気を付けます
その後はレコーダーのカードに後ろ髪引かれるように全員練習へと戻り、そんな練習も一区切り付いたところで、昼となったので、全員で食堂へ向かう事となった。
「楽しそうですね」
音楽倶楽部の面々に囲まれながら、レコーダーに繋がれたイヤホンで、先程俺が弾いた『イザ、前進』を聴き続けているインシグニア嬢。少し声を掛けてみても、イヤホンで耳が塞がれているので、どうやら聞こえていないようだ。
それに気付いた侍女の一人が、インシグニア嬢の肩を叩こうとするが、それを俺は止める。まあ、楽しんでいるならそれで良いや。セガン監督官も同じだし。
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「おお、流石に広い」
学生、研究生、教師諸々含めて三千人以上が生活する王立魔法学校の食堂である。その広さもさるものだ。調理場から最奥のテーブルまで辿り着く間に、料理が冷めてしまいそうな程広い。
そんな食堂には、何人かの学生? 研究生? が散見された。もう学校も休暇期間で、実家に戻っている者も少なくないはずだが、残っている者もいるようだ。まあ、音楽倶楽部の面々も残っているし、この学校では普通なのかな?
「食堂はここ四階だけでなく、三、五、六、七、それに十三階にもあります。それだけでなく、各寮にもあるので、そっちで食事を摂る者も少なくありませんね」
イッシャーナ嬢が教えてくれた。各階、各寮で食堂で出される料理のバリエーションや値段が違うらしい。基本的に上の階の食堂の方が高額な料理が振る舞われるそうだ(寮の食堂はタダ)。十三階なんて、全室個室で、要人との会合や、合戦の作戦会議などに使われたりするらしい。
まあ、各階の料理がどうなっているのかは分からないが、各寮では違いが出るだろう。ヴァストドラゴン寮では野菜や果物が多くなるだろうし、ギガントシブリングス寮なら肉類が多くなるはず。タイフーンタイクン寮だと海鮮かな? それとも異国の料理が出るかも知れない。グリフォンデン寮は……何だ? グリフォンデン領の料理には詳しくないな。嫁ぐのに。インシグニア嬢は……、王城育ちだから、余り詳しくないかも?
「どうかなさいましたか?」
俺がインシグニア嬢をじっと見ていたからか、侍女の一人が声を掛けてきた。クラリネットの令嬢だ。
「いや、グリフォンデン領の名物料理? 特産品って何だろう? と思っただけです」
「ああ、グリフォンデンは確かに峻険な鉱山が多く、野菜を育てるのも、家畜を育てるのも向かない土地ではありますね」
やっぱりそうか。
「でも、王領のすぐ隣りですので、値段は多少高くなりますが、様々な食材が入ってきます。列車が開通してからは、鮮度も良くなりましたし、現在は王領とそれ程変わらない食生活です」
成程なあ。
「列車開通前は、パイやシチューに乾物や保存食ばかりだった。と祖父母が言っていましたね」
話に加わってきたのは、音楽倶楽部の一人だ。朱色の制服を着ているので、グリフォンデン寮の学生だろう。
「パイやシチューですか?」
「ええ。鉱夫たちは今でも肉やポテトの入ったパイを持って鉱山の採掘をしているそうです。シチューも、余った肉と野菜を煮込んだだけで、全体的に塩辛い味付けのものが多いです」
「塩辛いんですか?」
乾物やら保存食を作る時に塩を大量に使っているのだろうか?
「岩塩が採掘されますから」
ああ、そっちの理由か。
「説明して頂き、ありがとうございます」
俺は説明してくれた学生に礼を言って、……どうすれば良いのか途方に暮れた。料理の頼み方が分からなかったからだ。周囲を見渡すと、音楽倶楽部の面々が、調理場の側の見慣れぬ魔導具の前に並んでいる。魔導具の大きさは俺の背とそれ程変わらない。それが数台並んでいる。
「あれで注文するのですか?」
「はい」
クラリネット嬢に尋ねると、首肯を返してくれた。少し様子を見るに、どうやらIDカードで注文するようだ。様子見だけしていても腹は膨れないので、意を決して俺も魔導具の前に並ぶ。
魔導具には複数のボタンが並び、それぞれに日替わりセットAとかBとかCとかの他に、チキングリルにローストビーフにシチュー、ポトフ、グラタンなどなど様々だ。ステーキは肉の種類が選べるし、サラダやパスタ、サンドイッチ、デザートなども数種類用意されている。
ちらりと横を見ると、インシグニア嬢が手慣れた手付きで、ボタンを幾つも押していく。やはり食いしん坊だ。
さて、俺は……、内地出身だから、海鮮系は余り馴染みがないんだよなあ。ここはボンゴレパスタか、ペスカトーレにするか? いや、絵で見たのは、貝が殻ごと入っていたな。ここで食べるのに悪戦苦闘する姿を晒すのも恥ずかしい。無難にザワークラウトにゆで卵二つ、トーストにするか。あとはオニオンスープで良いかな。
IDカードを差し込み口に差し込み、ボタンを押すと少し硬質な紙片が、魔導具の腰辺りから出てきた。ちゃんと料理名が記載されているのを確認して、それを調理場の方へ持っていく。
調理場のカウンターでそれを調理人に差し出すと、料理名と枚数を確認した調理人が、「少々お待ち下さい」と言って、奥に引っ込む。
少し調理場から離れて、調理場の中の様子を見ていると、調理用だろう魔導具の数々がフル稼働している。いきなり八十人も来たのだから、そうなるのも当然だろう。いや、昨日の受験の時も大変だったかな? などと思考を巡らせているうちに、ものの数分で料理が出てきた。早い。
プレートに乗せられたそれらを持って、席に座ろうと食堂を振り返ると、既にインシグニア嬢とセガン監督官が隣り同士で席に座っている。そんなにここの食事が待ち遠しいのだろうか? セガン監督官とか、十三階の食堂を使わないで良いのだろうか? 色々思うところはあるが、取り敢えず二人のいるテーブルに向かう。
プレートをテーブルに置いて、インシグニア嬢の隣りに座るが、やはりと言うか、インシグニア嬢だけプレートが三枚ある。チキングリルにコールスローサラダ、フィッシュアンドチップス、そしてデザート各種だ。ちらりと周りを囲う音楽倶楽部の方に目を向けるも、誰もそれを不思議に思っていないので、これがインシグニア嬢の通常運転なのだろう。
早く食べたいのか、ワクワクしているインシグニア嬢とセガン監督官だが、俺は自分の耳を指で叩く事で、二人にイヤホンの存在を認識させると、二人は自分の耳を確認して、イヤホンが付いたままなのを自認して、恥ずかしそうに耳からイヤホンを外すのだった。
「本来なら、歩きながらも危ないですから、気を付けて下さいね」
「はい」
「気を付けます」
シュンとなる二人だが、ここで注意しておかないといけない。
「イヤホンに気を取られて、周囲からの声が入ってこないと、話し掛けた人が無視されたと勘違いする事もありますから、そっちも気を付けて下さい」
「はい」
「気を付けます」
まあ、こっちはインシグニア嬢やセガン監督官ではなく、侍女二人やリガス卿が気を付けるところだけど。そちらに視線を向ければ、「分かっている」と力強く頷いてくれるのだった。




