4 上がり下がりの激しい気分
何事もうまくいかないものだ。
適切な距離を取ろうと思った矢先、真司から利央に連絡が来た。
『お前にやってほしい仕事を頼んだから、事務所で確認してくれ』
あっさりとした内容に唖然としながら、事務所に寄って次の仕事を確認していると、所属しているフォトグラファーのスケジュールを管理している杉原優馬が近づいてきた。
「おはようございます、雨音さん」
「おはようございます。二階堂社長から電話もらったんですけど、それって」
「お察しの通り、あなたのスケジュールに問題がなかったのでお受けしましたよ。詳しくは、ご本人から聞いたほうが早いと思いますよ。すでにお待ちですから」
「えっ?」
向こうですと示された応接室に行き扉を開けば、真司はのんきに出されたお茶を飲んでいた。
「よっ!」
「よっ! じゃないわ! 私に仕事ってなに?」
向かいのソファーに座ってカメラケースを脇に置くと、真司はA4サイズの封筒を手渡してきた。
一体何かと中の書類を取り出せば、一番最初に目に入ったのは〈SPIDER〉の文字だ。
そして、新曲ジャケット写真とミュージックビデオという内容に、眉間にシワを刻んでから顔を上げた。
「何これ? あたしはフォトグラファーよ? 新曲のジャケット写真ならわかるけど、もう一個の方は本業に頼みなさいよ」
「ああ、そうだな。でも、だから? いまでは、映画の監督をするフォトグラファーだっているだろ」
「い、いるけど……」
「俺はお前の世界観が好きなんだよ。今度の曲は特にお前の世界観とあいつらの歌が合わさったら、最高の出来になると思って頼んでんだ」
「ぜんぜん頼んでるって感じじゃないけどね」
「そりゃな、あの写真を撮ったお前が断る訳ないと思って来てるからな……俺は」
いつだって偉そうで、自分の直感に忠実な男だ。
その勘の良さだけで今の事務所を作り上げたと言っても良いほど、切れ者でもある。
確かに、写真を撮った時に感じたもっと魅力を引き出したいという欲求はかなり強く、次の機会まで待てないとさえ思ったのは事実だった。
「それで? どう思う?」
「……受ける、っていう私の意見はともかく、うちの社長は受けてるんでしょ?」
「まあな。お前が売れれば、会社の名前も売れるしな」
「でしょうね。それで、これはいつから撮影を始めるの? あと、コンセプトとかの概要は?」
「デモ曲を渡してもいいが、レコーディングがこれからあるから一緒に来るか? 夜にはダンスの練習もあるし、ついでに見ていけばいい」
ソファから立ち上がった真司に合わせて利央も荷物を持った。
イメージを掴むのに書類で示されるよりも、本人たちの雰囲気を把握できるのはありがたいことだ。
「そう、なら行く。でも、曲も聴きたいかも」
そう伝えれば、真司は今では懐かしいとさえ思うウォークマンを手渡してきた。
悪趣味なキラキラとしたケースに入っていることから、それが彼の昔から持っている私物であることが窺える。
先に歩き出した真司に続き、会議室を出て会社から出ていこうとしたところで杉原と目が合った。
「仕事の細かい打ち合わせのために出てきますね」
「分かりました。何かあったら連絡するので、その時はお願いしますね。行ってらっしゃい」
杉原に見送られ、廊下に出るとエレベーターを止めて待っている真司と合流し、地下の駐車場に下りていく。
「新曲のリリース日はいつなの?」
「聴いてみれば分かるが、雰囲気的には十月の終わりを視野に入れて、それに合わせてリリースイベントも考えてる」
「そう」
その時期は、利央も好きな季節だなと思いながら、イヤホンをつけて音楽を再生すると、最初に獣の唸り声が入っていた。
どこか暗く、怪しげな雰囲気のある曲だ。
使われている音も絶妙で、世界観が感じられる。
音楽に没頭していると、真司に肩を叩かれた。
はっとすると、エレベータの扉は開いていて、地下駐車場特有の匂いが鼻を掠める。
こっちだと合図され、彼の車に移動する間も聴いていた。
そのまま停止しないでいると、次の曲が流れ始める。
二曲目は、一曲目とは少し違う静かな曲調でリリースシーズンに合っていた。強さと弱さが混ざっているような、そんな曲だ。
「それで、どっちの曲?」
車に乗り込み、シートベルトを着けた所で問えば、車は息を吹き返しリノリウムの床で音を立てる。
出口へと向かう間、彼は口を開かなかったがそれが正解だろう。
上へと向かうために螺旋状に作られた道のせいで、ずっとタイヤの嫌な音が鳴ってうるさくて、まったく会話にならない。
なったとしても、大声で話さなくてはならず、無意味だ。
ようやく駐車場の出口の遮断器が見えてきて、車を停車させると精算機で精算を済ませた。
光を感じない地下から出ると、突然の日差しの眩しさに目がちかちかしてくる。
「両方って言ったら、どうする?」
その言葉に隣へと視線を移せば、真司はすでにサングラスをしていた。
「馬鹿じゃないのって返すわね」
「なんでだよ!」
「だってそうでしょ? ド素人に頼むってことが一つ。急すぎるってことが一つ。二つを合わせたら、世間では馬鹿って言うのよ」
「そんなこと言うなよ。しょうがないだろ。昨日の写真を見たら、びびっときちまったんだから。お前にも分かるだろ? アイドルにマンネリ化は怖い。すぐに飽きられるからな。だが、急な方向転換は売れるのに必死と言われる」
「そうね」
それは利央にも理解は出来る。
最初の印象、定着したイメージ。
それを突き破るには、リスクが伴う。
あまりにも変わりすぎれば、デビューの頃からのファンが離れる可能性だってある。
もちろん、新しいイメージによって新たなファンを獲得するだろうが、デビューの頃から応援しているファンを大切にするのは重要だ。
かといって、同じ路線を維持すれば、アイドル戦国時代みたいに毎月新しい若手グループが出てくる今のご時世、飽きてそっちに流れてしまう心配までしなくてはならない。
「良い時期だと思うんだよ。十代でデビューして、二十代になって少年から大人の魅力に成長するのに」
「でも、もし雑誌が発売されて、反応が悪かったらどうするの?」
「俺は大丈夫だと思ってるが、事前の策は考えてある。雑誌の編集長と話して、発売前に数枚の写真を雑誌社の公式とグループの公式SNSに載せることになった。そうすれば、リアルな反応が短時間で分かるからな。その反応によっては、考えるさ。そのために、ミュージックビデオもジャケット写真も二つのパターンを用意する」
「ずいぶん……資金を投入するのね」
「まあな。俺の事務所の稼ぎ頭だし、あいつらを日本国内だけで終わらせたくなくてな」
そう語る真司の横顔は、サングラスで半分隠れていても、生き生きしていた。
こうなっている彼は、何を言っても止まらない。
それを理解している利央は、諦めて流れに身をまかせることにした。
でないと、疲れるだけだ。
「分かった。レコーディングと練習を見たら、すぐに作業に入る」
「ミュージックビデオの制作の吉村っていうのが今日来るから、お前が思い描く世界を伝えればいい。絵コンテにしてくれるし、必要な施設、道具、人員なんかも相談しろ。予算は気にしなくていい」
「ただし、良いものを作れってことね」
「性格をよく知ってるからな。妥協をしないお前が、中途半端なものなんて作らないって」
自分のことを買ってくれているのは、昔から利央も気づいていた。
完璧主義に近く、扱いにくいと言われ続け、なかなか会社が見つからなかった利央に今の会社の社長を紹介してくれたのは、紛れもなく真司だ。
どうしてそこまでしてくれるのかと問えば、笑って「先行投資だ」と言った。
自分の会社のためになると思ったから世話をしただけで、そうじゃなければ声もかけなかったと口にしたが、本音の裏には上手く隠された嘘もいくつかあるのに気づいていた。
彼は豪快で、時に非情な判断もするが、根本的に優しいのだ。
一度、懐に入れれば見捨てはしない。
だから、利央は面倒に思うことはあったとしても、真司の提案は前向きに捉える。
「期待は裏切らないわ」
「まあ、そう気負うなよ。無駄な力を入れないで、お前の感性に従えばいい。そうすりゃ、自然と最高のものが出来上がる」
車は東京の一等地に立つビルの地下駐車場へと滑り込んでいく。
警備員のいる入り口で、当たり前のように顔パスで通され、所定の位置へと駐車する。
さすがの利央も、真司の事務所に来るのは初めてで、降りた後も車の横で大人しくしていた。
「まるで借りてきた猫みたいだな」
そう笑われたが仕方がない。
他社で粗相でもしたらと考えると怖すぎるのだ。たとえそれが、よく知っている相手の会社だとしても。
「こっちだ」
そう言われてついていけば、少し奥まったところに一台のエレベーターがあった。
不思議なのは、ボタンがないことだ。
「なに、これ」
「まあ、見てろって」
本来ならボタンがある場所に代わりにある鍵穴に鍵を差し込み回すと、機械の動く音がした。
そして、静かに扉が開くと、間違いなくそれはエレベーターだった。
「ほら、乗れよ」
言われるまま乗り込み、入ってきた真司は階数の横にある鍵穴に鍵を再度差し込んで回した。
すると、扉が閉まってエレベーターは上へと上りはじめた。
「俺とアーティスト専用のエレベーターだよ。鍵がないと動かない作りなんだ」
「へぇー、すごいのね」
「以前借りていたビルは、従業員とアーティストが同じエレベーターだったんだよ。けど、エレベーター内での写真が流されたり、ファンが従業員のフリをして乗り込んだりって大変なことがあったんだよ」
「ああ……なんだか大変ね」
そこまでして入ってくるファンがいるということは、ある意味では人気が出ているということなのだろうが、時には傷害事件やストーカー被害にまで発展することもある。輝ける職業の裏には危険がつきものなのかもしれない。
「ファンは、アイドルに恋しているところもある。ただの憧れくらいの距離感ならいいんだが、中には自分の彼氏だ、自分のものだって考える子もいるからな。ほら、着いたぞ」
扉を押さえてくれている真司の横を通ってエレベーターを降りれば、長い廊下と小分けにされた部屋が五つある。
「たしか、第二レコーディング室だったかな。こっちだ」
歩き出した真司が立ち止まった扉には使用中という札がかけてある。
重そうな扉を開けると、廊下にいた時には全く音が聞こえてこなかったのに、中には人がいた。
「あ、お疲れ様です、社長」
「おう、お疲れさん。ちょっとだけ見学するよ。こっちは話しておいた、フォトグラファーの雨音利央だ。この人は、レコーディングを担当してる神無月さん」
「はじめまして、雨音です。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに名刺を交換して、レコーディングブースからは見えない場所に座ると、歌詞が手渡された。
「どんな調子だ?」
「他のメンバーは無事に撮り終えて、これから陸斗のレコーディングを始めるところです」
「そうか。俺たちのことは気にしないで始めてくれ」
「こっちに歌声が聞こえるようにしますか?」
「ああ、頼む」
歌詞が書かれた紙には、パート分けが書かれていて、陸斗はラップと書いてある。
「陸斗、始めるぞ?」
「はい、よろしくお願いします」
いつも聞く声とは違う少し緊張を含む声に、まるで別人のようだ。
低く、どこか色気のあるラップが始まった。
本人が着けているヘッドホン以外にはメロディーが聴こえないから不思議な感じだが、紡がれる言葉と声に魅了される。
メインヴォーカルではないが、十分にインパクトがある。
時々、本人からの提案があったり、神無月からの指示があったりしながらも、レコーディングはスムーズに進み、一時間程度で終わった。
事前に曲を聴いていたお陰で、歌詞を聴くとより深く理解出来る。
この部屋で陸斗と鉢合わせないように、真司はレコーディングブースに入ると、別の扉を使って誘導していった。
しばらくその部屋で待っていると、戻ってきた真司に連れられて、下の階にあるダンスの練習室に移動する。
マジックミラーになっている鏡の裏側で見ることになったが、なんだか盗み見ているようで変な罪悪感が沸いてきた。
本人たちは利央と真司に気づくことなく、ストレッチをしていて、それが終わる頃に振付師が入ってくる。
挨拶を軽く交わすと音楽が流れ始め、振付師のダンスチームが踊っていく。
流れているのは、利央が聴いた一曲目だった。
陸斗たちメンバーは、その振り付けを恐ろしいほどの集中力と真剣さで目で追っている。
「なんだか、大変そうなダンスね。こっちがメイン?」
「ああ、これから休憩も挟みながら、二十四時間かけて覚えて自分のものにしていくんだよ。そうだな……今のところ、こっちがメインだな」
練習が大変だということは、音楽番組や雑誌のインタビューで聞いたり読んだりしたことはあったが、実際に目にするのとでは全く違う。
一度目が終わると、個々のメンバーの横にダンサーが並び、カウントを取りながら練習が始まった。
努力と適応能力の両方がなければ難しそうな光景に、利央は両膝に肘をついて前のめりで見始めた。
「そろそろ、疲れたんじゃないか? 飯行くか?」
「まだ平気。あと少しだけ」
「オーケー。俺は飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」
「ごめん、ありがとう。コーヒーをお願い」
「仰せのままに」
真司は鼻歌を歌いながら出ていった。
その間もSPIDERのメンバーは水分補給をしながら、細かい振り付けの指導を受けている。
流石に一時間以上が経ち、彼らの息は上がり始めたが、腰を下ろすメンバーは一人もいない。
群舞以外の部分は、それぞれのパートを担当していたダンサーとの練習になっている。
「ほら、コーヒー」
「ありがとう」
飲み口を開けて渡された缶を受け取り、口をつけると、馴染みのある大好きな味が口内に広がった。
好きなメーカーの、それも一番好きな種類を買ってきてくれたことに感謝しながら、練習を見守る。
「もうそろそろ、全員で合わせ始めるんじゃないか?」
「えっ! もう?」
「ああ、そうだよ。練習生の時から、目で見てコピーする力をつけさせたから、コピーするのは早い。でも、そこから自分のものにするのが大変なんだよ」
「自分のもの……」
「メンバーと合わせ、移動の動線を覚え、どこから映されてもいいように顔の管理もしなくちゃいけない。おまけに、歌も歌わなくちゃいけないんだ。考えて踊ってたら、他のことに意識を向けられないだろ? 音楽が流れれば、自然と体が動くくらいにならなくちゃ、音楽番組で披露することも、ライブをすることもできない」
そのまま見ていると、七人は立ち位置についた。
「音楽ください」
その直後、流れ始めた音楽と動き出す体。
ダンスは完璧に再現されているが、動線がまだなのか、危なくぶつかりそうなところもあった。
一度集まったメンバーは、話し合い、立ち位置に戻ると音楽はかけずに自分のパートを歌いながら、ゆっくりと確認していく。
そのまま一時間ほどが経った頃、真司のスマートフォンが小さく鳴り、彼はメールを確認すると立ち上がった。
「吉村が来たらしい。打ち合わせをしながら食事にしよう。出前を取るけど、なにがいい?」
「真司に任せる」
「吉村に話してくるから、迎えに来るまで待ってろよ」
「もちろん待ってますとも! どうやってエレベーターを動かすのよ」
「確かにそうだ」
真司を見送り、また見入ってしまう。
それほど、彼らには人の目を引きつけるものがあるらしい。
Tシャツとスウェットという練習着で、ノーメイクだというのに、見ているとミュージックビデオのイメージが浮かんでくる。
配色、衣装、風景。
ノートパソコンを取り出し、次々と浮かんでくるイメージを簡単な絵や文章にしていく。
とりあえずは、それが可能か不可能かなんてことは考えず、ただ趣くままに形にしていった。
集中していて、時間の概念が消えていき、真司に声をかけられているのにも気づかない。
肩を叩かれた瞬間、強制的に何かの糸が切られたような感覚があった。
「おい、大丈夫か? ずっと声かけてたんだぞ?」
心配そうに覗き込む真司に、利央はぼーっとしながら頷いた。
「まったく、夢中になるとこれだ。ほら、会議室に移動して、食事にするぞ!」
ノートパソコンは真司の手によって閉じられ、鞄にしまわれる。
抱き上げるように立たされ、ずっと座っていたせいでふわふわとした感覚のまま半ば抱えられているような状態で歩き出す。
荷物は彼が肩にかけて持ってくれていた。
「お前は自分のことは二の次だからな。あの彼氏はどうした? 会社員の」
「んー? この間、電話で別れたいって言われたから、終わりにした」
「まったく……そろそろ、面倒を見てくれるやつに巡り合ったのかと思ったのに」
「それは無理な話でしょ。誰だって、付き合う時には理解してるって言うけど、結局付き合うと自分と仕事を天秤にかけさせるのよ。それに、手料理とか作れないし」
エレベーターに乗り、一つ上の階に行くと、そこはオフィスビルのような作りだった。
片側にパソコンの並んだデスクがたくさんあり、片方には仕切られた部屋が三つある。
「ほら、こっちだぞ」
連れて行かれたのは、そのうち一つの扉を開いて、利央の腰に手を添えながら中に入った。
すると、先に中で座っていた二人が立ち上がった。
その一人には見覚えがあって、姿勢を正す。
相手は瞳の奥に苛立ちを燻らせながら、真司が触れている場所に視線を注いだ。
「お待たせしました。座っていてください」
そう言われて二人は座り、利央と真司は向かい側に座った。
テーブルの上には、書類の他にデリバリーサービスの容器に入った食べ物と飲み物が並んでいる。
「吉村、彼女がフォトグラファーの雨音利央だ。利央、彼がミュージックビデオ制作の吉村光だ。それで……彼は?」
二人で名刺交換をしていると、真司はもう一人に目を向けた。
「彼が今回のメイン曲の作詞と作曲をしたR.SOUNDですよ。レコーディングを見に来てたんですけど、ミュージックビデオの話をしたらどんなものになるのか聞きたいって言うもんだから、誘ったんです」
「ああ、君が! いつもいい曲を書くって噂になってるが、姿を見せないって……」
「名乗らないので、誰も気づかないだけですよ。他のアーティストの時にも、レコーディングにはお邪魔しています」
利央は、ぽかんと見てしまった。
目の前にいるのは、間違いなく颯である。
「はじめまして、雨音さん。どんなミュージックビデオになるのか、とても興味があります」
「よろしくお願いします」
なにがはじめましてだと言いたくなったが、どうにか相手に合わせて挨拶を交わした。
腑に落ちない気分のまま、ミーティングと食事会は和やかに進んでいった。
さっきまでタブレットにメモしていたことを吉村に見せながら、説明していくと驚いた顔をされた。
「この古城と廃墟に使えそうな建物を知っているので、すぐに許可取りをします。衣装は、スタイリストとデザイナーに聞いてみないとわかりませんが、多分大丈夫でしょう。かなりわかりやすくて、明日か明後日には絵コンテも出来ると思います。ちょっと、小道具には手こずるかもしれませんが」
「小道具は大丈夫です。うちで用意できますから」
「あ、そうですか? なら、問題ないと思います。とりあえずは、スタイリストとデザイナーに聞いてみましょう」
「もともと別の衣装合わせの予定があって、スタイリストなら下にいたはずだ」
「なら、話は早いです」
そう言いながら、二人は部屋を出ていってしまった。
途端に訪れた静寂に、気まずさしかない。
どこかですれ違うことはあっても、一緒に仕事をするとは思ってもみなかった。
「利央さん?」
さっきまでの名字呼びではなく、名前を呼ばれて大げさなぐらいに肩が揺れた。
「な、なに?」
「キョドりすぎ。驚きました?」
「う、うん……そりゃあね。この間は、卓馬さんの話だとモデルって感じだったし」
「ああ、モデルも仕事でしたけど、今の本業はこっちです。ソングライターが」
「自分じゃ歌わないの? その顔なら、すぐに注目されそうだけど」
「だからですよ。顔を注目されたって嬉しくもない。自分で歌ってそういう思いをするくらいなら、誰かに提供して消化した方が気分的にはマシですからね」
思わぬ発言に、その綺麗な顔を見つめてしまった。
そういう考え方もあるのかという反面、少しの苛立ちが湧き上がる。
「それって、遠回しにアイドルとアイドルのファンを馬鹿にしてるの?」
「えっ?」
「そうでしょ? 歌が好きっていう前に、顔が好きって入り方をする子だっている。だけど、どちらも応援する気持ちは一緒。それはアイドルの努力の賜物でもあるのよ? 厳しいレッスンと節制、表情の研究、自己管理。全てが合わさって、最高のものを作り上げているんだから」
〈SPIDER〉だってそうだ。
デビュー当時は、歌唱力があったにも関わらず、新聞や週刊誌が取り上げるのは整った顔立ちばかりで、ヴィジュアルグループと言われ、歌唱に注目されなかった。
けど、顔を隠して歌だけを聞かせる番組に出たことで、その歌唱力の高さを評価された。
それ以降、音楽番組やフェスに呼ばれるようになり、人気を得たのだ。
最初の注目なんてものは、あとでいくらでも塗り替えることは出来る。
いつだって、利央はそう陸斗たちに言い続けてきた。
「そんな考えを持ってるなら、どうしてあの子達に楽曲提供を?」
「興味があったから」
「興味?」
「そう、この間マンションで見かけた時から。アイツは利央さんが可愛がるほど、そんなに魅力的なのかなって」
「可愛がるって……変な表現やめてくれる?」
まるで、年下男子を飼いならしているような言い方だ。
「だってそうでしょ? あの日、酔って連絡したら迎えに来たのがアイツで、下の名前で呼ばせてるんですから」
「あんたも下の名前で呼んでるでしょうが!」
名前の呼び方一つで勘ぐられたらたまったもんじゃない。
「アイツは、利央さんの連絡先知ってるんですよね?」
「そりゃね」
「じゃあ、俺にも教えてください。昔の連絡先しか知らないんで」
「なんで? 必要ないでしょ」
教える気なんてさらさらなかったから、そう発言するのと扉が開いたのは同時だった。
「あ? なんの話だ?」
「どうかしましたか?」
真司も吉村も不思議そうな顔をしている。
二人とも、利央と颯が知り合いだということを知らないのだから仕方がない。
なんでもない。
そう言おうと思っていたのに、利央よりも速く颯が口を開いた。
「*雨音*さんに、今後のためにも連絡先を聞いていたんですよ」
「ああ、それはいいですね。お互いに意見交換もできますし。曲を作った本人のイメージもあるでしょうから」
「そうだな。この先の仕事にも繋がるだろうし」
全員が和気あいあいとし始めてしまい、このタイミングで教えないとは言いづらくなってしまった。
完璧に利央の負けは目に見えている。
それを確信したかのように、二人から見えない角度で、颯はにっこりと微笑んだ。
「……これ」
渋々、利央はスマートフォンを取り出すと、連絡先を表示させて画面を颯に見せた。




