身構え
「くっ! このっ! このっ!」
女戦士が振るうは剛槍。三メータはある剛槍は、今日これまでフェイルーラが闘ってきたどの決闘者よりも速い。それを可能としているのは、女戦士の体格だ。ギガントシブリングス家のヒュージーよりは僅かに低いが、二メータに届こうかと言うその高身長に、みっちり詰まった筋肉だ。
鎧こそ身に付けていないが、パンプアップされた肉体は、その高身長とも相俟って、その肉体だけで偉容を放っている。
しかしその剛槍もフェイルーラには掠り傷一つ付けられない。ひらりはらりと、まるで空に舞う花弁の如く、フェイルーラはその剛槍を躱していく。が、それだけでも会場は沸いていた。フェイルーラが近付けない状況を作り出しているだけで、この女戦士の実力が推し量れているからだ。
「でええいっ! ちょこまかと!」
突き、薙ぎ、払い、振り回し、三メータと言う槍のアドバンテージを利用して、フェイルーラに攻撃を仕掛ける女戦士だが、フェイルーラには当たらない。それでやっとフェイルーラが近付けない状況と言う五分な事に、女戦士の心中は焦燥していた。
対してフェイルーラが女戦士に近付けない事に対する心中は違っていた。
(う〜ん。あの大きい双丘に手刀を突き入れるのは、憚られるなあ)
女戦士は筋肉の塊であったが、やはり女性と言う事もあり、いや、女性から見ても、その胸の装甲は大きなものであった。ここに手刀を突き入れるのは、フェイルーラとしては貴族として、男の心情として、看過出来なかった。
骨を折るなり外すなりするにしても、対戦する女戦士に触れる必要がある。それも、フェイルーラが素手で闘っているからであり、武器を使えば、容易く倒せる相手であった。
(ここら辺がインビジブル・バーストの使いどころかな? さっさと使って終わらせるか?)
「はっ! 逃げ回るだけが取り柄か!?」
フェイルーラが向かってこない事に焦れて、女戦士が挑発する。安い挑発に乗る程、精神が未熟なフェイルーラではないが、派閥のボスとして、舐められるのは頂けない。フェイルーラは心の中で嘆息をこぼしながら、まだ少しの間、徒手空拳で闘う事を誓い、ギアを一段上げる。
「んなっ!?」
女戦士の剛槍がフェイルーラの胴を貫いたと誤認した直後、フェイルーラは女戦士の槍の上に立っていた。
(重さを、殆ど感じない?)
幾ら長さ三メータの剛槍を、まるで木の枝の如く振り回せる膂力のある女戦士だとしても、いや、そんな女戦士だからこそ、槍の重量には敏感だった。信じられないものを見るように、フェイルーラを上から下まで凝視すると、先程までと違う部分に気が付く。
(靴を履いていない?)
いつの間に脱いだのか、フェイルーラはカンフーシューズを両足とも脱いでいた。そして素足の親指と人差し指で、槍の柄を掴んで立っている。
「悪いね。婚約者がいる身だから、他の女性とこれ以上ダンスに興じるのは終いにするよ」
言ったかと思えば、フェイルーラの身体が横に倒れる。くるりと。まるで足で鉄棒を回るかのように、フェイルーラが槍の柄を一周した。
これにハッとなったのは女戦士だ。フェイルーラの奇行に、己の攻撃が疎かになっていた事を思い出し、心中慌てて槍を振り回す。数度振り回し、これで槍に止まっていたフェイルーラも離れただろう。と息を整え、再度槍を放とうとする女戦士が見たのは、未だ槍の柄に乗ったままのフェイルーラだった。
「このっ! ぐぶっ!?」
フェイルーラが未だ槍の上にいる為に、再度振り払おうと試みようと考えた女戦士だったが、まるで全身の力を抜き取られたかのようによろけて膝を突く。
咄嗟にフェイルーラに何かされたのだ。と理解した女戦士が見たのは、左足でフィールドに立ち、右足で何かを掴んでいるフェイルーラの姿であった。そしてその右足に掴まれているものに、女戦士は戦慄して背筋を凍らせる。
フェイルーラが右足の親指と人差し指で掴んでいたのは、女戦士の心臓だった。これが示す答えは、フェイルーラが、器用にも右足で女戦士の心臓を抜き取ったと言う事実であった。
「へえ。身体が大きいとやっぱり心臓も大きいんだねえ」
呑気なフェイルーラの言葉に、人間でない何かを感じて、心臓を抜き取られただけでは説明出来ない、全身が凍る恐怖をフェイルーラから感じ取る女戦士。
「悪いね。手癖だけでなく足癖も悪くて。せめて手刀でなく足刀にしたから、そこだけは許して貰えないかな?」
嗤うフェイルーラの、しかし顔に張り付いたような笑顔。女戦士が意識を保てたのは、そこまでだった。
✕✕✕✕✕
「剣を、いえ、ガンブレードを構えて頂けますか?」
そう申し出てきたのは、若き武者だった。ジュウベエ派閥の一人だ。小豆色の髪をしたその若き武者の申し出に対して、目を細めるフェイルーラ。
「理由を、聞かせて貰おうかな」
「私の身勝手です。私は、剣士です。闘う相手は剣士が良い」
これに、フェイルーラは「ふんふん」と頷く。
「そうだね。剣同士の闘いと言うのは、熱いだろうね。…………良いよ」
「本当ですか!?」
「俺はこれから竜の武威を放つ。それに耐えられたなら、ガンブレードでお相手しよう」
一度は喜んだジュウベエ派閥の少年剣士であったが、フェイルーラの言葉に喉を鳴らす。フェイルーラの竜の武威は、ジュウベエでさえ初見ではフェイルーラから飛び退いた程の殺気である。それを自分が耐えられるのか? と弱気が顔を覗かせたところで、これを振り払うように、少年は腰の刀を抜いた。
「それで、構いません」
息を整え、正眼に刀を構える少年。
『READY!』
「村上元就、参る!」
『DUEL!!』
少年の名乗りに呼応するように試合が始まり、それと同時にフェイルーラが少年に向かって竜の武威を飛ばす。
それは本能だった。ジャンプスケアで驚かされると、身体がビクンと反応するように、これまで受け止めた事がないレベルの殺気に、正しく竜に睨み付けられたが如く、身体がそれを受け止める事を拒否するように、少年の身体が飛び跳ねるように後方へと弾け飛んだ。
そこが現実世界であれば、飛び退いたとてそこに地面はあるが、二人が対峙した場所は、直径五十メータの闘技場のバトルフィールドだ。狭いはずのないバトルフィールドであっても、フェイルーラの竜の武威から逃げる場所などなかった。
飛び退いた少年は、飛び退いた瞬間にハッとなり、空中であたふたする事となった。このままでは、殺気をぶつけられて恐怖し、自ら場外に逃げた決闘者として観衆に認識されてしまう。それはニドゥークの武者として、許されざる恥辱であった。
「くっ!!」
少年は刀を逆手に握り直すと、それに祈りを込めて振り下ろす。ガギンと言う岩を割るような硬質な音がバトルフィールドに響いた。
「ぐっ、おおおおおお!!」
少年の刀のみがバトルフィールドの端に残ったかと思ったら、そこから少年が現れる。バトルフィールドから場外に弾かれるように飛び退いた少年だったが、僅かに刀をバトルフィールドの端に刺した事でフィールドに留まり、そこから底力で、フィールドに戻ってきたのだ。
「はあ、はあ、はあ……」
「へえ。やるねえ」
ギリギリのところで踏み留まった少年に、その金眼を嬉しそうに細めるフェイルーラ。しかし少年はフェイルーラの言葉を額面通りには受け取れない。バトルフィールドは未だ、フェイルーラの竜の武威に満ちていたからだ。
(こんな殺気渦巻く中、十兵衛様は闘っておられたのか)
先日のフェイルーラ対ジュウベエの闘いを思い出し、少年はジュウベエの胆力に感嘆しながらも、息を整え直し、また刀を正眼に構えるのだった。




