11.村での日々と出会い
その後、だいたい2週間ほどは、オーク村に滞在していると思う。体の傷もすっかり治り、今ではどこが怪我していたのかさえわからないくらいだ。村の人たちとも更に仲良くなって、いよいよもってわたしはこの現実を受け入れざるを得なかった。
――自分は全く知らない別の世界にいる――
それが分かったところで、できることも情報もほとんどなかったので、目下、ここの生活に慣れることに全力を注いだ。不思議なことに、ここでの生活にそこまで違和感や苦労を感じなかった。今までとはあまりにも違う生活なのに――……。
家に帰りたいという気持ちももちろんあったけど、あまり追い詰められた気持ちにならず、自分はこんなに楽観的だったのかとびっくりしていた。
村の人たちと話す中で、この世界についてわかったこともある。アレクスが教えてくれたように、だれでもというわけではないが、わりと普通に魔法が使われていること。近年、「魔物」と呼ばれる生物が増えてきていること。
そんな話を聞いて、テオも『魔力』をもった少年なんだろうと思った。
「ユーナ!こっちに来て」
「あれ、ワオン達、マサの実食べてる?」
村が再び大騒ぎになったのは、テオを助けた次の日。ダイアウルフが村の入り口に集まっていたのだ。最初は追い出そうとがんばっていた村の人たちも、攻撃をしかけてきているわけでないと気付いた。
騒ぎに気付いたわたしが近寄ると、ダイアウルフが一斉に伏したのが、更に決定的だった。大きな光の輪がキラキラとその首に光っている。ダイアウルフ達は、わたしの言うことをよく聞いてくれるようになっていた。テオが連れていた子供のダイアウルフも一緒だった。なんでそんなことになったのかさっぱりわからないわたしは、ダイアウルフ達と話してみる。
「これからは、あんたの言うことをきく」
「新しいお頭!」
「それは、困るなあ。森に帰ってもらって構わないんだけど」
「あんたの言うとおりに働く!」
よく見ていると、なんだかかわいらしく思えてきたので、つい、許してしまった。
「うーん、じゃあ……一緒に来る?」
村に連れ帰ってきた後、試しにいろいろ頼んでみると、村の人たちに役立つ働きをしてくれていた。
ダイアウルフは基本何も食べない。……アレクスが言うには、「魔力」を栄養にしているみたい。夜に森に放つと、勝手に狩りをして他の魔物を減らしてくれているようだ。それでも、朝になるときちんと戻ってくる。
テオが連れていた一番小さい子は、ワオンと名付けた。
「試しにあげてみたら、うれしそうに食べてるんだけど、なんて言ってるかな」
マサの実は片手に乗るくらいの果物で、甘酸っぱくてわたしも好きな味だ。
「さっぱりしてて、おいしいって言ってるよ」
「じゃあ、これからも手に入れたらあげてみよう」
テオはワオンの喉元を撫でた。
最初はわたし以外の人間に警戒している様子だったダイアウルフ達も、少しずつ村の皆に慣れていった。特にテオは、迎え入れたその日から、根気強く彼らの世話をよくしている。その努力のかいあって、今は、ダイアウルフ達は、テオの指示も聞くようになってきている。
「テオ、ありがとうね。みんな、すっかり馴染んでるみたい」
「もともと、森の魔物に興味があったんだ。こんな間近で毎日観察出来て、むしろこっちが感謝してるくらいだよ」
「そっか、じゃあ、よろしくね。何かあったら呼んでね」
「わかった!」
テオと会話を終えたわたしは、村はずれにやってくる。
わたしには、もう一つ楽しみが増えていた。
「サイラスさん、どうですか?」
「うむ、ユーナ様の言ったように、普通のミツバチと同じように、一番大きなヒカリバチを住まわせることができたら、この箱の中でも巣を作り始めているようじゃ」
「でも、普通のミツバチと習性が違うんですよね?」
「そこはまだまだ研究が必要じゃな」
最近は、サイラスさん中心で、ヒカリバチの養蜂を試している。森の奥にあった巣まで確認に行ったのは一週間ほど前。ダイアウルフ達に護衛を頼みながらサイラスさんとがんばって探しにいったかいがあって、やっぱりそれはヒカリバチの巣だった。サイラスさんの華麗な技でその巣ごと持ち帰ってきて、日々研究しているというわけだ。
わたしたちが話し込んでいると、後ろから声を掛けられた。
「あれ、見ない顔だね」
振り返ると、優しい物腰の男の人。アレクスとは全然違うタイプだけど……かなりイケメンだ。
「ええと……初めまして」
(村では、会ったことないからどこかから来た人かな?)
村の人たちとは、なんだか服装の雰囲気も違った。金色の髪の毛は後ろで縛られていて、動くたびにキラキラ揺れた。
「僕はカイルだよ。よろしくね、ユーナちゃん」
髪にまけないほどきらっきらの笑顔でわたしの両手をにぎってくる。
(あっ、この人、距離感おかしいタイプだ……)
「はい、カイルさん……」
「やだなぁ、僕たちの仲じゃない!カ・イ・ルって呼んでくれて構わないよ」
(完全初対面の仲でしかないけど)
「さあ、呼んでっ」
「呼ばないとめんどくさいパターンかな、ではカイル」
「うわっ、心の声ダダ洩れてるよっ」
「ユーナ、カイルはこの村に定期的にやってくる商人じゃ。根は悪い奴ではないんだ。許してやっておくれ」
「ああ、じいさん。いたんだ」
「……」
カイルという商人の男性と話していると、遠くから叫び声が聞こえた。声の主は……アレクス?
ダッシュで近寄ってくるなり、思い切り引き剥がされる。
「お前、またそんなことを!ユーナ、気にすることないからな」
「元から、特に気にしてはいないよ」
「そんなぁ、照れちゃって!」
「いいから、カイル。オーリばあさんが薬欲しがってたぞ、さっさと行け」
「アレクス、こんな可愛いお嬢さん独り占めしようったってそうはいかないよ」
ぐいぐいと背中を押されているカイルは、何かに気付いた。
「あれ?その花は……」
「ヒカリソウです。」
「森の奥深くにしか咲いてないだろ?持ってきたのかい?」
「はい、試しに植えてみたんですけど、うまく育たなくて」
サイラスさんと試作していた蜂の巣箱の近くには、これまた森から持ってきたヒカリソウを植えていた。カイルの言う通り、ヒカリソウは元気がなくぐったりしている。
ふうん、と考える仕草をするカイル。
「おそらく、土や日当たりなんかは試してみたんだろ?」
「あっ、はい。森にたくさん咲いていたので、なるだけ似た環境にはしてみてるんですけど」
「環境についてはわしが限りなく森と同じ状態に近づけておる。水や肥料もいろいろためしたが効果が表れん。……カイル、お前、後は何が必要だと思う?」
サイラスさんが興味深そうに質問する。
「そうだね……魔力については計算にいれてないでしょ」
「魔力!?」
そんなもの関係するとしたら、いったいどうしたらいいんだろう。
「例えば……あそこに生えている木、あそこには魔力が溜まっている」
「そんなことわかるはずが……いや、見えます!」
よーく目を凝らすと、その木から、柔らかい光が放たれている。
「なんだか緑色っぽいですね。あれが……『魔力』というなら、ヒカリソウも魔力が出てますね。こっちは黄色っぽいけど……」
「わしにはさっぱりじゃ。ユーナはさすがじゃな。」
「そう、よく見えたね。森の植物も力の大小はあるけど、魔力を放っているものがある。それがお互いに影響して成り立っている植生もあるから、その辺を考慮に入れて育ててみるといいよ」
目からウロコの気分。
「カイル……!ありがとうございます」
「敬語なんてよそよそしいのやめて、もっと仲良くなろ?」
「あっ、はい。……――あ、ありがとう」
「照れた顔も可愛いね」
「いい加減にしろ」
アレクスの髪が紅く揺らめいている。……危険な予感しかない。
「ほら、カイル。アレクスが妬いてしまうからほどほどにしておけ」
「なっ、サイラスさん!」
アレクスがすっと元に戻った。サイラスさん、二人の扱いに相当慣れてそう。
「あはは!アレクスは面白いね。それに、こんな可愛い子と毎回会えるならさ、これからも頻繁にオーク村を訪問しようかな。じゃあ、また会おうね!ユーナちゃん」
「はーい」
ぶんぶんと手を振りながら、カイルは村の中心に向かって歩いて行った。




