野良猫扱い
「話が音楽の話になったから尋ねるけど、フェイルーラ君、明日暇かい?」
セガン陛下がそんな事を尋ねてきた。明日? 音楽? ……!
「ああ、インシグニア嬢から、明日入学式の合同練習があるとは、昨日聞きましたけど……、え? 私も参加するんですか?」
「いやいやいや、そうなってくれたら嬉しいけど、流石にグロブスを叱責しておいて、親の私がそれを強要するのは違うよ。ただ、一回か二回で良いから、練習を見て貰えないかと思ってね?」
流石に、参加を強要はして来なかったか。でも、
「その『見る』は『見学』ではなく、『指導』ですよね?」
「まあね。ぶっちゃけ、ウェルソンの弟子であるフェイルーラ君の指導を受けられれば、この学校の音楽倶楽部のレベル向上が見込めると言う打算だね」
正しく打算ですね。う〜ん、どうしたものか。これを了承すれば、セガン陛下からの心証は良くなり、後々もこちらを優遇してくれる可能性はある。でもここで断れば、グロブス殿下への牽制になる。セガン陛下が頼んでも断ったとなれば、グロブス殿下としても、今後、軽々に俺やインシグニア嬢に対して歌奏をするように命じる事は出来なくなるだろう。
「う〜ん、音楽倶楽部の規模が分からないので、何とも。そもそも、レベル的にどれくらいなんです? 指導者はいないんですか?」
俺はセガン陛下ではなく、インシグニア嬢の方に話を振った。
「人数は大聖堂よりも多いですが、レベル的には大聖堂に劣る。と言うのが私見です。他の倶楽部のようにこの学校の教員が指導役を兼任するのではなく、優秀な成績を修めた卒業生や、王立楽団などの外部の楽団から指導者を呼び、月に何度か指導を受けている形ですね」
成程理解。…………、
「え? その実力でインシグニア嬢と一緒に入学式で歌奏をするつもりなんですか?」
俺の驚きに、思わず口を結ぶインシグニア嬢。セガン陛下の方を向けば、こちらは眉を下げている。
「元々、インシグニア嬢の参加は私の我儘をガイシアが聞いてくれた事、当時インシグニア嬢がグロブスの婚約者であった事の二つが重なり、インシグニア嬢の立場的に断り辛い状況に追い込んでしまっていたのでね。本当に済まなかっね、インシグニア嬢」
セガン陛下が謝った事で、大講堂がざわつく。王家が謝ったのだから当然の反応だろう。グロブス殿下なんて、こちらを振り返って信じられないものを見るような顔をしている。だが、セガン陛下と言う御仁は、立場だ何だと関係なく、誤りがあれば謝れるし、改善策があれば、それを実行出来る人である。やはりあの高慢なグロブス殿下と謙虚なセガン陛下が親子関係にある事が結び付かない。
「インシグニア嬢は、入学後、音楽倶楽部に入るつもりなんですか?」
「ええ、一応」
恐らくここはインシグニア嬢的には既定路線なのだろう。となると、王立魔法学校の音楽倶楽部と言うのは、学校内だけの活動に収まらず、学校外での活動もしていると捉えた方が良さそうだ。学校内で収まるのなら、これまで関係のなかった貴族同士の結び付きを強くするくらいで、インシグニア嬢が入る意味は殆どない。
「学校外でのセレモニーでの歌奏や、他の学校や楽団との交流なんかもありそうですね」
「ええ」
ふむふむ。音楽関係周りでのコネクション作りを考えるなら、音楽倶楽部に入るのはありか。音楽が重要視されるお国柄、その重要度も高いし。それなりの規模の社交場などで歌奏する事もあるだろうから、情報収集の面でも有益だ。
「う〜ん。私としても、音楽倶楽部は魅力的ですけれど、多分、寮長となるでしょうから、そうなると、音楽面だけにかかずらわっている訳にもいかないんですよねえ」
『歌姫』インシグニア嬢の入学により、音楽倶楽部はインシグニア嬢を中心に活動していく事になるだろう。いや、なるはずだった。が、インシグニア嬢がグリフォンデン領の次期領主となるのが決定した事から、音楽関係が次期領主となる為の負担になるのは避けねばならない。と言うのが俺の自論だ。なので俺の方がサポートに回るのが良いだろう。
それに、卒業生や楽団から指導者を都度招聘して、音楽を教わるのは、様々な方向から音楽を学べる。と言う利点もあるが、指導者によって指導の方向性が違う為に、教わる方は誰の意見を参考にするべきか困る。と言う弊害がどうしても出てしまうはずだ。
逆に、なんで専任の指導者がいないんだ? いくら魔法学校だからって、この国での音楽の重要度を考えれば、専任の指導者を置くべきじゃないか? いや、そもそも、音楽の授業があるのだから、その先生が兼任すべきでは?
「音楽の先生は兼任しないのですか?」
「現在は音楽の授業は礼儀作法の授業内に組み込まれており、上級生が下級生に教える形になっている。教師陣の中には全ての楽器を高水準で教える事の出来る者はいない」
学長の説明に頷く。
「なら、音楽倶楽部的に、教師と兼任とは言わず、外部から専任の指導者を迎えるつもりはないのですか?」
これにセガン陛下と学長が遠い目になる。あ、これウェルソン案件だ。
「ウェルソンなら、指導者よりもどの楽器も上手く演奏するでしょうねえ」
「あやつが天才過ぎたせいで、この王立魔法学校で専任の音楽指導者になるハードルが上がり過ぎた」
苦々しい顔となる学長。
「何だかんだ、この学校に入学出来る時点で皆優秀だから、音楽に関しても、王立楽団や大聖堂の聖歌隊に比べれば格は落ちるけれど、それでも他の学校よりも上、何なら王都の他の楽団と比べても遜色ないか、場合によれば上なくらいだからねえ」
とはセガン陛下の言。優秀な人間に教えるのって、難しいからなあ。優秀な人間って、一を聞いて十を知るから、一定レベルには才能だけで到達しちゃうんだよなあ。それより先に進められる指導者となると、やはり数は限られてくるだろう。それこそウェルソンやインシグニア嬢レベルが求められる。
「? インシグニア嬢は、誰から指導を受けているんですか?」
インシグニア嬢をここまでにした人物がいるはずだ。ならその人に教えを請えば良いのではないだろうか?
「昔は習っていたのですが、十歳になる頃には、もう教える事はありません。と言われてしまいまして、それからは独学で」
ああ、インシグニア嬢もウェルソンタイプだったか。それだと本当にヴァストドラゴン領からウェルソンを呼んでこないといけなくなる。いや、
「卒業生や他楽団の指導者は、教えられるレベルなんですよね?」
「これでも王立魔法学校だからね。招聘する指導者はマエストロ級だよ。でも大聖堂からは認められていないレベルだけどね」
セガン陛下の含みのある言い方は脇に退けておいて、自称であれ他称であれ、マエストロ級から指導を受けられるのは他校と比べれば大きなアドバンテージだろう。けど、
「う〜ん、私もウェルソンや卒業生などから聞いた話ですが、マエストロと呼ばれる人物って、誰も彼も癖が強いみたいですしね。そうなると、やはり指導方針がマエストロによってがらりと変わるのが想像に難くないですね」
「そうですね。その差についてこれない方を何人も見掛けました」
インシグニア嬢の声も硬い。多分、才能ある学生たちが、指導の差によって実力を発揮し切れなかった場面をこれまで何度となく見てきたのだろう。う〜ん。
「インシグニア嬢は、大聖堂での私の立ち居振る舞いをどう思いましたか?」
「とても素晴らしかったかと」
ふむ。大聖堂では、俺は殆ど魔導具のオルガンやマイクの方に意識を向けていた。楽器の演奏や合唱に関して言えば、大聖堂の聖歌隊は俺から指導を受けなければならないレベルではなかった。あそこにインシグニア嬢の侍女二人もいた事を考えると、あの二人もインシグニア嬢とともにこの学校の音楽倶楽部に入るだろうから、そのレベルも推し量れる。
「分かりました。一度、音楽倶楽部の『見学』をさせて下さい。多分、それで音楽倶楽部のレベルは理解出来ると思うので、とても傲岸不遜な話になりますが、私が音楽倶楽部専任の指導者の選考をするなり、ヴァストドラゴン領の聖堂から指導者を呼びます」
「おお、それは嬉しいね」
素直に喜ぶセガン陛下。これだけあーだこーだ喋ったうえで、一度見学するだけなのだから、グロブス殿下への牽制にもなったろう。
「ヴァストドラゴン領には、それだけ音楽に通じた人材がおられるのですね」
インシグニア嬢の声が弾んでいる。う〜ん、どうなんだ。
「今回呼びたいのは、シキイと言う者なんですが……」
『シキイ!?』
これにインシグニア嬢だけでなく、セガン陛下や学長も驚いている。
「シキイを知っているんですか?」
「当然です! シキイ様と言えば、リリップ様と双璧を成すマエストロで、教会が次にマエストロ認定するのはこのお二人のどちらかだろう。と呼ばれていたお二方ですから」
へえ、二人ってそんなに期待されていたのか。でも、
「シキイではなく、リリップを聖堂から引き剥がすと、向こうにいる前途有望な子たちが困ると思うので、指導は厳しいですが、シキイで勘弁して下さい」
「リリップ様もそちらにおられるのですか!?」
インシグニア嬢が滅茶苦茶驚いている。
「はい。二人とも、ウェルソンがどこかから拾ってきて、今は聖堂に居着いていますね」
「はは、マエストロが野良猫扱いだね」
セガン陛下の口から乾いた笑いが漏れるのだった。




