12 スキャンダルは突然に
「利央さん? 利央さん、起きてください」
まだ眠っていたいと体は訴えているが、ゆっくりと目を開ければ、ベッドサイドにしゃがみこんで利央を見ている颯と目が合った。
イケメンは、起きたばかりでもイケメンなんだなと呑気に思っていると、もう一度声を掛けられた。
「なぁに? どうしたの?」
ふわふわの枕を一つ抱きしめて、ふにゃりと微笑むと、颯の顔にも柔らかさが増した。
「利央さん、すみません。まだ眠いだろうけど、見たほうがいいかもしれません」
「何を?」
なんのことか分からなかったが、颯がわざわざ起こしたとなると、それだけ重要なことなのかもしれないと思った利央は、上掛けを引き寄せて体を隠しながら起き上がった。
「あれですよ」
そう言って颯が指さしたのは、ベッドルームからでも見える大型のテレビだった。
テレビのチャンネルは朝のニュース番組に合わせてあるのか、テレビ局のスタジオでアナウンサーたちが、パネルや中継映像を混ぜて何か話している。
あまりの盛り上がりように、若干鬱陶しさが目立つ。
一体なんの話題なのかと、頭をはっきりさせようとした所で、アナウンサーが聞き間違いようのない言葉を口にした。
「でもびっくりしましたね。昨夜、『SPIDER』のメンバーに関する暴露文がネット上に上がって、朝までに一気に拡散されましたか……正直、わたしもファンの一人として複雑です」
「えっ?」
驚きで何から頭の中で処理すればいいのか分からない。
それだけ【SPIDER】というワードだけで、冷静に頭が働かなかった。
「利央さん、まずはシャワーを浴びてきてください」
「えっ、でも……」
「まだ情報は出たばかりみたいですから、利央さんが用意する時間はいくらでもあります。それと、暴露として名前が出ていたのは、一輝です」
そう言われて、思ってはいけないことだろうが、少しだけホッとした自分がいて利央は驚く。
無言で頷いて、手渡された鞄を手にバスルームに駆け込んで、手早くシャワーを浴びた。
全身がさっぱりとすると、きちんと頭が働くようになって、冷静に芸能ニュースに目を向けられる。
「ルームサービスで、軽く食べられる物を頼んでおいたので、しっかり食事はしておいてください」
そういって、テレビの前のソファーに座っていた利央の前にあるテーブルに、颯はサンドイッチとコーヒーを並べた。
「ありがとう」
世話を焼かれることに、心をもぞもぞさせながら昨日の昼食ぶりの食事を口にした。
もともと不規則な生活を送っていた利央は、一人で過ごす中で一食や二食抜いたところであまり困らないが、こうして世話を焼かれるのが案外好きなのだ。
その筆頭は、いつだって陸斗だった。
一瞬、颯に世話を焼かれて心の奥で、別の時間を歩んできた自分が#お前じゃない__・__#と叫んだ気がしたが、気のせいだと思って黙々と食事をする。
コーヒーカップの横には、砂糖とミルクが一つずつ置かれていたが、これでは自分好みのコーヒーにはならないとブラックのまま口にした。
「噂の暴露文と写真って、どこで見られるか知ってる?」
「ええっと……このサイトみたいですね」
颯がいつの間にか持ってきていた鞄から自分のノートパソコンを取り出し検索して、画面を利央に向けて置いてくれた。
画面に映っていたのは、誰でも書き込むことのできる掲示板サイトだった。
タイトルは【人気アイドルの裏の顔】となっている。
誰もが興味本位で覗きそうなタイトルに、名指しされている名前。
内容は、真摯にファンと向き合うことで有名な【SPIDER】の一輝は、夜のクラブで遊び歩く女好き。何股もしていて、付き合っている女に貢がせるクソ野郎と書かれていた。
さらに、その文章と一緒に証拠として写真も何枚か貼られている。
写真は確かにクラブの店内と思わしき雰囲気であり、一輝が女性たちと抱き合ったり、頬にキスしたりしている写真であった。
写っている顔も女性たちにはモザイクがかかっているが、一輝に関しては本人であることが分かるほど、はっきりとしている。
誰かが遠くから撮ったというよりも、一緒にいる人物が撮ったような気安さだ。
「反応って、どんな感じ?」
「うーん、騙されたとか幻滅したって声があって、一部のアンチがそれをさらに煽っている感じですね。でも、書き込みを見る限り、今は擁護する声の方が多い気がします」
今回、仕事で関わっていなければ、利央だってここまで気にすることもなかっただろう。
だが、今回は来月の新曲リリースで関わっている以上は無視できない。
アイドルにとってスキャンダルは、全てを変えかねないことだ。
CDの発売の延期や番組の降板、CMの打ち切りや出演予定の番組やドラマの中止など様々。
酷い場合では脱退や解散なんて未来だって、無いとは言えない。
アイドルである以上、自分の作り上げたイメージもファンが抱くイメージなんかもある。それから逸脱すれば、厳しい目で見られるのだから大変な職業だと、利央は常々思っていた。
社長である真司は、厳格に恋愛禁止や夜遊び禁止とは決めていない。
ただ、アイドルとしての自覚を持って、第一にファンがどう思うのかを考えて生活しろと言い含めていた。
利央もその姿勢に賛同していた一人である。
成長の過程で必要なものはあるだろうし、感情を抑えることで自分を殺すようでは、良い人生とはいえない。
真司は、どうしてもこの人だという相手に出会ってしまったのなら、徹底的に隠して関係を育めとも言った。
恋愛している素振りも出さず、ファンを蔑ろにすることもするなと。
それが出来ず、公になってしまった時には、アイドルを辞めるという選択肢も頭に思い浮かべろとまで言った。
アイドルは、自分の頑張り以上にファンの応援と後押しで成り立っているのだから、その心を裏切ることをするくらいなら潔く辞めてしまえとまで言った時の真司は、今まで見てきたどんな顔とも違う面を利央に見せた。
社長を慕っているメンバーたちが、裏切るような真似をするとは利央には思えなかった。
そう考えていると、利央のスマホが鳴り始め、画面には真司と表示されていたため、二回目が鳴る前に電話に出た。
「もしもし、どうしたの?」
「あー、ニュースは見たか?」
「ええ、今さっき芸能ニュースでね」
「そうか。少し今後というか、話がしたいから時間をもらえるか?」
落ち着いた声だが、今まで聞いたことがないほど疲れを感じ取れる。
「今からでもいいけど」
「なら、すまないが事務所まで来てくれるか?」
「ええ、今からだと」
ちらりと颯を見ると、一時間半ぐらいで着くと小さな声で教えてくれた。
「一時間半ぐらい掛かるけどいい?」
「ああ、悪いな。それくらいの時間にメンバーを集めとくよ」
「うん、それじゃあね」
通話を切って振り向けば、颯は全て綺麗に整えていてくれて、後は部屋を出るだけになっていた。
「すぐに出ましょう。手続きは済んでいるので、そのまま駐車場に行って大丈夫ですよ」
テキパキと動く彼に促されて利央は部屋を出て、二十分後には車は高速道路を走っていた。
今の時間と時期ならさほど混んでいないため、一度だけ休憩をとっても時間より十分ほど前に辿り着いた。
車を近くのコインパーキングに停めて、徒歩で真司の事務所が入るビルへと入っていく。
他の会社も入る大きなビルのため、流石に記者が詰めかけていることも、入るところを注目されることもなかった。
事前にもらっていた入館証を見せれば、苦労することなく事務所の入るフロアに着く。
事務所の入り口には受付があり、そこの担当をしている人物とも顔見知りで、すでに真司から連絡が入っていたのかすぐに会議室へと案内された。
「颯は……」
「社長から、彼には応接室で対応するように言われています。雨音さんはそのまま会議室に入ってください」
「また、後で」
そう言った颯と扉の前で別れ、会議室の中に入ればすでに真司とメンバーの全員が揃っていた。




