第1話 イノシシの化け物
ぼくたちは全長六メートルの長槍を、三人がかりで必死に支えて戦っていたはずだった。
だけど次の瞬間、
「司! 手を放せ!!」
ノームの叫び声が聞こえたかと思うと、ぼくはそのままノームに強く抱きしめられていた。
何が起きたのかわからなかった。
ぼくは唖然としながら、周囲を確認するためにゆっくりと首を動かした。
周りでは、まだ長槍を振り続けている組の姿が見えた。
だけど、その光景はどこか異様だった。
まるで意識がないみたいに、みんな機械のように動いていたんだ。
突いて、引いて。
突いて、引いて。
その二つの動作だけを、延々と繰り返していた。
ぼくが振り返ると、タカギの額から血が流れていた。
だけど、タカギはぼくと目が合うと、いつものようにニヤリと笑ってみせた。
「……平気そうだ」
ぼくは少しだけほっとする。
それから、ぼくはノームへ顔を向けた。
ノームの大きな体が、ぼくをすっぽり包み込んでいた。
とても暖かかった。
それに、ものすごく力強かった。
その腕の中にいるだけで、少しずつ心が落ち着いていく気がした。
だけど――見えてしまった。
ノームの肩越し。
そこに、巨大な『イノシシの化け物』がいた。
「あぶない!!」
ぼくは思わず叫んでいた。
怪物は、ぼくたちが使っていた長槍を片手で軽々と持ち上げ、こちらへ向けていた。
ぼくは瞬時に理解する。
(あ、もう無理だ)
不思議なことに、死を理解した瞬間、逆に恐怖は消えていた。
ぼくはぎゅっと目を閉じる。
最後を覚悟した。
だけど――。
いつまで経っても、何も起きなかった。
静まり返った空気の中、誰かの驚く声が聞こえる。
ぼくは恐る恐る目を開けた。
そこには、凍り付いたイノシシの怪物が立っていた。
しかも、目の前の一体だけじゃない。
後列長槍隊を襲っていた化け物たちも、全員まとめて氷漬けにされていた。
地面からは巨大な氷柱が何本も突き出している。
そして、その凍り付いた怪物の横に、一人の青年が立っていた。
純白の鎧。
青い髪。
透き通るような青い瞳。
まるで絵本に出てくる騎士みたいだった。
「あんた、今……空を飛んできたのか?」
タカギが、信じられないものを見る顔で聞いた。
青髪の青年は、余裕のある笑みを浮かべる。
「違うとも。私は空を飛べない」
そう言って肩をすくめた。
「やぐらからジャンプして、ここまで飛んできただけさ」
爽やかにそう言うと、青年はその場で大きく跳び上がった。
次の瞬間には、もう遠くへ跳んでいっていた。
その先では、また巨大な氷柱が立ち上がる。
ぼくを抱きしめていたノームが、ゆっくり腕の力を緩めながら呟いた。
「あれが噂のアレックスか」
すると周囲の異人たちが、一気に騒ぎ始めた。
「そうだ、間違いない! 異人なのに貴族階級をもらって、豪邸に住んでるっていう!」
「水と氷を操る能力を持つ『水氷の勇者』だ!」
「いや、俺は『純白の勇者』って聞いたぞ!」
「どっちでもいい! 助かったんだ!」
次の瞬間――。
「うわぁああああああっ!!」
歓声が一斉に上がった。
だけど、ぼくはまだ状況がよくわかっていなかった。
(勇者? え? ゲームみたい……)
ぼくが小首をかしげていると、ノームがぽんっと頭に手を乗せた。
「後でゆっくり教えてやるよ」
優しい声だった。
その言葉を聞いて、ぼくはようやく少しだけ安心できた。




