不満と新しい従業員
ルカルナが王宮に戻っている間に、フォザリアは宣言通り雑巾で棚をきれいに拭いていた。
「この棚もペンキを塗ろうかな・・・せっかく可愛い小物を飾るんだし・・・」
フォザリアはかなり古くなって拭いてもあまり綺麗になった気がしない棚を眺めながらブツブツ独り言を言っていると、開けっ放しにしてある店の扉の前に少女が立っていた。
「こんにちは、あなたは確かローザンさん家にいた子よね」
フォザリアが少女に近づきしゃがんで笑顔で応対すると、少女は手に持っていたスープを入れていた空の容器を差し出した。
「おばあちゃんからこれを返しに行ってきてって頼まれたの」
「あら、持ってきてくれたの?ありがとう。そうだ。ちょっと待ってて」
フォザリアはそういうと、少女から受け取った容器を持って台所にいくと、手に小さな袋をさげて戻ってきた。
「ちょうど今からおやつにしようかと思っていたところなの、これ焼きたてのクッキーなの、お裾分けよ、焼き立ててで柔らかいクッキーだからおばあちゃんでも食べられると思うから、持って行ってくれる?」
フォザリアの言葉でパア~っと笑顔になって受け取ろうとしたが少女は手を引っ込めて首を横に振った。
「どうしたの?」
「あのね、おばあちゃんが、あまり気を使わないでくださいって」
その言葉を聞いたフォザリアがその少女の手を掴んで持ってきたクッキーが入っている袋を持たせて言った。
「実はね・・・私の店の料理長がたくさん料理を作る癖があって、私を太らそうと毎日たくさん作っちゃうんだけど、私そんなに食べられないのよ。それで毎回あまらせちゃうからもったいないでしょ。私、引っ越してきたばかりでお友達いないから、食べてもらえるとありがたいんだけどな・・・迷惑かな・・・」
フォザリアはそういうと少女は首を横に振った。
「おばあちゃん、あんなおいしスープも柔らかいパンも初めて食べたって嬉しそうに食べてた。だけど、施しはみじめだからって・・・でも、最近あまり食欲ないって言ってたから心配してたの」
「そう・・・ねえ、あなた名前は?」
「私リューア」
「リューアちゃんはいくつ?」
「もうすぐ10歳」
「そう、じゃあいつも何をしているの?」
「前は叔父さんがやっていたここの裏庭で布の裁断や針仕事をしていたの、だけど、叔父さんどこかへいっちゃたから今は何もしていないの。昼間はお母さん仕事に出かけてるし、おばあちゃんは最近は寝てばかりだから、家でボーっとしてるの、動くとお腹すくから」
「そう、そうだ、じゃあ、私のところで働いてくれる気ないかしら、今はお給料だせないんだけど、おばあちゃんとリューアちゃんの昼食とおやつをお給料の代わりに提供するっていうのはどうかしら?リューアちゃんは学校には行っていないの?」
「学校って何?」
「文字を習ったりするところよ」
リューアは首を横に振った。
「じゃ文字は読めるの?」
フォザリアの質問に対してリューアは自分の名前しか書けないと返事を返してきた。
「そう・・・じゃあお仕事をしながら文字も教えてあげるわ、後、数の数え方もね」
リューアはその言葉を聞くと嬉しそうにフォザリアを見た。
「私やりたい!」
「そうじゃあ、ちょっと待ってね」
フォザリアはそういうと、台所に戻り、紙にさっき説明した旨を書きリューアに手渡した。
「これをローザンさんに渡してくれるかしら、ローザンさんか、あなたのお母さんにこの下にサインしてもらって持ってきてくれる」
フォザリアがそういうと、リューアは嬉しそうに頷き、クッキーが入った袋を嬉しそうに受け取ると帰って行った。その日の夕方、仕事から戻ってきたリューアの母親がリューアと訪ねてきて、詳細を聞いてきた。
フォザリアは丁寧にリューアにしてもらうつもりの作業内容を説明すると、感心したように聞き入り、どのような仕上がりになるのか完成したら見せて欲しいと言ってきた、よくよく話を聞くとリューアの母親は元は針子として服を縫う仕事をしていたが最近は仕事がなく、仕方なく別の仕事をしているのだそうだ。そこでフォザリアはお給料を支払えるぐらい仕事が軌道に乗り出したら雇わせてほしいとお願いすると、心よくひき受けてくれることになった。
フォザリアは夕食用に多めに焼いていたパンをビゴーラから受け取ると、パンにはさむ干し肉や野菜などを挟み込み、三人分をバスケットに詰め込んで手渡した。
「リューア時間外だけど、明日来る時までに早速仕事をしてきて欲しいの。この厚紙書いてある線の通りにハサミで切ってきて欲しいの。ハサミはあるかしら?」
「はいあります。この線の通りに切ればいいんですよね」
「そう、よろしくね」
リューアは嬉しそうにそのパンが入っているバスケットとフォザリアからの仕事の依頼された紙を大切そうに受け取ると返事をした。
「それでは明日からでもリューアちゃんの都合のいい時間だけで結構ですので来させてあげてください」
「ありがとうございます。こちらこそ娘をよろしくお願いします」
そういうと母子は頭をさげると家に戻って行った。その後ろ姿をうらやましそうに眺めるフォザリアに、大きな荷物を抱えたルカルナとリアムスの二人が戻ってきた。
「おい、そんなところに立って何をしているんだフォザリア」
「あらおかえりなさい。遅かったんですね」
「ああ、屋敷に戻ったらロンダに捕まってしまってな、一緒に連れていけって駄々をこねられて説得するのに時間がかかったんだ」
「あらロンダ様知らなかったんですか?」
「ああ、姉上が適当にごまかしていたんだそうだ。すごくお前に会いたがっていたぞ」
「あらそうね・・・私もお店が軌道にのったらロンダ様に頼みがあるし、会いに行こうかしら」
「頼みってなんだ?」
「別にたいしたことではありませんよ。それより、新しい従業員を一人雇ったんですよ。明日から手伝いに来てくれることになったんです」
フォザリアの言葉に急に険しい顔になったルカルナが聞き返してきた。
「なんだと、金もないのに人を雇ったのか?」
「ええ、昼食とおやつの支給でしばらくの間は手伝ってくれることになったんです。なんてったってビゴーラさんの料理は一級品でしょ」
「お前・・・何度もいうようだがビゴーラの食事は僕専用なんだぞ、どうして他人にまで分けなきゃいけなんだ!」
「はあ・・・心が狭いと顔まで醜くなりますよ。ビゴーラさんの料理って毎回大量にあまりそうじゃないですか、お昼の分だってあまってるんですから、捨てるよりいいと思いますけどね。それともルーカスが全部食べて、それ以上に太りたいっていうならお裾分けは止めますけど」
フォザリアの言葉に反論する言葉を失ってしまったルカルナは険しい顔になったがどうにか抑え込んでいるのか一言だけ聞き返してきた。
「その雇ったやつは信用できるのか?」
「ええ、10歳の女の子よ。裁断の仕事をしていたんですって、私お昼に貰ってきた布で作りたいものがあるんだけど手間暇がかかるから手伝ってくれる人が欲しかったのよね。私は店の改装もしないといけないし、そうそう、明日は棚をペンキで塗ろうかと思っているので一緒に売っている店に買い出しに行ってくれませんか?もちろんルカルナ様のお金で」
「僕はお前の財布か!しかし・・・そうか子どもか・・・まあ雇ったものはしかたないな、僕にまで裁断をしろとか裁縫をしろとか言ってこられても嫌だしな。面倒だけど、買い出しには付き合ってやる」
ルカルナはフォザリアの言葉で納得したのか怒りが収まったようだった。
「お願いしますね。でも、これからもし、急な依頼なんかがきたら手伝ってもらうかもしれませんよ。チャンスが来たら掴まなきゃいけませんからね。利用できるものはなんでも利用しますから私は」
「そうだな、お前ならやりそうだな。僕はしないけどな」
ルカルナはそういうと先に店に入って行ってしまった。後ろにいたリアムスが小声でフォザリアに囁いた。
「ああ言ってますけど、実はルカルナ様はご自分のお洋服も自分でデザインして作れるほどの腕前なんですよ。何でも器用になさる方なんです。剣術の腕前もすごいですし、もちろん帝王学も独自で学ばれているようですし、才能豊かな方なんですよ。さっきもご自分で作られた置物を持ち帰る際に、猫の置物に服を着せたらいいんじゃないかっておっしゃって、ご自分の裁縫道具も持ってこられたんですよ」
「こら、ペラペラとしゃべるな!お前の夕食を抜きにするぞ!」
聞こえていたのか真っ赤になったルカルナが荷物を置いてリアムスに向かって怒鳴りつけた。フォザリアは笑顔でルカルナに向かってお礼をいったりおだてたりしてあっという間にルカルナをご機嫌にさせていた。それを感心した様子で見るビゴーラとリアムスの二人だった。
そうして翌朝、新しい従業員を一人迎えて、新しい一日がまた始まろうとしていた。




