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第4話 新たな亜人

 上空から青軍を見下ろすと、そこには見たことのない新種の亜人たちがいた。


 後列長槍隊は、もはや壊滅状態だった。


 先ほどのイノシシやバイソン亜人のように遊び半分で殺しているわけではない。


 無駄なく、効率的に殺している。


 千にも満たない軍勢が、大盾隊と長槍隊の後方を突くように動いていた。


「なるほど。後ろから潰した方が効率的というわけか」


 アレックスは敵の動きを見ながら呟く。


「だが、そうはいかない。『アイスバー――』」


 技名を言いかけた、その瞬間だった。


 敵陣の中心から何かが飛び上がる気配を感じる。


 反応して視線を向けた時には、すでに相手は真横まで迫っていた。


「っ!」


 黄色がかった茶色の体毛。


 空中へ舞い上がった勢いで、顔周りの立派なたてがみが大きくなびく。


 ライオンの亜人だった。


 ライオン亜人は鋭い爪を振るい、アレックスを切り裂こうとする。


「まずい!」


 アレックスは瞬時に『バブル』を凍らせた。


 ギギギッ――。


 ガラスを引っかくような嫌な音が響く。


 鋭い爪が凍った泡の表面を滑っていった。


 『バブル』。


 それがアレックスを守る泡の名前だった。


 打撃には強い。


 だが、鋭利な刃や矢には弱く、簡単に破れてしまう。


 だからこそ、必要に応じて凍らせて強度を上げているのだ。


 その直後だった。


 今度は後方から別の気配を感じる。


 振り返った先には、ライオン亜人と同じような茶色い体毛を持つ亜人がいた。


 だが、こちらは両腕の筋肉が異常なほど膨れ上がっている。


 さらに足底は大きく伸び、まるでヒレのようにも見えた。


 カンガルー亜人である。


 カンガルー亜人は長い尻尾を器用に振り回し、空中で体を一回転させた。


 その勢いのまま、右足を蹴り上げるようにアレックスへ叩き込む。


 凍った『バブル』が砕け散る。


 だが、その足はアレックスの目前で止まった。


 二重に張られていたもう一枚の『バブル』が受け止めていたのだ。


「あぶない……。二重に張っていなければ死んでいたかもしれない」


 三人はそのまま落下していく。


 互いを睨み合いながら、口元だけが笑っていた。


 数秒ほど空中で睨み合い――先に動いたのはアレックスだった。


「空中では避けられまい。『ウォーターカッター』」


 二本の水の刃が、一直線に二人へ飛ぶ。


 だが、ライオン亜人とカンガルー亜人は空中で体をくねらせ、紙一重で回避した。


「やるな。では――『アイスダスト』」


 アレックスの周囲に、無数の氷の刃が生成される。


 次の瞬間、それらが二人へ襲い掛かった。


 回避不能と判断した二人は、とっさに急所を守る。


 無数の刃は、地面へ落下するまで二人の体を切り裂き続けた。


 地面へ激突した時には、原形を保っている方がおかしいほどの状態になっていた。


 その中で、ぐらりと動いたカンガルー亜人へ、アレックスは視線を向ける。


 両耳は引き裂かれ、千切れていた。


 顔と胴を守っていた両腕には無数の氷刃が突き刺さり、もはや動かせないのか力なく垂れ下がっている。


 それでもなお、その口元には笑みが浮かんでいた。


 アレックスが黙って見つめていると、背後から気配が迫る。


 ぼろぼろになったライオン亜人が、最後の力で首元へ噛みつこうとしていた。


 だが、アレックスは振り向きもしない。


「無駄だよ」


 小さく呟く。


 次の瞬間、ライオン亜人の体が凍り付いた。


 全身を霜に包まれたまま、その場へ崩れ落ちる。


 カンガルー亜人は何が起きたのかわからないという顔をしていた。


「私の周囲には、目に見えないほど小さな水分が浮いている」


 アレックスは静かに説明する。


「それが敵の動きを教えてくれる。だから奇襲は無意味なんだ」


 そう言いながら、アレックスは傷だらけの体へそっと手を添えた。


 次の瞬間、カンガルー亜人の全身が白く凍り付く。


「亜人の恐ろしさは、生まれ持った体格だけかと思っていたが……」


 アレックスは前列部隊の方角を見つめた。


「死を恐れない精神と、戦士としての心も持っているか」


「気を付けないといけないな」


 視線の先では、すでに戦いが終わっていた。


 大盾隊も長槍隊も全滅している。


「数分で全滅させたのか……」


 さすがに不可能だ。


 そう思った時だった。


 敵軍の中から、目にも止まらない速度で三つの気配が迫る。


 アレックスは即座に『バブル』を張り直そうとした。


 だが、間に合わないと判断する。


「――『アイスダスト』!」


 周囲に無数の氷刃が展開される。


 『アイスダスト』はイノシシやバイソン亜人のような、防御力に優れた相手には効果が薄い。


 だが、速度や体術に特化した相手には絶大な効果を発揮する。


 ……はずだった。


 無数の氷刃は敵ではなく地面へ突き刺さる。


 敵は攻撃が届く前に距離を取っていたのだ。


 アレックスの前へ現れた三体の亜人。


 黒いまだら模様を持つ黄色い体毛。


 細身の肉体。


 無駄な筋肉は一切ない。


 速さだけに特化した体だった。


 チーターの亜人である。


「なるほど。おまえ達が殺し尽くしたのか」


 アレックスの胸に怒りが燃え上がる。


 仲間を守れなかった怒りだった。


 三体のチーター亜人が同時に襲い掛かる。


 普通の人間なら、反応すらできずに切り裂かれていただろう。


 その瞬間だった。


 一体のチーター亜人が腹部に激痛を覚える。


 氷のランスが腹を貫いていた。


 何が起きたのか理解した時には、すでに絶命していた。


 残る二体が即座に距離を取る。


「向かってくる方向がわかっているのだ」


 アレックスは静かに言う。


「ならば、その進行方向へ刃を置けばいい」


 簡単そうに言うが、それは常人には不可能に近い芸当だった。


 チーター亜人の攻撃は瞬きの間に終わる。


 その速度へ対応できる者など、ほとんど存在しない。


 二体のチーター亜人は仲間の死体を見ると、そのまま逃走を始めた。


 周囲の亜人たちも撤退を始めている。


「逃がすわけないだろう」


 アレックスが追撃しようと跳躍の態勢を取った、その時だった。


 腕時計から声が響く。


「アレックス、もういい。敵は撤退した」


 ロビンの声だった。


「敵を追うより、生存者の救助を優先してくれ」


 物見やぐらから戦場を見ていたのだろう。


 アレックスは逃げていく亜人の軍勢を睨みつける。


 数秒だけ沈黙し、静かに答えた。


「……命令に従います」

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