居心地
「シキイが専任の指導者になってくれるなら、それが一番だがな」
学長が太鼓判を押す。そう言えば、シキイもリリップもこの学校の卒業生だったな。
「リリップ様ではなく、シキイ様なのですね」
インシグニア嬢がそんな事を尋ねてきた。
「リリップの方が良かったですか?」
女性としては女性の指導者の方が良かったのだろうか?
「いえ、そんな。どちらもマエストロに一番近いと言われた方ですから、もしどちらかでも来て頂けるなら、私はどちらでも」
単なる興味?
「インシグニア……嬢がそう言うくらいに、凄いのか? そのシキイとかリリップって奴は?」
この話題になって沈黙を貫いていたジュウベエ君も、流石に気になったのか、尋ねてきた。
「え? ……私と同程度かな。数年前までは、良くセッションしたり合同で作曲したりしていた仲だね。最近はウェルソンとの方が多くなっていたけど」
「いや、うん。フェイルーラに付いていけるのは凄いから」
ジュウベエ君の言にセガン陛下が頷いている。
「いえ、話の内容から、フェイルーラ様の方が、マエストロ・ウェルソンに近しい実力なのだと推測出来ます」
インシグニア嬢の頬が引くついている。あれ? それで最近はウェルソンとそんな事になっていたのか? いや、
「二人とも、教会での地位が高くなったので、それで忙しくなって、セッションとかする機会が少なくなったのかと」
「お二方とも、教会に所属されておいでなのですか?」
インシグニア嬢の、……これは素朴な疑問の方だな。
「ヴァストドラゴン領の教会の頂点がボールス卿なんですが、それにくっついてきたのがウェルソンで、そのウェルソンがどこかから拾ってきたのがシキイとリリップなので、いつの間にか、自然と教会で暮らし始めていましたね」
「その、どこかからって何だよ? どこから来たとか聞かなかったのかよ?」
ジュウベエ君が何とも言えない顔となっている。これは、俺の説明不足か。
「いや、ウェルソンは昔から色々拾ってくるんだよ。魔属精霊による災害とか、賊に親を殺されたとかで孤児になった子とか、シキイやリリップだけでなく、おっさんだろうと若かろうと、音楽がそれなりに出来る人間は拾ってくるし、それに必要な楽器職人もどこかから連れてくるし、教会所属だから回復魔法が得意な人とか、ポーション作れる人とか、それに必要な薬草栽培出来る人とか、元罪人に元暗殺者に、犬に猫に鳥に猛獣に、自然精霊まで連れてくるような奴なんだよ。だからいちいち誰がどこから来たとか、気にしても仕方ないレベルになっていたなあ」
「ああ、それは何かもう、聞かなくて良くなるな。…………いや! 何だよ! 元罪人!? いや、そっちは分かるけど、元暗殺者!? 猛獣!? 自然精霊!? どんな奴なんだよ、ウェルソンって!?」
どんな奴と聞かれても……、
「教会の司教?」
「教会の神官だから、困っていたら助けずにはいられないってか?」
これには明確に首を左右に振る。
「あれはそんな高尚な存在じゃないよ。連れてきた者たちの面倒を、俺や、シキイやリリップたちなんかの先に連れてきた者たちに任せて、自分はサボって楽器を弾いたり、歌を歌ったり、自由にしていたからね」
「…………それ、先に連れて来られた奴ら、怒ったりしないのか?」
「それがしないんだよねえ。何故か。私はもっと怒っても良いよ。っていつも言っているんだけど、「いえ、救われた身ですから」とか言って、全員が甘やかすように自由にさせているから、困ったもんだよ」
「…………」
これには呆れてジュウベエ君も何も言えないようだ。
「まあ、連れて来られた人たちも、心機一転で来た人たちが殆どだからねえ。恩義を感じているんだろうけど。それに、そんな人たちの生い立ちを尋ねるのも憚らるしねえ」
「しかし、それだと、シキイをこちらに連れてくるのも憚られるねえ」
セガン陛下が腕組みする。
「いやあ、どうでしょう? シキイとリリップに関しては、何か、前にいた楽団での人間関係に辟易した。とかその程度でしたよ? シキイが来た時に、リリップと二人して悟ったような顔になって、互いにガッチリ握手していたので、それとなく尋ねたら、そんな感じの事を口にしていました」
「…………それ、王立楽団なんだけど」
おおう。セガン陛下的には地雷だったか。
「済みません」
「いや、あそこは貴族が殆どで、一般市民出身の二人には息苦しかったのかも知れないねえ」
ああ、実力だけで決まらない上下関係か。それで下手な歌奏者に気を使わないといけないとか、大変だな。
「やっぱり、シキイは連れてこない方が良いですかね?」
「いや、リリップ、シキイと、レベルアップの為にわざわざマエストロ級の人材を招聘したのに、立て続けに楽団から脱退されてしまい、そこら辺の問題が表面化してね。今の王立楽団は実力主義になっているね」
「はあ……」
セガン陛下が嘘を吐く方でない事は分かっているが、王立楽団の実態が本当にそうなのかは分からない。
「今の王立楽団の主指揮者は一般市民出身だ」
俺の不安を感じ取ったのか、学長が補足してくれた。成程。でも主指揮者が一般市民出身だとしても、実態はやはり霧の中だと思う。いや、どんな団体であろうと、所属して初めて分かる事はあるものだ。ヴァストドラゴン領経営のザル具合とか。
「でも、マエストロ・ウェルソンも事情はご存知でしょうし、シキイ様程の実力者を、マエストロ・ウェルソンも手放さないのでは?」
「いや、ピアノの一台でも贈れば、ウェルソンはシキイをこっちに送る事に同意しますね」
「一応世間ではマエストロ級と言われていた人材も、本物のマエストロからしたら、楽器一台分の価値しかないって事か」
何とも微妙な顔となるジュウベエ君。
「いや、リリップだったらそれでも断っていると思う」
「そうなんですか?」
インシグニア嬢が首を傾げる。
「現在、リリップが司教で、シキイが準司教なのと、リリップが孤児院の院長をしていたり、領都の子供相手に読み書き計算を教えていたり、聖堂でのあれこれを取り仕切る事が多いので、リリップに抜けられるのは、領都の聖堂的に痛手なので。対してシキイは、歌奏魔法の使い手であり、負傷者や病人を癒したり、楽器や歌を教える立場にありますけど、シキイには及ばすとも、数人でそれをカバー出来ますから」
「成程」
これにはインシグニア嬢も納得のご様子。
「シキイが歌奏魔法の使い手なのはデカいな」
学長からしても、そのメリットは見過ごせないようだ。う〜ん。
「本当の本当に、他に適当な人材がいないと言うのなら、シキイでも良いと思いますけど。そちらには当てがないのですから?」
「シキイクラスとなるとな」
う〜ん。シキイで決めるか? いや、
「やっぱり、明日、『見学』してから決めさせて下さい。シキイじゃなくても良いレベルなら、領としても教会としても、手放したい人材ではないので」
「それはそうだね」
これに頷くセガン陛下と学長。理解を得られて助かる。などとセガン陛下や学長と話しているうちに、最後の試験の終わりを告げる鐘が鳴るのだった。




