宣伝効果
さて、注意も終わったので、昼食を頂こうとしたところで、インシグニア嬢とセガン監督官が、侍従に頼んで何かを取り出した。
インシグニア嬢の方はケチャップで、それをフィッシュアンドチップスに掛けている。セガン監督官は、野菜とクルトンのサラダにヴァスターソースを掛けている。どちらも昨日乾燥野菜スティックとともに食べた代物である。
「え〜と、ありがとうございます?」
「いえ、美味しかったので、個人で購入しただけですから」
「そうそう。美味しくなければ購入しないよ」
昨日のプレゼンが奏功したのだろうか? 王配と『歌姫』が使っているとなれば、相当な宣伝効果だ。父上もこれには口角を上げている事だろう。
「そのソースとケチャップは、ヴァストドラゴン領のものなのですか?」
俺たちの前に座ったイッシャーナ嬢が尋ねてきた。お、いきなり宣伝効果があったようだ。
「はい。現在、ヴァストドラゴン領では、食品の味向上に努めていますから」
俺の言に「へえ」と軽く相槌を打ちながら、イッシャーナ嬢はテーブルに備えられているドレッシングを掴み、ササミと野菜のサラダに振りかけようとしていた。
「ドレッシングもありますよ」
「あら、そうなのですね」
ドレッシングの容器を手に取ったまま、固まるイッシャーナ嬢。どうするべきか、迷っているのだろう。なので、俺は素早くドレッシング類を取り出す。
「ヴァストドラゴン領なので、基本的に野菜や果物由来のものばかりですけど」
と前置きしたうえで、香草ドレッシングや、香辛料ドレッシング、ごまドレッシングを取り出す。
「へえ。何かお薦めってありますか?」
「お薦め、ですか?」
どれもお薦めなので困る。
「駄目です! お薦めをフェイルーラ様に尋ねては! 後悔しますよ!」
「そうだねえ。やめておいた方が良いと思うよ」
インシグニア嬢とセガン監督官が揃って止めようとする。何で? ……あれか。
「いや、ここでサドンデスソースは出しませんよ?」
これに懐疑的な視線を俺に向けてくる二人。何これ? 俺はそんな意地悪をする人間だと認識されているのか? それだと泣くぞ。
「先程も説明しましたが、ここにあるのは香草ドレッシングに、香辛料ドレッシング、それにごまドレッシングです。香辛料ドレッシングには胡椒や唐辛子を使っていますけれど、唐辛子は王領でも育てている奴ですよ。そもそも父上の傘下の商会の品物ですし」
それでも視線が懐疑的だ。はあ、仕方ない。
俺は小皿を取り出し、二人の前に香辛料ドレッシングを少しだけお出しする。これにビクッとしながらも、二人はフォークに刺したポテトをそのドレッシングに付け、意を決したように食べる。食べて貰えるだけの信用はあったようだ。
恐る恐る食べた二人だったが、ピリ辛なドレッシングは意外と気に入ったようで、チョンチョンと付けながら続けて食べている。
「そのドレッシングが美味しいのですか?」
イッシャーナ嬢は不思議なものを見るような顔だ。
「好みによります。他の、香草ドレッシングは香草がさっぱりさせてくれますし、ごまドレッシングはごまが酢の酸っぱさをマイルドにしてくれていますから、本当に好みですね」
「成程。私はさっぱりした香草ドレッシングを頂こうかしら」
「まあ、一番無難ですかね」
サラダ自体に香草が入っているし、香草ドレッシングには、人を選ぶタイプの香草を使っていない。馴染み深い香草類を使っているので、それ程味が喧嘩する事もないだろう。
イッシャーナ嬢は香草ドレッシングをササミと野菜のサラダに掛けて、一口食べてみる。そして目を見張るイッシャーナ嬢。好みの味だったのか、そのまま食べ続けている。
「ただ酸っぱいだけでなく、香草の爽やかさが味を引き立てていますね」
「ありがとうございます。お気に召しましたら、ファーティルランド商会へ。香草ドレッシングも、色々種類がありますから」
「あら、ありがとうございます」
ニコニコしながらサラダを食べているイッシャーナ嬢を、周囲の音楽倶楽部の面々が羨ましそうに見ている。
「あ、別に皆さんも使って頂いて結構ですから」
俺がそう言いながら更にドレッシングをグローブから取り出すと、我先に手を伸ばしてくる音楽倶楽部の面々。何これ? 王都では食品の向上はあまり盛んではないのだろうか? それとも単なる食べ盛り?
まあ良いや。俺はこれでゆっくり食事が出来る。と、トーストをナイフで二つに切ると、ゆで卵二つを綺麗に剥き、それをフォークとナイフで輪切りにしてからトーストの上に並べ、その上からごまドレッシングを適量振り掛け、更にザワークラウトを上に敷き詰めて、その上からまたトーストでサンドする。簡単トーストサンドの出来上がりである。
まあ、魔法学校の食券機にもサンドイッチがあったが、あれは生パンだろう。俺はこの食べ方が好きなのだ。
出来たばかりのトーストサンドを食べようとして、誰かにジーッと見られている事に気付く。横に座るインシグニア嬢である。
「…………」
「…………」
俺はトーストサンドをナイフとフォークで三分割にすると、その一つをインシグニア嬢に渡す。
「ありがとうございます」
俺に礼を言って食べ出すインシグニア嬢。本当に良く食べる。性罪説を信じるならば、インシグニア嬢の生まれ持っての罪はその食欲だろう。まあ、四大貴族の一つ、グリフォンデン家だし、その食欲を満たすだけの富はあるだろうから、気にする程でもないか。
そんな事を考えながら、俺はトーストサンドを口にした。このザワークラウト酸っぱ過ぎないか?




