連れて行ってくれる鍛練場くらい。ため息がでる。
今日はその鍛練場と逆の方向に行ってみよう。
長い廊下を何度か曲がっても、城からの出入り口は見つけられない。いくつも閉まっている扉があったが、中の様子もわからないので、開けてみるほどの勇気もでなかった。
目的があるわけでなく、ひたすら長い廊下を歩き続ける。
それにしても、けっこう部屋から離れてしまった。
別に勝手に出歩いてはいけないとは言われなかったけど、いなくなったらだめだよね。
でも、特に誰にも注意されないってことは、大丈夫なんだろう、きっと。
どれだけ進んだか、ふと、長い廊下の先が行き止まりになった。そこには重たそうな両開きの扉があり、広い部屋があるとわかる。扉は片方だけ開いていた。おそるおそる近づいてみると、中にはたくさんの本が陳列されていた。
図書室なのかな?天井まで届くような高い本棚が等間隔に備え付けられていて、棚の間のスペースには机が置いてあった。そっと踏み入れてみると、ほかにも何人か本を読んでいる人がいたが、別段こちらを気にする様子もなかった。
どんな本があるんだろう……
周りの様子を気にしながら中まで入っていくと、部屋は思ったより更に広く、奥まで続いていた。
ふと、棚の中に並べられている「聖女の歴史」という本が目に留まった。何かわたしの知らない情報があるかも……
パラパラとめくり、気づいた。
わたし、この文字が読めるのは何でだろう?
あきらかに日本語や見たことのある外国語ではない文字。それでもなぜか普通に書いてあることが理解できる。
これはゲーム的ご都合主義なのか??
よくわからないけど、言語が通じない世界に来てコミュニケーションとれないよりはマシか、と思う。
32代聖女ハルカ
隣国の王に略奪されるが、聖女の力をもってその国を滅ぼす。
……
59代聖女アンジュ
その力を独占しようとした王により幽閉される。怒れる聖女の力により、魔物が王都を襲う。
(なんか……聖女の力って…魔王並みに強力だな)
どのページを見ても、聖女の力は大きく、この世界にもたらした影響はものすごいようだ。
「聖女なんて謳ってるが、必ずしもこの世界を救ってるとは限らない」
突然、後ろから話しかけられた。びくっとして振り向くと、見知らぬ男性が立っていた。
「あっ、あの……?」
あわてて本を背中に隠してしまった。
王の間であった人だろうか?思い出せない。黒いローブ姿から、ロイドのように魔導士だと思うけど……なんだか威圧感が半端ない。顔を隠すようにフードを被っていてよく見えないが、暗い紫色の瞳はこちらを睨みつけていた。
「聖女を召喚した者たちはそのご機嫌取りで必死になるんだよ。なにせ、気に入らなければ世界を吹っ飛ばせるような力を相手にするんだからな」
「ええと」
「もちろん、あんたが本当に聖女としての力をもっているなら、な」
返答に困っていると、その男の人は去って行ってしまった。
自分にそんな大それた力があるとも思えない。でも、だったらわたしは何のためにここにいるんだろう。
途方に暮れて、しばらくその場から動けなかった。




