凶星事案
フェイルーラが王都に来て七日、これまで周囲の状況に巻き込まれたり、自分から突っ込んでいったりと、ストレス値が上限に達したが為、秘密会議の最後にその鬱憤を晴らすように、珍しく激情的に大人たちに発破を掛けた頃、王都より遥か北東、ヴァストドラゴン領と北東派閥の境界線となる森の中を流れる細い川、その上空にて、己の進行を阻む幾百の敵と対峙する女性がいた。
棚引くウェイブ掛かったクリーム色の長髪は、その先端は炎のように赫く、その金眼は多数の敵を前にして一歩も引かない不遜にして自信を湛えていた。
背は低く、一見すると少女のようにも見える外見ながら、その出で立ちに臆するところなく、緑の軍服に身を包んだ己こそが強者であると体現している。
場所は森がどこまでも続く上空、女性は自身と同じくクリーム色に、その羽先が赫く、火花のように弾ける巨鳥に乗っていた。
女性の名はセイキュア・ヴァストドラゴン。ヴァストドラゴン家現領主の妻にして、第一周遊旅団旅団長を務める女傑である。
彼女が乗っている巨鳥は、彼女の守護精霊であるジャッジメントフェニックス。正義の執行者である。何を以て正義と判断するかはジャッジメントフェニックスの裁定による。
アダマンティア王国女王、ガイシア・アダマンティアより駐屯地に直接テレフォンが届いた為に、『王命』が駐屯地に届くよりも早く、セイキュア・ヴァストドラゴンは動き出していた。兵は神速を尊ぶ。誰よりも早く現場に到着しなければ敵に逃げられる。それがセイキュアが戦闘において念頭に置いている理念だ。現実はセイキュアが怖くて、敵が逃げているのだが。
「退け!!」
現在も、雑兵の集まりがセイキュアの進行を阻んでおり、セイキュアの声には苛立ちが強く含まれていた。
「ここより先が、他領である事を理解しての蛮行か!!」
一応この雑兵たちの纏め役のような騎士貴族が、意を決したようにセイキュアに反論する。しかしセイキュアにはこれは滑稽にしか映らなかった。何せ、敵側にヴァストドラゴン領の騎士貴族が含まれていたからだ。北側の騎士貴族が、北東派閥と懇意にしていた事は、フェイルーラの報告から知ってはいたが、ここまであからさまに寝返っているのを見て、セイキュアは鼻息荒く彼らを睨み付ける。
びくりと身を震わせる雑兵たちであったが、まだ数の利がある為か、ここを退くつもりはないようだ。
「『王命』に逆らうのか?」
激情家から冷たい響きの声が耳に届けば、北東派閥の雑兵たちは、その背中から冷や汗が流れるのを自覚する。
「『王命』? 独断専行の間違いでしょう? こちらは『王家の命』により、有事の際にはグロブス王子の麾下として動く事が決定しています。正義はこちらにある」
纏め役の言葉に、そう言えばガイシアがそんな事を言っていた。と思い出すセイキュア。王都のレストランでの一件、メドウ家の少年は捕縛されたが、衆目のある外での出来事。野次馬の中に北東派閥がいてもおかしくない。と思い至る。
「その川を越えれば、敵対行動と見做し、こちらも攻撃させて貰う。この数だ。そちらも軽々とは動けまい」
纏め役がそう口にすれば、他の雑兵たちから少しだけ笑いが漏れる。しかしこれも、セイキュアが一睨みしただけで口を噤んだが。
要するに、ここの雑兵たちは足止めなのだ。王都でグロブス王子が王城に軟禁となった事を言い訳に、北東派閥で王都にグロブス王子奪還の為に乗り込むまでの足止め。
(下らない)
セイキュアはそれを心の中で一蹴した。彼女からしたら、王都がどうなろうと興味がなかったからだ。ヴァストドラゴン領は豊穣な土地だ。王都や王領が戦場になったところで、ヴァストドラゴン領のみで領地運営が回るのだ。勝手にやっていろ。とセイキュアは心の中で吐き捨て、右手首の空間魔法陣から己の得物を取り出す。
それは無数の刃が連結し、魔力を込める事でそれらが回転して敵を両断する。普通であれば木を切り倒す為に使われる道具であるチェーンソーだった。
空間魔法陣から現れた己の身の丈程もあるチェーンソーを、セイキュアは右手で掴むと、その引き金を引く。この引き加減でチェーンソーの回転速度は変化する。
「ほ、本気か!? こちらはしっかりとした『王家の命』で動いているんだぞ! それは歴とした反逆罪だぞ!」
たじろぐ雑兵たち。しかしこれに対して、セイキュアは凶悪な笑顔で返す。
「だからどうした? ここにいる全員殺せば、私を反逆者と断ずる者もいなくなる」
セイキュアの狂気的な発言に、自分たちの大義名分が通用しない相手だとここにきて身体が理解する雑兵たち。それぞれの守護精霊たちも、自分たちの主が弱気となっている事に連動して後退る。
「おいおい、俺まで巻き添えにしないでくれよ?」
そんな一触即発の緊張状態の中、気の抜けた声を発する者がいた。セイキュアの後ろでまるで雲で出来たソファにでも寝転がっているような、神官服を着た男だ。
黒い短髪はワックスでオールバックに固め、その瞳は茶色。夜も遅くなってきた事で、己の無精髭が気になるのか、顎を擦る姿は戦場に立つと言うより、観戦者の立ち位置だ。
「分かっている。後ろには当てん」
「どうだかなあ」
後ろを振り向く事もないセイキュアと、そんな会話を交わす男の名は、ウェルソン・ディスノーティス。セイキュアが利用価値ありと連れ回す、ヴァストドラゴン領のデウサリウス教司教である。
「さて、この腹立たしい虫けらどもを一掃して、さっさと━━」
セイキュアがそう口にしながら、チェーンソーの引き金を強く握り、その回転速度を早めていたところに、前後から夜空に下から上へと線を描くように光源が移動し、上空でその光源が弾ける。その色は赤。魔属精霊の発現。それもレベルが8以上の魔属精霊発現を示す信号弾だ。これに思わず舌打ちするセイキュア。
これから暴れられると言うところで、レベル8以上が発現したとあっては、領主貴族としてはそちらを優先しなければならない。全くタイミングが悪い。そう思い、一度チェーンソーを仕舞おうとしたところで、ウェルソンから「待った」が掛かる。そんなウェルソンの耳元には、宙空に口だけが存在し、ウェルソンに語り掛けていた。
「どうやら位置は王領北東らしい。そしてフェイルーラから伝言。「レベル8って事にしておくから、どうぞお好きに」だとさ」
これを聞き、セイキュアの口角はこれ以上ないくらいに上がった。
「ハッハッハッハッハッ!! 貴様らも運がないな!! こんな時にまさかレベル8の魔属精霊が発現するとはな!!」
「何を笑っている!? レベル8となれば、ここで睨み合っている場合ではない! すぐに対処せねば……」
「そうだな。そして魔属精霊との戦闘で、貴様らは死ぬのだ」
「は?」
纏め役が、気が狂ったかのように笑うセイキュアに、今は共闘する時だと申し出れば、それを遮るようにセイキュアは断じ、雑兵たちは最初、訳が分からず眉を顰めたが、一人、また一人とその理由を察し始めた雑兵たちは、暗い夜空の中、その顔を青ざめさせる。
「ウェルソン、二百だ」
「それだけで足りるか?」
「ここはな。この後、北東派閥をそれこそ北東から南西へ向かう時は、一千まで数を増やせ」
「へいへい」
これだけでセイキュアとウェルソンの間では話が通用したらしく、ウェルソンの周囲の宙空に、多くの口が出現する。その数二百。セイキュアの指示通りだ。
この口こそがウェルソンの守護精霊であった。その名はビッグマウス。老若男女どんな声も発声させられ、またどんな楽器の音も再現出来る、正しくマエストロ・ウェルソンに相応しい守護精霊であった。
本来ビッグマウスは一体のみ存在する守護精霊だが、ウェルソンの第一魔法の一つに『増大』と言うものがある為に、ウェルソンはビッグマウスの数を増大させる事を可能とする。その最大増大数は一万。歌奏魔法も習得しているウェルソンが戦場でこれを行えば、一万人分のバフデバフを戦場にばら撒く事を可能とし、兵士たちはそれぞれ一騎当千の猛者となる。正しく戦場のバランスブレイカーであった。
また、それぞれの口はその感覚を共有しており、今回の場合、駐屯地に置いてきた口の一つに、駐屯地に残った兵士が、その舌に向かって長短信号と言う、「ツー・トントン」などと言葉に符合した信号を叩く事で、離れた場所にいるウェルソンまで、その詳しい内容を届ける事も可能としていた。
上昇気流で作り出した雲の上で寝転がっていたウェルソンは、上半身のみ起き上がると、懐からタクトを取り出し、これを振るう。二百の口が楽器の音を奏で、セイキュアを讃える歌を歌う。このバフにより、セイキュア自身が燃え上がる。まるでそこに太陽が生まれたかのように眩しく燃え上がったセイキュアは、その陽炎をチェーンソーへと全て移し、進行を塞ぐ雑兵たちへ向けて、横一閃にチェーンソーを振り抜いた。
「フレア・オブ・ザ・サン」
セイキュアより放たれた陽炎は、夏の太陽よりも熱く燃え上がり爆発し、空気を熱し、森の木々を燃やし、川を蒸発させた。残ったのはクレーターのような爆心地と、その周辺で燃える森の木々のみ。
「お前なあ、下が森なんだから、考えて攻撃しろよ」
ウェルソンがそう言いながらタクトを振るえば、爆心地の周囲に雨雲が出現し、ドラム缶をひっくり返したような雨を降らせ、すぐに森を鎮火させる。
「ウェルソンがいるんだ。問題ないだろ」
セイキュアは冗談とも言えない言葉を吐くと、もうこの場所には用はない。と更に北へ、北東派閥の領地へと向かってジャッジメントフェニックスを飛ばした。
この夜、北東派閥に住む人々は後にこう語る。「救済の凶星を見た」と。それはまるで燃える鳥のような形で、左右に大きく振れながら、どこからともなく聴こえる交響曲に合わせて踊るように王領に向かって飛んでいったと。
凶星からは幾万もの羽根が舞い落ち、それに触れた者は燃やされた。欲深く、悪事に手を染めていた者程にその炎は凄まじく、貴族も領民も関係なく、その炎の羽根は人々を燃やしたそうだ。そして、人々を苦しめていた者は、その羽根によって例外なく命を落としたと、生き残った者たちは語った。
王都行政府精霊対策課では、今回の魔属精霊発現事案を、「凶星事案」として記録している。




