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第8話 キムと奥村

 簡易的に作られた砦の外。


 そこには、大勢の異人たちが街ごとに集まっていた。


 負傷者のうめき声があちこちから聞こえる。

 血と土の臭いが混ざった空気が、辺り一帯に重く漂っていた。


 看守長キムは253番街の組長たちを集め、人数の確認をしていた。

 後列長槍隊の十列目にいた彼らは、比較的被害が少なかった。


 他の異人街は全滅した。

 そんな報告が次々と届く中、253番街はほぼ無傷で済んでいた。


 重傷者はいる。

 だが、死者はゼロだった。


 キムは小さく安堵の息を吐き、組長たちに解散を伝える。


 組長たちは疲れ切った顔でうなずき、それぞれの仲間の元へ戻っていった。


 全員を見送ったあと、キムは近くの椅子に深く腰を下ろした。

 張り詰めていた力が抜け、どっと疲労が押し寄せてくる。


 肩を回すだけで、全身が重かった。


「おつかれさん」


 不意に声をかけられ、キムはゆっくり目を開けた。


 目の前には老人が立っていた。


 年齢は七十を越えている。

 長年の労働で焼けた黒い肌には、深いシミとシワが刻まれていた。


 だが、下がった目じりのせいか、その顔はどこか穏やかに見える。


「ああ、おつかれさまです。奥村さん」


 キムは軽く背筋を伸ばした。


 今回の徴兵で、キムの補佐として同行してきた三人目の看守長――奥村だ。


 253番異人街には三人の看守長がいる。


 街の事実上の支配者とも言われているリュウ。

 新米のキム。

 そして、司が師匠と慕う奥村である。


「今回は酷いありさまだったな。俺は十年間、何度か戦いに参加してきたが……こんな結果は初めてだ」


 奥村が重く息を吐きながら言った。


 その視線の先では、別の異人街の者たちが遺体を運んでいた。


「ええ。私も同じですよ。今回は、酷いなんてものじゃありません」


 キムも苦い顔でうなずく。


「リュウさんは、こうなるとわかっていたから私に押し付けたのでしょうね」


 その言葉に、奥村は肩をすくめた。


「あいつだって、ここまでとは思ってなかったさ。ただ厄介ごとを若者に押し付けただけだ」


 『若者』と言われ、五十代のキムは苦笑する。


 確かに、二人の看守長に比べれば自分はまだ若い。

 子供扱いされても仕方ないのかもしれない。


「ですが、奥村さんはついてきてくれたじゃないですか。本当に助かりました」


「なに。リュウと二人っきりになるのが嫌なだけだ。気にするな」


 あまりにも真顔で言うので、キムは思わず吹き出した。


「そんなこと言ってたら、誰かに聞かれてリュウさんに密告されますよ」


「構うものか。あいつだって、俺に直接どうこうすることはできんからな」


 奥村は鼻を鳴らし、子供のように意地の悪い顔をする。


 その表情を見て、キムも声を上げて笑った。


 奥村は普段、厳格な鬼看守として異人たちに恐れられている。

 だが実際は、いたずら好きで温厚な老人であった。


 奥村とリュウは、長い付き合いだった。


 初めて顔を合わせたのは、互いに組長になった頃だ。

 以来三十年の付き合いになるが、とにかくそりが合わなかった。


 リュウは総白髪のオールバックにした初老の男である。


 八十近い年齢にもかかわらず背筋は伸び、体つきも老人離れしていた。

 細い目は鋭く、ひと目で歴戦の猛者だとわかる。


 利己主義者で、損得勘定で動く男だ。

 そのためなら他人を利用し、切り捨てることにもためらいがない。


 一方で奥村は、面倒見がよく義理人情に厚い。

 だが叱る時は容赦がない、頑固おやじでもあった。


 正反対の二人だったが、大きな衝突は起こしてこなかった。

 互いにもういい歳だったこともあり、必要以上に関わらないよう避けていたからだ。


 しかし、周囲から見れば、不仲なのは明らかだった。


 実際、二人の関係は損得で割り切った関係だった


「しかし、司という少年には感謝しないといけませんね」


 突然出てきた名前に、奥村が不思議そうに眉を上げる。


「彼が訓練中にミスをしたおかげで、我々は後列の最後尾に飛ばされたんですから」


 キムは苦笑混じりに肩をすくめた。


「もし、あのまま前列長槍隊にいたら……我々は誰も生き残っていませんよ」


「そうだな」


 奥村は静かにうなずいた。


 少しの沈黙が流れる。


 遠くでは、まだ怒鳴り声や泣き声が響いていた。


「実際に会ってみてどう思った?」


「奥村さんの言う通り、とても純粋な少年でした」


 キムは少し考えるように視線を上げる。


「それに、不思議な感じがしました」


「彼がいると自然体でいられるというか……心が和むというか……」


「本当に、不思議な子供です」


 うまく説明できず、キムは苦笑しながら頭をかいた。


「まったくだな。あいつは本当に不思議だ」


 奥村もどこか懐かしそうに目を細める。


「師匠と呼びたいと言われた時は、どうしようか迷ったが……名前を教えて本当によかった」


「今や、名前をまともに呼んでくれるのはお前だけだからな」


「看守長の名前を呼べるのは同格だけですからね。ノームとも久々に話せて、いい思い出になりましたよ」


 穏やかに笑うキムを見て、奥村も静かに笑った。


 戦場の空気は今も重い。


 だが、その場に流れる空気だけは、どこか穏やかなものだった。

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