大人にはなりきれない
「結局のところ、レオナルド・ピエロの作成した魔法陣の解読からで、今出来る事は対症療法的に魔属精霊を間引く事くらい。と言う事ですかね?」
「発言宜しいでしょうか?」
何とも無難な結果に落ち着きそうなところで、暗紫髪の軍部高官の後ろに控えていた軍人が声を上げた。皆の視線がそちらに集まる。軍部高官はどっしり構えており、部下の発言を控えるようにはしていない。直近で対処しないといけない案件なのだろうか?
「アンティークス分川の下水処理施設の問題が残っているのですが、そちらはどうしましょう?」
ああ、あったな、そんな案件も。上下水道の大工事をレオナルド・ピエロが行ったのなら、今も稼働しているアンティークス分川の下水処理施設も、レオナルド・ピエロの設計を元に作られているはず。大事を行うならまず小事から。下水処理施設がどのような魔法陣を使っているのか分かれば、そこから逆算して、王都の魔法陣の全容とまではいかなくても手掛かりくらいにはなるかな。でもなあ。
「軍官学合同で動きたいところですが、王城と行政府は、すぐにそちらに取り掛かる事は難しいかと」
「何故かね?」
軍部高官が理由を尋ねてきた。簡単な理由だ。
「北東派閥を排除したら、今度はそこに配置する貴族、武官、文官を選ばなければなりませんから。今回の件を鑑みて、下手な貴族……、王家に反抗的な貴族は配置出来ませんから、その選定に、幾らか時間が掛かるかと」
「国としてはそちらが先となるか」
これに眉根を寄せる軍部高官。
「先か後かと言う問題ではないので、軍部や魔法学校に、先行して下水処理施設に向かって貰い、解決して下さるなら、こちらはそれで構わない……、ですよね?」
いや、俺はどの立場でこんな発言をしているのか? などと思いながら、セガン監督官の方へ視線を向ければ、深々と頷いてくれたので、どうやら俺は王家側の立場らしい。
「軍学合同で調査し、場合によっては解決までしてしまって良いと?」
軍部高官の問いに、俺は手に持った資料に再度目を通しながら、質問に答える。
「別に、軍部と魔法学校合同で行わなくても構わないと思いますが、まあ、情報共有と言う面を考えると、軍学合同で事に当たって貰えるとありがたいですかね。ついでにその情報を王城や行政府にも流して貰えるとありがたいですね」
「ここからは王城と行政府、軍と魔法学校で分かれて対処すると言う事だな。了解した」
軍部高官が深く頷く。
「北東派閥の人事が速やかに終われば、王城や行政府も加わると思います。今回の件で幾つもの中小領主貴族、騎士貴族を処分する事になるので、王城や行政府で働く法衣貴族だけでなく、一般市民上がりで王城や行政府で働いている者たちも、人事移動があると思われるので、本当にそちらに人数を割けないんです。申し訳ありませんが」
「いや、下手をしたら、軍部の中にも離反者がいる可能性もある。こちらもこちらでそれを処分してからになるかも知れん」
ああ、軍部も、すぐには動けないかも知れないのか。これを聞いて、エルマ教授に視線を向けると、にこりと笑顔を返された。
「うちは王立とは言っても、ほぼ独立した組織ですから、動こうと思えばすぐに……」
「教授、今、どれだけの研究を抱えていると思っておられるのですか?」
エルマ教授がすぐにも動こうとしたところで、研究生の一人がそれを窘める。これにバツが悪そうな顔をするエルマ教授。王立魔法学校の教授ともなると、軽々と動けるものではないらしい。
「結局のところ、どこも雁字搦めで今すぐは動けない訳ですね」
俺の発言に、部屋の中がシーンとしてしまった。
「時期的には、学校もないので、軍官学で動くには絶好の時期なんですけどねえ」
「まあ、だからこそ、この時期に北東派閥を解体出来たのは重畳だったね」
セガン監督官の言葉に、皆が頷く。もう少し時期が過ぎていたら春分となり、魔法学校への入学、軍への入隊、行政府への入職と、大忙しとなっていたところだ。この時期ならギリギリ、入学入隊入職の取り消し、人事移動もスムーズに行えるだろう。ある意味グロブス王子には感謝だな。
「一週間」
俺の呟きに皆の視線がこちらに集まる。
「それぞれ抱えている案件を、一週間で片付ければ、一週間後にはアンティークス分川の下水処理施設の視察を軍官学合同で行えるかと」
「一週間か。厳しいな。十日あれば。それに一週間の間に、アンティークス分川で何かしらの動きがある可能性は否定出来ないな」
「ああ、確かに」
精霊対策課の資料によれば、レベル1から2程度の魔属精霊の発現は一日置きくらいの頻度で発生しているらしい。これへの対処を、人事にかまけて怠れば、更に魔物の発現やレベル3以上の魔属精霊の発現に繋がり兼ねない。軍部としては歯痒いところだ。王領が広大で、アンティークス分川にある下水処理施設までそれなりに距離がある為に、一カ所で張っている訳にもいかない。
「軍部で、ええ……」
「ボルドー・ディープレイクだ」
軍部高官が名乗ってくれた。
「ディープレイク家の方でしたか」
ディープレイク家はタイフーンタイクン派閥の中でも最古参の軍閥だ。それこそ、テイセウス・アダマンティアがいた頃からタイフーンタイクン家共々アダマンティア王家に仕えていた家柄である。ぽっと出の北東派閥とは訳が違う。
「ボルドー卿の差配で、信用出来る軍部を、アンティークス分川に配置する事は難しいんですか?」
これに不快感を顕わにするように眉間のシワを濃くするボルドー卿。
「軍は常々アンティークス分川には気を配っている。王領内の巡回経路でも、アンティークス分川は元々重視されており、間引きもしっかり行っている。そのうえで、下水処理施設の視察などに割く人員が足りない。と言っているのだ」
元々アンティークス分川には注視していたのに、それを蔑ろにした俺の発言を、まるで軍の怠慢のように受け取ったのだろう。ボルドー卿の語気が強くなった。が、
「でしたら、何故、それを軍内部だけで留めて、王城や行政府と共有しなかったのですか?」
俺の言い方が気に食わなかったのだろう。更に眉間のシワをきつくするボルドー卿。更にその放たれる殺気に身体が総毛立つのが分かる。
「優秀かと思ったが、ただ取り入るのが上手かっただけのようだな」
「優秀かと思っていましたが、腰が重かったようですね」
売り言葉に買い言葉で反論すれば、更に部屋を充満するボルドー卿の殺気が濃くなる。が、父上に比べれば何て事ない。そんな殺気に当てられて苛々してきたくらいだ。
「言わせて頂きますが、ここに学校入学前の小僧がいる事自体が異常である事は、ご理解しておられるのですよね? 本来であれば、貴方がた大人たちだけで解決すべき問題に、入学前から、まるで当然のように我々を利用するのは、軍人以前に、大人として恥ずべき行為であると理解して、その殺気で私を黙らせようとしている。はっきり言いましょう、こちらこそ不快です」
殺気を濃くしても黙らない俺を睨み付けるボルドー卿だが、俺の意見は間違っていないので、言い返せずに歯噛みしている。
「ここにいる全ての大人に申し上げますが、出来ないから我々を頼る。などとお考えになりませんように。こちらは善意で協力しているだけです。本来なら、この情報がアグニウス卿に渡った段階で、大人たちだけで解決するのが本道のはず。それをまるでこちらが手助けするのが当たり前のように振る舞われて、はっきり言って腸煮えくり返っているのはこちらですからね? 喚く暇があるなら、言われる前に動けよ」
俺が語気を強めて反論する姿を初めて見るアグニウス卿やボルドー卿、エルマ教授に教皇猊下は、一歩も引かない俺の姿勢に、その顔が戸惑いを隠せずにいた。俺が女王陛下にも引かない人間だと知っているインシグニア嬢やセガン監督官はスンとした済まし顔だが。学長は何が面白いのかニヤニヤしている。
「で? あんたらいつまで呆けているつもり? 一週間。これは最低ラインだ。もしかして、一週間全部使って人事やら何やら片付けるつもり? そんなんだから後手に回るんだよ。やるならもう動き出せよ。でなきゃ、最低ラインもクリア出来ないお粗末を晒す事になるぜ?」
俺の言葉にハッとなり、それぞれが一斉に動き出すのだった。




