14.旅立ち
わたし、昔から旅行が好きな方だと思う。
知らない土地に行って、珍しいものを見ると心が躍る。どうやら、この世界は、今まで生きてきた中で見たこともないものに溢れているようだ。
……でも、そんなわたしでも、さすがにこの旅にはうんざりしてきた。
王都からの使者がやってきた日から、1日だけ猶予を貰い、旅の準備をした。とは言っても、自分の荷物などないので、クレアやメイさんがいろいろと必要なものを持たせてくれた。サイラスさんと養蜂の相談をしたり、テオと話しながらワオンくんたちの最後のお世話をしたりするだけで、時間はあっという間に過ぎていった。
オーク村のみんなには簡単に別れを告げた。自分としても、ちょっと出かけてまたすぐに帰ってくる気持ちでいたいから……。アレクスとは、あまり話せなかった。別れの挨拶もそこそこに、仕事に出かけてしまった。なんとなく、距離を置かれたようで寂しい気持ちもあったけど、他のみんなは姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれたので、少し温かい気持ちになった。
その日から早3日。
いくら進めど「王都」なる場所へ着く気配もない。しかも相当な悪路。
途中まではそれなりに楽しく馬車の外の景色を眺めていた。その景色も、丸一日ほとんど変わらない状態が続くと、覗くのをやめた。もしかしてこのまま永遠に目的地にたどり着かないのではという気分になる。乗り物酔いにもそんなに弱いタイプだと思わなかったけど、ひたすら揺れるデコボコ道のせいで頭が重い。止まっていてもなんだかずっと揺れている感じがするし……
オーク村から離れることで、そこが山間の高い土地にあったことがわかってきた。しばらくは馬車が一台通れるほどの細い道しかない、深い森を移動した。わたし達が通っているのは、「壁」とは反対側に位置する。方角で言うと、南の方に向かっているようだ。こちらの森は雰囲気も違い、魔物に出会うことはなかった。鹿のような動物や見たこともないような小動物がいたが、それも時が経つにつれて見かけなくなっていった。
森を抜けるまでは少し開けたところで野営をした。
森から少し離れてくると、徐々に木々が減り、荒れた土地が広がった。見える物も変わってきたので、再び好奇心が湧いてくる。何度か旅の一団らしき人たちが遠くに見えたが、それ以外に普段からほとんど人の行き来はなさそうだった。
その後は何度か人が住んでいる小さな町や村があった。
少し大きなお屋敷に泊めてもらうこともあったし、人の住んでいるところにたどり着かない時は野営もした。
シオウはというと、馬に乗ってわたしの馬車のそばを付き添ってくれていた。他にも20人くらいの人たちが護衛やお世話係として付き添ってくれている。わたしの馬車のほかに、荷物を積んだ大きな馬車も2台。なんだかすごい量の荷物だなと思っていたけど、どうやらわたしに至れり尽くせりのお世話をしてくれるグッズだとわかり、かなり申し訳ない。野営と言っても、わたしはにはふかふかのベットが準備され、広い天幕のようなもので休めたし、食事も相当凝ったものだった。
そんな準備をするのは絶対大変だと思うけど、皆淡々と業務的に行動している感じがする。笑顔で対応してくれるんだけど、心の壁を感じるというか…なんか都会の人間関係のようだわ。わたしを迎えに来てほとんど休みなく移動しているから、相当疲れていると思うのだけどまったく疲れている様子も休んでいるところも見せない。みんなサイボーグかなにかなの?それともわたしだけ精神が軟弱なのか!?
などとぐるぐる考えを巡らせていると、馬車がゆっくりと止まり、コンコンと扉をノックする音がわたしを現実に引き戻した。
「聖女様、休憩をとりましょう」
ここ数日、何度目かの休憩だ。
努めて明るく返事を返す。シオウがさり気なく手を引いてくれて外に踏み出した。
「ありがとう、シオウ」
移動中には気付かなかったけど、けっこう強い風が吹いていた。
思わずよろけそうになると、ごく自然に、シオウが支えてくれた。最後に出発した集落は見えなくなって、辺りは岩場が広がっていた。
さん付けも敬語も立場的に必要ない、と何度もシオウに指摘された甲斐あって、すっかり慣れてきたなー、自分。
シオウ達だけだったら、もっと早く移動できるのだろうけど、きっとわたしに気遣って頻繁に休憩をとってくれる。それでも、疲れが日に日に溜まっていっているのがわかった。
「けっこう、遠いんだね」
「馬車でも通れる道を選んでいるので、少々時間がかかってしまいました。明日にでも、王都の端が見えてくるはずです。そこからまだ少しかかりますが、今ほど道も悪くなくなるのでもう少しの辛抱です」
終わりが見えてくると、少し楽になった気がした。
休憩の時には、シオウに「聖女」のことや王様のことなど、いろいろ聞いてみた。
簡単に答えてくれるけど、さらに詳しく聞くと「自分は答える立場にない」と話を切られてしまう。
次の日のお昼前には、シオウの言った通り、ぽつぽつと建物が見えてきて、人が生活している場所に入ったのだと感じた。畑や建物は少しずつ増えていき、その奥に端がどこまで続いているのかわからないほど大きな城壁が見えた。
しばらくその様子を眺めていると、だんだんはっきりと様子が見えてきた。
でも……
遠い!!
城壁に囲まれた部分が王が住む城下町で、今いる城壁の外側は徐々に集まってきた人々によって自然に作られた街だと、シオウが教えてくれた。
そうだとしたら、これだけすごい数の店や家が建っているここは、長い年月をかけて街になったんだろう。道端の人々をよく見ると、肌の色や顔つきなどが様々で、いろいろな種族の人々が集まっているのがわかった。
全く知らないこの世界のこの国は、いったいどんな歴史を辿ってきたのだろう……
そんなことを考えながら馬車に揺られる。
そして、見えるには見えた城壁にも、たどり着くのには更に半日かかったのでした……
高くそびえる壁は、近くにくると迫力を増した。上を見上げても馬車の窓越しではどこまでの高さなのかわからないほどだった。オーク村の壁も相当高かったけど、やっぱりお城を守る壁は厚みも高さもそれ以上。
ここが、王都……
人の何倍もある、大きな城門の前まで来た。門は開かれていて、中の様子が少しだけ見えた。
見張りの兵士と思わしき人たちの元に、シオウ達が近寄っていくが、他の人にしているような検問はなく、ほとんど顔パスのように通された。
(……すごい都会だな)
馬車の通る大きな通りを真ん中に、通路にはたくさんの人でごった返していた。市場のような店も立ち並んで、すごく活気がある。城壁の外もなかなか大きな街だったけれど、ここはさらに賑わっている。石畳の大通りとレンガ造りの立派な建物が並ぶ様子は西洋風だけれど、なんとなくまた雰囲気が違う。行きかう人々の服装や売っている果物や野菜なども見たことがないからかもしれない。
その時、なぜか不意に、胸のあたりがキュッと締め付けられる気がした。懐かしい……デジャブ?
でも、こんな海外チックな場所、わたしの人生で見知っているはずがない。ゲームかなんかで似たようなものを見たかな?なんだか不思議な感情になったまま、思わず顔を出していろいろ見物していると、シオウがそっと近寄ってくる。
「聖女様、あまり馬車から身を乗り出すのは少々目立ちますので…」
「あっ…ごめんっ」
慌てて頭を引っ込める。
冷たい目線に心が抉られる。絶対あの目は呆れてるよね…かなり行儀が悪いと思われたであろう!
周りの珍しさについきょろきょろしていてあまり気にしなかったけど、確かにこっちの様子を驚いたように凝視している人たちも多かった気がする。ほんとスミマセン……!
そこからはしばらく馬車の中で静かに縮こまっていた。




