刹那よりも速く
「げっ!」
魔法使いと思われる少年は、相手がフェイルーラだと分かって、あからさまに嫌そうな顔をする。が、他の決闘者たちがすぐにサレンダーする中、この少年は違っていた。すぐに一瞬だけ不敵な笑みを浮かべると、真剣な顔付きとなる。
「へえ〜。言っちゃ悪いけど、君はサレンダーしないんだね」
「…………」
フェイルーラの言葉に反応する事はなく、少年は集中を増していく。少年の武装は魔法使いらしく黒いローブに、右手には三十センチメータ程の短杖、しかしフェイルーラの目を引いたのは、その左手だ。薄い青色の万重咲きの花が、腕輪のようにその手首で花開いている。
(あれは魔導具か。花弁一つ一つに精緻な魔法陣が描かれているな。彼の自信の元はあれかな)
『READY! DUEL!!』
「シールドダリア!!」
試合が始まるなり、左手の花が輝いた。すると、少年を囲うように、魔法陣のバリアが花開く。
(成程。面白い魔導具だな。でも)
この万重咲きのバリアに自信があるのだろう。少年は防御は万重咲きのバリアに任せ、右手のワンドを眼前に立たせると、目を閉じて呪文の詠唱を始める。
パキン。
(ッ!?)
呪文の詠唱に集中する為、閉じていた目が開かれる。そこでは、少年が想像していなかった事態が展開されていた。
フェイルーラが、万重咲きのバリア、その花弁の一つ一つを、手刀の一撃で破壊していっているのだ。
「んなっ!?」
馬鹿な!? そんな言葉さえ飲み込んでしまう程の驚き。あり得ない事態に、詠唱は中断し、思わずそのあり得ない事態を注視してしまう少年。これにハッとなり、
「馬鹿な! あり得ない!」
ここで漸く少年はそんなありきたりな言葉を吐き出した。これに口角を下げるフェイルーラ。
「何だ、自信があるようだったけど、君の自信の元は、やっぱりこの魔導具頼みだったのか。残念だよ」
「残念!? これにはお前なんかよりも圧倒的に多い僕の魔力が、その総量の三倍を注ぎ込んであるんだ! お前の貧弱な手刀に込められた魔力程度で、どうにかなる訳ない!!」
「実戦不足を露呈したね」
「何だと!?」
フェイルーラと少年が口論を交わす間も、フェイルーラは万重咲きのバリアを破壊し続ける。それは既に半分にまでその花弁を破壊していた。
「結節点」
「はっ?」
「第二魔法には弱点がある。魔力をそのまま流用する第一魔法と違い、魔法陣や詠唱には、陣の構成、詠唱の構成の途中途中に、陣や詠唱を繋ぐ為に、結節点と呼ぶべき、陣形成や魔法言語の間の僅かな隙間が存在する」
「んなっ!?」
それは誰だって知っている。が、少年はそれを出来る人間を知らない。陣や詠唱の隙間を突くなんて、本当に瞬間的で的確でなければならない。肋骨の隙間を突くよりも難しい芸当だからだ。
(魔法陣や詠唱で展開される魔力は、基本的に波体速度で流れる。波体の基本である音波だって、秒速340メータあるんだぞ!? その隙間を突く!? どんな魔力属性なんだ!?)
一秒よりも短い時間、刹那よりも短い時間、タイミングを間違えれば、フェイルーラの魔力量を遥かに凌ぐ魔力の込められたバリアは、簡単にその手刀を破壊していたはずだ。が、目の前の、金眼以外に特徴もない少年は、その奇跡の手刀によってそれを成し遂げていた。
「くっ! ……はっ! その金眼か! その金眼の第一魔法が、バリアの隙を的確に壊しているのか!」
それは自身を納得させる言い訳だった。そこら辺の騎士貴族よりも少ない魔力量しかない少年に出来る事など、特別な第一魔法を、特別な魔力属性を持っている以外に納得出来る理由が思い至らなかったからだ。
「この金眼? ただの遺伝だよ。何の魔力属性も持っていない。視力は良いけどね。静止視力も動体視力も。ああ、でも霊視は得意じゃないな。その程度の眼さ」
フェイルーラの言葉に閉口する少年。そんな口論を続けているうちに、フェイルーラはついにバリアを全て破壊してしまった。
ハッと我に返り、慌てて呪文の詠唱を再開しようとしたところで、フェイルーラは左手で無造作に魔法使いの少年のワンドを折る。これにびっくりして口を開けた少年の口腔に、同じように無造作に右手を突っ込むと、フェイルーラは少年の舌を引き千切った。
「!!!!!!!」
正しく少年が声にならない声を発するのを他所に、フェイルーラは右手で引き千切った舌をフィールドに放りながら、左手の手刀を胸に突き刺した。
✕✕✕✕✕
「ひいっ!!」
✕✕✕✕✕
「助けて!!」
✕✕✕✕✕
「敗けました」
✕✕✕✕✕
「サレンダー」
✕✕✕✕✕
「はっはっはっはっはっはっ!!」
「楽しそうだね」
十一階の控え室。そのベンチでごろんとしているフェイルーラの前に、ジュウベエが上機嫌で現れた。腰に両手を当て高笑いしている。
「お前の頑張りに発奮させられてな! もう二十一階層行きだぜ!」
「……そう。おめでとう」
「何だよ、先に行かれてイジケてるのか?」
「何で俺がジュウベエ君に先行かれてイジケるんだよ」
「…………まあ、そうだけどなあ」
ジュウベエは周囲に目を向ける。それは腫れ物でも扱うかのような、フェイルーラから一定の距離を置く他の決闘者たちの姿。そして、そそくさと控え室から出ていく決闘者たちの姿。
「はん! 情けねえな」
フェイルーラと言う異質な存在の登場に、恐れ慄き、尻尾を巻いて逃げる者たちを、ジュウベエは決闘者とは認めない。一階層のニュービーならば兎も角、ここは百二十回以上の決闘を勝ち抜いた者たちのいる十一階層だ。
しかしここにいる決闘者たちは、決闘で日銭を稼ぐ者たちである。勝てない試合を避けるのも当然ではあったが、闘技場で死んだところで、本当に天に召される訳ではない。ならば挑戦者として闘う事が、次の一戦に繋がると考えないのだろうか、とジュウベエは思わずにはいられず、周囲を見る目付きが厳しくなる。
「仕方ありませんよ。誰も彼もが、貴方のように心が強い訳ではありませんから」
周囲を睨むジュウベエの下へ、グーシーが現れ、これに注意する。
「フェイルーラ様と他の決闘者たちを同列に並べては、彼らが可哀想です」
「はん! フェイルーラと他の、ねえ。フェイルーラはここにいる決闘者の誰よりも魔力量が少ないんだぞ! それから逃げるなんてのは、向上心の欠落だ!」
「闘いの結果は、魔力量で決まるものではありませんよ。その魔力量偏重な考え方で、貴方はフェイルーラ様を侮り、フェイルーラ様に敗けたのでしょう。ならば、魔力量でない部分、その戦闘技術を恐れ、適切に距離を取るのは、魔力量だけで試合の結果が決まらない事を知っている彼らの処世術ですよ」
「処世術? そんなものを語る奴は決闘者じゃねえ! 生死の狭間に身を置く決闘者が、生きる事にしがみついてんじゃねえよ!」
「生きる事にしがみつく事の何がいけないと言うのです? それは生きる全てのものが持つ本能であり、権利です。それを手放すと言う事は、死と言う谷に身を投げると同義でしかなく、一度手放せば、それを取り戻す事は生きる事にしがみついたままでいるよりも百倍難しい事を貴方は知るべきだ」
死生観に付いて意見が合わず、睨み合うジュウベエとグーシー。
「はあ……」
そんな二人を見上げながら、フェイルーラは嘆息を漏らす。これに対してジュウベエが睨み、そんなジュウベエをグーシーが睨む。
「はいはい、そこまで。ちょっと不貞腐れていただけでこれって。ジュウベエ君もグーシーも、思想強過ぎ。闘技場で死生観を語っても、それは場違いって奴だよ。喫茶店で女性店員相手に、恋と愛の違いに付いて語るくらい馬鹿なやり取りだ」
これには頬を引き攣らせる二人。
「それに、二人みたいに帰らない人たちもいるみたいだしね」
そう、十一階の控え室にはまだ決闘者たちが残っていた。ジュウベエ、グーシー、この二人はこれから二十一階層に向かうが、残るジュウベエ派閥やフェイルーラ派閥の者たち、それに……、まだフェイルーラと闘っていない、勝つ気があるのか、敗けても良いから何かを掴む気なのか、ここから逃げない者たち。
(もう少しすれば、ここも篩に掛けられて、俺に向かってくる奴らだけ残るだろう)
新たな対戦相手との闘いに備えて、フェイルーラはベンチで更にだら〜んと脱力するのだった。




