11 心を解き放つ
仄暗い洋館で、それぞれ別の場所で目を覚ますメンバー。
赤い絨毯の敷かれた廊下には、薄明かりしかなく格子のはまった窓の外には、赤い月が見える。
目を向けるたびに、誰かの白いドレスの裾が一瞬翻って、その姿を追いかける男たち。
ようやく追いついたと、肩に触れた瞬間、夢から冷めたように美しかった室内の全てが、廃墟になっていく。
自分が何を追いかけていたかも分からず、涙を流しながらかつては豪華絢爛だったはずのダンスホールに佇む陸斗のシーンで終わる。
他にも、メンバーカラーの薔薇から零れ落ちる血をCGで入れるが、これは後日の作業だ。
廃墟と綺麗な室内もCGで手を加える。
撮り終わった今は、いまいち退廃さも美しさも足りない映像だが、それでもメンバーの演技はなかなかのものだった。
「オッケー! 撮影は終わりです」
すでに最初に撮り終わっているメンバーは、帰宅しており残っているのは数人のメンバーだ。
その中には、夜の景色が必要なシーン待ちだった陸斗もいる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様……どうだった?」
周りにも挨拶をしながら近づいてきたのは、颯だった。
作詞と作曲をした本人のイメージと違いすぎていないか、利央はそこが気になっていた。
プロモーション用の映像なのだから、そこまで気にする必要はないのかもしれないが、作った本人には本人なりの壊したくないものがあるかもしれない。
「良かったですよ。それに……」
「それに?」
「なんか、はじめての共同作業って感じで良いですし」
真面目な顔をして言うから、真面目に聞いていたのに。
「ふざけてんの?」
「いいえ。本気で思ったから言っただけですよ」
肩でぶつかってみれば、嬉しそうにはにかまれて調子が狂う。
「もう帰れるんですか?」
「うーん、撮ったもののチェックは終わっているし、編集作業は明日からだし……私達は、撤収の作業の邪魔にならないように先に上がりましょう」
スタッフに挨拶をしながら、駐車場に向かいながら歩いていると、控室から陸斗が顔を覗かせた。
「お疲れ様でした、利央さん」
「お疲れ様。良いものを撮らせてもらったわ」
「出来上がるの楽しみにしてます」
「怖いのは、あんたたちのファンの反応ね。これまでのイメージとは違うから、受け入れてもらえるのかって。
「平気だよ。利央さんの撮った写真だって良い反応だったんだから。それに、曲自体も僕たちのファンは好きだと思うよ」
「そうだと嬉しい。さっ、陸斗も早く帰って休みなさい。明日から忙しくなるんでしょ?」
「うん、そうだね……利央さん」
いつもどおりに言えば、陸斗は哀愁にも似た色を瞳に宿しながらも、一度目を瞑った。
次に目を開いた時には、その影はどこにもなく、アイドルの顔で笑った。
「それじゃあ、お疲れ様でした。お先に失礼します」
「ええ……」
駐車場に走っていった陸斗の姿に、チクリと胸が痛む。
その痛みの意味は、今の利央には分からなかった。
「丁寧なアイドル対応でしたけど、俺のことはガン無視でしたね」
「ま、まあ、いいじゃない。今の感じを見る限り、わざわざ颯の存在は必要なかったかもしれない」
「ええー酷いですね。でも、さっきの提案は消えませんよ」
別に帳消しになんてしようとしていないのに、先走って言われて思わず笑ってしまえば、むくれたような顔をされた。
「ほらっ、早く食事に連れてってよ」
そう言えば、分かりやすく笑って歩き出した。
この歩みと同じくらい、自分の心とも向き合いたい。
今の利央はそんな気持ちにもなっていた。
駐車場に入り、車に乗り込んで洋館を後にしながら、窓を開けて外の風を感じてみれば、残っていた夏の気配も終わり、秋を感じさせるものに変わっていた。
「なんか、年取ると一年が早いわ」
「ちょっと、やめてくださいよ。利央さんは、いつまでも若いままですよ」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。二十代前半と三十代じゃ、体力も時間の感じ方も違うんだからね」
「じゃあ、今夜は本当にそんなに体力が違うのか、試させてもらいますね」
「は?」
「食事はルームサービスに変更で」
「いや、いきなりホテルとかとれないでしょ」
「ああー、撮影ってどれくらいかかるか分からなかったんで、ここでの撮影が決まった時に、近くのホテルを予約したんですよ。あんまり疲れていたら、利央さんを乗せて運転するのは危ないんで、一泊しようと思って」
嫌な予感にそう告げてやれば、なんでもないことのように颯は言った。
「でも、今……思い出したみたいに言わなかった?」
「一応、チェックインは済ませてありますよ。でも、鍵はフロントに置いてきたのと、場合によっては朝になったらチェックアウトの手続きをしてほしいって頼んで、宿泊料金も先に払っときましたから」
もう、何を突っ込んだらいいのか利央にはわからなくなって黙れば、赤信号で車が止まると片手を伸ばして頬を撫でられた。
「あそこは知り合いが経営するホテルで、ちょうど本人がいたんですよ。なので特別に許してもらいました。今日はそんなに疲れていないし、外で食事して俺のマンションに帰ればいいかなと思ってたんですけど、さっきの言葉を聞いたら利央さんとじっくり時間を共にしたくなりました」
「さっきの言葉のどこに、そんな気持ちにさせる要素があったのよ」
ぐったりと呟く利央と違い、嬉しそうな空気を纏う颯は道に迷うこともなく車を走らせ、ホテルの駐車場へと入っていく。
駐車場に入る前に車の中から見たホテルの外観に、言葉が出てこない。
車を停めた颯は、急に静かになった利央のシートベルトを外して外に出ると、車の前を通って助手席のドアを開けに来てくれた。
「はい、利央さん。降りて?」
問答無用に差し出された手を取り車を降りれば、引かれるままついていく。
駐車場からロビーに行ける入り口を入り、きらびやかな建物の中で若干の場違い感に震えそうだ。
こんな高級ホテルになんて来たことがない。
てっきり、車に乗った時に颯の瞳に宿る情欲を感じた時には、ラブホテルにでも連れて行かれるのかと思っていたが、話している内に感じたホテルの解釈違いに慄いた。
どこを見たらいいのか分からなず、所在なさげにしている間に、颯は気安い口調で一人の男性と話してカードキーを受け取っていた。
颯の知り合いなら挨拶でもと思っていたが、その前に手を引かれてエレベーターに連れて行かれてしまった。
さすが高級ホテルだけあって、すでに一人の従業員がエレベーターを開けて待っていてくれる。
「良い夜をお過ごしください」
耳に心地良い声に振り返れば、後ろにいる颯に目元を手で塞がれて見えない。
「ちょっと!」
「今は他のものなんて見ないでください」
耳元に落ちてきたのは、熱い吐息と欲望だ。
エレベーターが動き出せば、ようやく外された手が今度は腰に回った。
無言の時間が続く。
その間も腰には腕が回されていて、強すぎない力で抱き寄せられている。
背中に感じる熱をいつも以上に感じて落ち着かない。さすがの颯もエレベーターで何かをする気はないようで、落ち着ける時間のはずなのに、逆に体は期待で熱をもっているような錯覚を覚えた。
堪らず、どんどん上がっていく階数の表示を盗み見る。
エレベーターは、数分を数十分に感じさせるような速度で最上階に到着して扉が開いた。
腕が解かれて一歩を踏み出そうとすると、さきに動いた颯に抱き上げられて驚きの声を利央は上げた。
「わぁっ!」
色気のない声が出たが、颯は気にしていない。
ずんずんと危なげなく歩いて扉の前に行くと、器用にカードキーをかざして鍵を開けて扉を開いた。
絨毯の敷かれている床を踏みしめながら、迷うことなく入っていったのは、ベッドルームで柔らかなベッドの上に丁寧に下ろされた。
動く間もなくしゃがんだ颯に靴を脱がされ、下から見つめられる。
「ここまで連れてきて、靴を脱がしておいて今更だけど……逃げるなら今だよ」
「颯?」
「今はアルコールなんて一滴も入ってない。今夜は、アルコールのせいには出来ませんよ?」
ここまで連れてきておいて、今更なに言ってんだと思わなくもないが、断って部屋を出たとしても誰もが知っている高級ホテルならタクシーを拾って帰るのなんて容易いだろう。
到着するまでの強引さは影を潜め、わざわざ確認する颯の瞳には少しの後悔と自信の無さが覗いている。
「私が決めていいの?」
「……うん」
「そう、だったら」
少し体を屈ませれば、拒絶と取ったのか颯の肩がビクッとした。
その様子に思わず唇の端が持ち上がった。
「さっさと、この服を脱ぎなさい」
颯のTシャツの胸元を掴んで、勢いよく引き寄せて、そのままベッドに倒れ込んだ。
意図を理解して、引っ張られるのに合わせて動いて覆いかぶさってきた颯は、一度膝立ちになってTシャツを豪快に脱ぎ捨てた。
今夜は、自分の意思でここにいるのだと分からせるために、利央も自らTシャツを脱いでベッドの下へと落とした。
体を横たえたままジーンズのボタンを外してファスナーを下ろせば、引っ張って脱がしてくれた。
感謝の代わり、利央の上に戻ってきた颯の顔を引き寄せて唇を重ねて、わざと彼の唇をやんわりと噛んだ。
はっと息を呑んだ隙きに、舌を忍ばせて頬を両手で包み込めば、背中と腰に腕を回した颯は勢いよく体を起こした。
膝の上に座る形になって、親密な密着さに欲望が高まっていく。




