取り敢えず逃げる
「お疲れ〜」
セガン陛下と学長とは第一大講堂で別れ、五階のホールにエレベーターで向かう。人でごった返す五階エレベーター前ホールでグーシーたちを見付ければ、皆充足した顔をしていた。やれる事は全てやり切ったと言う顔だ。
『お疲れ様です』
「良し! 帰るよ!」
「え? あ、はい」
インシグニア嬢の派閥やジュウベエ君の派閥もいるのを確認したところで、俺は早々にこの場から退散するように皆を促す。
全員がエレベーターに乗り込んだところで、グロブス殿下と目が合い、グロブス殿下が何か発しようとしたところで、エレベーターのドアが閉まり、エレベーターは下へと降りていく。
「ふう、済まないね、急かすような事をして。皆が試験教室に向かった後、グロブス殿下に絡まれてね。これに付き合う義理もないから、早々に帰らせて貰うよ」
俺がそう説明すれば、事情を知っている面々が納得する。分かっていないのは何故か一緒にエレベーターに乗り込んだエムエム君たちムジカット共和国勢だ。そんなムジカット勢にインシグニア嬢の侍女の一人が説明してくれている。
はあ、何で逃げるように帰らないとならないのやら。でもあの人絶対入学後も絡んでくるよなあ。想像しただけで面倒臭い。何か対策を考えておかねば。
✕✕✕✕✕
「我が領のバスは向こうです」
裏口に出たところで、グーシーが手で指し示してくれるが、
「いや、俺とインシグニア嬢はバイクで来たから、それで帰る」
「バイクで? ……いえ、そうですね。関係者であっても、顔パスにはなりませんね」
俺が首から提げているストラップを見て、事情を察するグーシー。
「身内を語った不審者を入れる訳にはいかないからな」
「ではせめてお見送りを」
グーシーの気遣いはありがたいが、……うん、皆も見送るのね。
「インシグニア嬢をグリフォンデン領の分館に送ってから帰るから、多分帰りは少し遅くなる」
「分かりました」
などと会話を交わしながら、裏門までやって来た。
「ありがとうございました」
裏門の事務員さんにストラップを返しながら礼を言うと、
「いえ、こちらこそ無礼な態度をお取りしてしまい、申し訳ありませんでした」
などと言った返事をされた。うん? 何か無礼な事されたかな? とインシグニア嬢の方を見遣るも、彼女も首を傾げている。
「いや、普通の対応だったと思いますよ?」
分からんけど。
「はあ……」
微妙な顔の事務員さんとにらめっこをしていても埒が明かないので、入る時に記入した用紙に、退門時間を記入して、スクーターをグローブの空間魔法陣から取り出す。
「そんなので動くのか?」
ジュウベエ君はスクーターが物珍しいのか、俺が出したスクーターを、矯めつ眇めつ眺めている。
「軍用じゃなく、市街地を流す程度のものだからね。これで十分なんだよ」
「二輪車と言うと、もっとどっしりしたものが頭に浮かぶが、こう言うのもあるのか」
「いや、これは私が作らせたものだから、台数自体は両手で数える程度だよ」
ジュウベエ君の疑問に応えながら、退門時間の記入が終わったインシグニア嬢にヘルメットを被せ、顎紐が緩んでないか確認する。
「は〜ん、フェイルーラはやっぱり変わっているな」
ジュウベエ君に言われたくないんだけど? などと考えていると、侍女二人がスッと俺の前にやって来て、頭を下げる。
「本日は申し訳ありませんでした」
「あのような事に発展するとは、こちらも思っておらず、ご迷惑をお掛けする事となってしまい、誠に申し訳ありませんでした」
本当に申し訳ないと思っているから、頭を下げているのは分かるが、最速でここまでやって来たが、周囲にはそれなりに人気があるので、俺が令嬢に頭を下げさせているように見えるので、ちょっと外聞が悪い。
「ああ〜、でしたら、このバイクの魔力を充填して貰えますか? 私はほら、こんな魔力量ですので」
二人としても、ここで俺が許しても、自分の派閥のボスのお相手に迷惑を掛けた自分自身を許せないだろう。なので、軽く頼み事をする事とした。これに首肯してから頭を上げる二人。
「左のハンドルの付け根にアクセルレバーとブレーキボタンがあるんですけど、どちらも、触ると内部の精霊石に魔力を流せるようになり、そこで貯蓄される仕組みになっているので、これに触って貰えます?」
二人がアクセルレバーとブレーキボタンに触ると、それなりの速度で結構な魔力を内部の精霊石に送っているのだろう、眉間にシワを寄せる。送る速度や量は個人の任意なので、それだけ二人が今回の事を反省しているのが分かる。
「簡単な仕組みなんだな?」
ジュウベエ君が感心している。
「まあね。動かすだけならね。軍用のも基本的には同じだね。ただ、アクセルレバーとブレーキボタンが左右のハンドル両方に付いていて、左右両方が連動しているのが違いかな」
「そうなのか?」
「軍事で使うものだから、戦闘でどちらの手を失っても動かせるようになっているんだ」
「成程なあ」
などと言っているうちに、侍女二人の顔色が悪くなっていく。
「もう大丈夫だよ」
俺がそう言えば、ホッとしたようにレバーとボタンから手を離す二人。まあ、俺が運用出来るので、内部の精霊石に魔力を溜めなくても、常に魔力を流しながら動かせる特別製なんだけどね。おお、マーチャルが内蔵させた無駄に高品質の精霊石が七割方充填されている。
「ありがとう。バスでゆっくり休んでね」
「はい。インシグニア様を、宜しくお願いします」
「お願いします」
これに首肯を返す。
「はい。じゃあ諸君、また後で」
「皆さんも」
そう言い残して、俺とインシグニア嬢は王立魔法学校を後にしたのだった。
✕✕✕✕✕
「ふふ、悪い事をしているみたいですね」
「まあ、今くらいは、羽目を外しましょう」
南東の王立魔法学校から北の貴族街に向かう途中、王都中央のマーケットエリアの露店で、休憩がてらホットドッグを食べてから、インシグニア嬢をグリフォンデン領の分館に無事送り届ける。
その後ヴァストドラゴン領の分館に戻ってきて、やっとゆっくり休める。と思ったら、ジェンタール兄上に呼び出しを食らった。ああ、まだ一日が終わらないのか。俺はクタクタで重怠い足を引き摺りながら、食堂へ向かうのだった。




