12.わたしの気もち
「……まあ、ああいう奴だから。ほんとに気にしないで」
カイルの姿が見えなくなると、アレクスが口を開いた。少し気まずそうに頭を掻いている。
「うん。大体、見た感じでわかる」
「商人としては有能なんだけどな……」
「……」
「ところで、アレクス」
「あ、ああ……」
「なにか、用事があって来たんじゃないの?」
アレクスははっと何かを思い出したようだ。
「ユーナ、大壁に上ってみないか?」
「どうしたの?突然」
「しばらく見張り番なんだ。ユーナにも上からの眺めを見せてやりたいと思って来たんだけど…」
「だけど?」
「来てみたら、あいつがいた」
「仲悪いの?」
「そういうわけでは、ないんだけど」
なんとなくアレクスがむすっとしている。そこにサイラスさんが口をはさむ。
「じゃあ、あとはわしに任せて、若い二人は楽しんできてくれ。」
「さ……サイラスさん!何を言ってる……」
「せっかくヒカリソウのことを聞いたけど……相談は後回しにします?」
「人生の優先順位を間違ってはいかんぞ。すぐに二人で行っておいで」
半ば強引にその場から押し出された。
壁といっても、近づくとやはり分厚く、上にのぼるとけっこうな幅のスペースがあった。そこには、見張りの人が間隔を空けて立っていた。
「みんな、村の人たちなの?」
「いや、数人は王都から派遣されてきているよ。村の人たちは農作業もあるから、交代で見張りについている」
「アレクスも……領主様なのに大変だね」
「領主と言えど、ここの住人なことに変わりはないからね」
そういうと、アレクスは大壁の縁にぴょんと飛び乗った。
「わわっ、落ちるよ」
「大丈夫大丈夫!ユーナも登ってみな。」
手を差し伸べられて、1メートルほどの高さに積まれた石の壁の上に跳び乗った。
アレクスの屋敷からも村を見渡せたが、大壁の景色はまた違った。壁の反対側に広がる森もよく見えたから。
「あのあたりが、わたしが最初に来たところかな?」
「どうだろうな?でも、なんだかうっすら木々の色が違うから、ヒカリソウがたくさん生えている場所かも」
「森の向こうは、どこまで山が続いているんだろう?」
「言い伝えでは、この壁から反対側は全部魔物の領地、ってことになってるな」
「じゃあ、だれもあの山の向こうまで行ったことがある人はいないんだね」
「ああ」
アレクスに教えてもらいながら、しばらくいろいろと眺めて楽しんだ。
「ユーナが来てから、いろいろあったな」
「そうだね、なんだかまだ現実じゃないような気もするけど」
しみじみと思い返す。
「ユーナが来てからはさ、村が活気づいたな」
「えっ、そうかな?」
「ああ、みんなユーナといろんな初めてのことの挑戦して、生き生きしている気がする」
「そうだとしたら、うれしいな」
「ユーナ、ありがとう」
なんだか改めて言われると、照れくさい。
「こっちこそ、アレクスに助けてもらってなかったら、今頃どうなってたかわからないもの。感謝してもしきれないよ」
話していると、アレクスがじっとこっちを見つめてくる視線を感じた。ちょっとどぎまぎしてしまう。
「アッ……レクス?どうしたの??」
アレクスは満面の笑みを浮かべた。
「よかったな、ユーナ。ここに来たばかりの頃、不安そうだったけど、今はなんだか、とても楽しそうに感じる」
そう……かも。
確かに、毎日忙しく動き回って充実しているし、ここの生活にすっかり馴染んでいると思う。
「ユーナは――……これからどうしたい?」
「それは――」
正直……考えないようにしていた……かも。毎日楽しく働かせてもらっていることに嘘はないし、感謝の気持ちしかない。でも、アレクスに問われると言葉に詰まる。
「それはもちろん、……帰りたい気持ちもあるよ」
「……」
アレクスは無言で遠くを見つめる。その表情からは、気持ちを読み取れない。
わたしはかまわず続けた。
「でも、時間が経つにつれて、不思議とこの世界が自分の居場所だと思う気持ちも強くなってきてるの。オーク村でダイアウルフの世話をしたり、サイラスさんとハチミツの研究したり、こうやってアレクスと話したり――とっても楽しいよ。……今はオーク村のみんなといたい気持ちが強い……かな。」
「そうか……」
「それなら――……」
「何?」
アレクスがなにか呟いたけれど、こちらを向かずに独り言のように発した言葉は、聞き取れなかった。
「いや、俺は、ユーナのためならなんでもするから」
「ふふっ、ありがとう」
「俺は冗談で言ってるわけじゃないから」
その時、アレクスの手が伸びてきて、わたしの頬に触れる――……と思った。
思った瞬間、その手はすごい勢いで引っ込められた。
アレクスは後ろを向き、『これじゃああいつと同じだ、何やってんだ!』などと一人で何か騒いでいる。呼びかけても応答がない。アレクスが自分世界にいっちゃったので、どうしようもない。戻ってくるまでしばらく物思いに耽って待ってよう。
アレクスと話した言葉も、嘘偽りないわたしの気持ちだった。ずっと昔からこの世界で、この国で暮らしている――そう言われても今の自分にとっては違和感がないくらいに馴染んでいると思う。
このまま全てを受け入れて、この地で暮らしていくのも悪くないかもしれない。
この時のわたしは、その後起こる事件など知る由もなかった――。




