牽制
食堂に行くと、ジェンタール兄上とエスペーシが既に着席している。兄弟三人だけで食事とか、何気に初めてか? いや、サバイバル訓練の時にあったな。あれ以来か。
俺があからさまに嘆息を吐きながら、二人から少し離れた空いた席に座ると、兄上の派閥の一人が俺の分の食事を用意して、食堂から出ていった。食堂に残されたのは文字通り兄弟三人だけだ。
「派手にやったな」
「元凶を辿れば父上なんだから、文句があるなら父上へどうぞ」
俺の返答に対して、嫌そうに眉を顰めるジェンタール兄上。
「それで? 本題はどう言う話なの?」
やってしまったものはもう覆らない。三人とも派閥も違うが、まあ、兄弟だ。軽い意見交換くらいはしても良いだろう。
「昨夜の件、それにセガン陛下が王立魔法学校の監督官? とやらになった件と、こちらでも情報が錯綜している。当事者から話を聞きたい」
パンを千切り、シチューに浸しながら、ジェンタール兄上は淡々とした口調で、報告のように尋ねてきた。
「エスペーシもそんな感じ?」
「グロブス殿下が、フェイルーラとインシグニア嬢がご自身の思い通りに動かなかった事にお冠でね。出来れば週一とは言わないから、月一でも歌奏を披露して貰えないかな?」
「今度そんな事口にしたら、兄弟の縁を切るぞ。お前の役目はグロブス殿下に従う事ではなく、グロブス殿下からフレミア嬢を取り戻す事だろう?」
俺の反論に、深く嘆息をこぼすエスペーシ。エスペーシとしても、俺が了承しない事くらい分かっていて、一応俺に尋ねた。と言う実績を作りたかっただけのようだ。
「フレミアも、肩透かしだったみたいでね。セガン陛下が監督官になった事で、完全に王族の威光が学内で通用しなくなっただろう? だから、俺ルートで歌奏をさせられないかって……」
それはそれは、何とも強欲な事で。四大貴族の令嬢として、甘やかされて育った背景が窺える。魔窟である王城で、己の身一つで生き抜いてきたインシグニア嬢とは真逆だな。まあ、同じ魔窟の中でもフィアーナみたいに育つ者もいるのだから、一概には言えないか。
しかしと言うか、やはりインシグニア嬢の歌奏はヴァストドラゴン寮の武器になる。余計に軽々と歌奏を披露させる訳にはいかなくなったな。
「そもそも学長が王族なんだから、王族や領主貴族の威光なんてまやかし、ハナから通用しない事は、ホールで証明されただろ?」
「兄弟の縁で何とか……、ならないよねえ」
ここで兄弟の縁を持ち出した事に、俺が睨みを利かせると、目を逸らすエスペーシ。それ以上言えば、本当に兄弟の縁を切るぞ。
「あの学校の理念の一つ、『尊重』に反する。だから、インシグニア嬢を『尊重』しないような対応には、こちらは断固拒否する」
「だよねえ」
「だから、あと二つ、『研鑽』と『平等』において、グリフォンデン寮であっても、インシグニア嬢の歌奏が聴ける機会は、均等に用意する意思はある。今言えるのはそこまでだ」
俺の説明に目を見張るエスペーシ。多分エスペーシの中では、何の成果もなくこの場の話し合いが終わると思っていたのだろう。が、俺は学校の理念に則した事を口にしただけだ。グロブス殿下やフレミア嬢を優遇するつもりはない。それを理解しているのかいないのか、頬をニヤけさせるエスペーシ。多分分かっていない。
「ジェンタール兄上もそんな話ですか?」
「いや、スフィアン殿下は、セガン陛下が王立魔法学校の監督官になった事は納得して飲み込んでおいでだ。殿下も、セガン陛下の権勢には常々憂慮なされておいでだったからな。こちらとしては収まるところに収まって、世代交代の時に軋轢が生まれない事にホッとしているよ」
スフィアン王太子殿下派閥からしたらそうなるか。
「じゃあ、話はこれで終わりですか?」
「いや、スフィアン殿下の興味は、セガン陛下の処遇ではなく、お前がタフレングス卿を倒した方法だな」
「あっちか」
「何でも、幻の技で倒したとか、それを知りたがっておいでだ」
「あれはインビジブル・バーストです」
俺が技名を出せば、首を傾げる二人。二人からしたら幻の技でも何でもないからだ。
「あの技なら、警戒していれば食らわないだろう?」
ジェンタール兄上の言葉は最もだが、
「初見で、技を使えると知らなければ、どうです?」
これに「ああ」と二人が納得する。
「我々も、母上やフェイルーラが使えるから、訓練などで警戒するが、確かに、他にあの技を使う者に出会った事がないな」
ジェンタール兄上もエスペーシも、それに父上もインビジブル・バーストは使えないし、どのような仕組みなのかも知らない。
「仕組みは教えてはくれない、よな?」
「俺は派閥の奴らに教えたし、何ならガイシア陛下とセガン陛下には教えましたが、インシグニア嬢から、それ以上仕組みを教えるのは止めるように「待った」が掛かりましたので」
「そうなのか?」
ジェンタール兄上の質問に首肯で応える。
インビジブル・バーストは、仕組みが簡単なので、第二魔法で簡単に再現出来る。あれは瞬間的に敵周囲の空気を空間魔法陣の中に収める事で、敵周囲をゼロ気圧にする技だ。
普段、我々の周囲には空気が存在しており、一気圧の気圧を全身に受けた環境下で生活している。この気圧が薄くなっていくと、沸点が低くなると言う現象が起こる。気圧は海面から標高二千メータで地上の約八十%となり、沸点は約九十四度となる。
これがゼロ気圧となると、体液が一瞬にして沸騰する。全身が燃えるような熱を帯びる中、涙液、鼻水、唾液は沸騰するも、水分に不純物が紛れているので泡状となり、耳はその周囲の血管内の水分が沸騰する事で、細胞が膨張して耳を塞いで聴こえなくなる。この時点で五感の内、四つが機能しなくなったところへ、空間魔法陣に圧縮して封じていた空気を、一気に敵相手にぶつけるのが、インビジブル・バーストだ。
近接技ではあるが、初見ではほぼ回避不可能な技だ。だが、相手がこれを使ってくると知っていれば、空気を空間魔法陣に吸収する時に、相手と自分の間に何かしら壁となる物を生成すれば簡単に防げる。と言う明確な弱点がある技でもある。
これを、母上と俺、アーネスシスしか使えない理由は、単純に空気を空間魔法陣へ吸収させる速度によるものだ。一瞬にして真空を生み出せなければ、周囲にある空気が、ドンドンと真空になろうとしている空間に空気を送り込むので、インビジブル・バーストの最初のハードルである真空を生み出せないのだ。
それだけの話なのだが、この技は空気を圧縮させながら一瞬で空間魔法陣の中に収納する為に、一瞬で膨大な魔力を使うので、魔力量を一気に大量に使う時に起こる、倦怠感、痺れ、激痛、気絶と言うものを乗り越えなければならない。その為、意外と使えるようになるハードルは高い。まあ、やろうと思えば、そこは第二魔法による魔導具で補完出来るんだけど。ここでは教えない。
ジェンタール兄上もエスペーシも、インビジブル・バーストがまさか幻の技とは思っていなかったようで、さて、スフィアン殿下やグロブス殿下などにどう伝えるか、食事中頭を悩ませ続けるのだった。




