第6話 亜人の脅威
「申し訳ありません。勝手な行動を取った上に、彼らを守ることが出来ませんでした」
アレックスは静かに立ち上がると、深々と頭を下げた。
広間の中がしんと静まり返る。
ロビンはアレックスを見つめ、小さく首を横に振った。
「いや、アレックスはよく動いてくれた」
そう言うと、頭を上げるよう手で軽く促す。
「おかげでこれ以上の被害が出なかったのだからな」
だが、アレックスは頭を下げたまま言葉を続けた。
「しかし、私が動いたことで、今度はキラー本人が出てくる可能性が高くなりました」
その瞬間、広間の空気が張り詰める。
騎士たちが大きく息をのみ、何人かは無意識に顔を見合わせた。
「キラーか……」
ロビンは低くつぶやく。
「アレックスよ。あいつの足止めは可能か?」
「可能です」
即答だった。
迷いのない返答に、騎士たちから小さく安堵の息が漏れる。
だが、アレックスはそこで言葉を切った。
「しかし、『フォックス』と二人同時に出て来られれば、私一人では対処できません」
「その場合は『彼女ら』にも同行してもらう必要があります」
「そして、亜人の対処は騎士と異人のみで行っていただかなければならないでしょう」
その言葉に、今度は落胆の空気が広がった。
誰もがアレックス頼みになっていたのだ。
その切り札が前線から抜ける意味は大きい。
ロビンは重く頷いた。
「わかった。亜人の対処は我々が引き受けよう」
「お前たちは、あの二人をなんとしても食い止めてくれ」
「了解いたしました」
アレックスはそこでようやく頭を上げた。
青い瞳は冷静だったが、その表情にはわずかな笑みも混じっている。
「先の戦いで、私は強大な力を持つ亜人と戦いました」
「今までの亜人とは違います。鍛錬された戦士でした」
アレックスは戦場を思い返すように目を細める。
「たしか、ライオン、カンガルー、チーター、ゴリラだったな?」
ロビンが確認するように問いかけた。
「はい」
「あれらは他の亜人たちとは明らかに違いました」
「技にも力にも絶対的な自信がある。そんな戦士の顔つきでした」
「実際、彼らは私に何度か冷や汗をかかせるほどでした」
その言葉に、騎士たちの表情が引きつる。
遠目ではあるが、彼らはアレックスの空中戦を見ていた。
そのアレックスが『冷や汗をかいた』と言うのだ。
あの化け物たちと戦えと言われて、一秒でも耐えられる気がしない。
そんな空気が広間全体に広がっていた。
「では、どうすべきだというのだアレックス?」
ハインケルが低く告げる。
だが、その視線は鋭い。
「我々の士気を下げる発言をして、なんの意味がある?」
冷たい視線がアレックスへ向けられる。
しかし、アレックスは表情を変えなかった。
「いえ、事実を述べただけです」
「そして、これは目を背けてはいけない事実です」
「強敵はあれだけとは到底思えない」
「あれらが特別な個体だったのか、あるいは同じ動物であれば同等の力を持つのか……それすらまだわかっていません」
「チーターの亜人は三体いました」
「どれも驚異的な速度で攻撃を仕掛けてきました。戦った個体だけが特別だったとは思えないのです」
「だったら、俺が戦ってやるよ」
重い空気を割るように声を上げたのは、今まで黙っていたマイティだった。
口元に豪快な笑みを浮かべている。
「マイティ殿。失礼ですが、あれは普通の人間が対処できる存在とは思えません」
「しっかりとした対策を、今考えなければなりません」
「だったら聞くが、お前は普通の人間じゃないのか?」
マイティはニヤリと笑う。
「能力は認める。だが、お前の身体能力はここにいる全員よりはるかに弱い」
「腕力で俺に勝てるか?」
アレックスは大きくため息をついた。
「おっしゃる通りです」
「私は剣術を教えていただきましたが、残念ながら才能はありません」
「おそらく、ここの誰にも勝てないでしょう。もちろん腕力もです」
その返答に、マイティは満足そうに鼻を鳴らす。
だが、アレックスはそこで続けた。
「ですが、あなたの剛腕で、私の『バブル』を少しでも凹ませることは可能でしょうか?」
「あのゴリラは、バブルを多少ですが歪めたのです」
その言葉に、マイティの表情が止まる。
「……それは無理だな」
先ほどまでの勢いが嘘のように、マイティはバツが悪そうに口ごもった。
「特別な亜人についても考慮すべきだが、もう一つ確認したいことがある」
ロビンが視線を向ける。
「今回、亜人の力が今までとは違ったと報告があるが、どうだ?」
控えていた騎士が一歩前へ出た。
「その件ですが、生存者たちの証言をまとめました」
騎士は手元の報告書に目を落としながら話し始める。
「今回戦ったイノシシ、バイソンの亜人ですが、速度が通常より速く、力も以前とは桁違いだったとのことです」
「これまで、亜人と大盾隊の衝突は常に拮抗していたはずでした」
「しかし今回は、大盾ごと異人たちが吹き飛ばされております」
その光景を想像したのか、騎士の表情がわずかに引きつる。
「さらに、以前であれば殴り飛ばされても骨折程度でしたが、今回は人体を簡単に貫いていました」
「防御面においても、亜人の体毛は長槍を簡単に弾き返し、騎士のロングソードですら傷をつけられませんでした」
その言葉に全員が聞き入っていた。
誰かが小さく息をのむ。
「そして、新種のプラングホーン、シマウマ、ヒヒの亜人も確認されています」
「プラングホーンとシマウマは、イノシシやバイソン以上の機動力を持っていました」
「大盾を軽々と飛び越えるほどの脚力です」
何人かの騎士が険しい顔を浮かべる。
大盾隊を飛び越えられる。
それは今までの戦術が通用しないことを意味していた。
「そして、ヒヒの亜人ですが……」
騎士はそこで一瞬言葉を止めた。
「大きな漆黒の狼を乗り回し、見事な槍術で異人たちを次々と討ち取っていました」
報告を終えた騎士は深く頭を下げる。
「以上が報告内容になります」
その言葉を引き継ぐように、ハインケルが静かに口を開いた。
「イノシシ、バイソンがパワータイプ」
「プラングホーン、シマウマがスピードタイプ」
「ヒヒがバランスタイプ……そう分類できると思われます」
ハインケルは腕を組みながら続ける。
「現状、この三タイプはどれも驚異です」
「ですが、特に問題なのはパワータイプでしょう」
「残り二タイプは異人の長槍や騎士のロングソードでも傷をつけることが可能です」
「実際、何体か倒せたとも報告されています」
「ただ――」
ハインケルはそこで言葉を区切った。
「パワータイプだけは傷をつけることすら出来なかったようです」
誰も口を開かない。
ハインケルはその沈黙の中、淡々と告げた。
「アレックスが飛び出さなければ、赤軍は全滅していたでしょう」
説明を聞き終えた瞬間、広間に息苦しい静寂が流れた。
しばらく誰も口を開かなかった。




