天才過ぎた男
「失敗……、ですか?」
流石に初耳の為、素でエルマ教授に思わず聞き返してしまった。
「そうですね、失敗と言うには些か言葉が強かったかも知れません。当時の魔法技術としては、出来得る限りの成果ではあったと思います」
「はあ」
含みのある言葉に、どうにも意を汲み取れ切れない。
「大聖堂の『契約召喚の儀』が、何故春分の頃に行われるのか、理由をご存知ですか?」
逆にエルマ教授から問い掛けられる。
「世界に存在する魔力は、一つのところに留まるのではなく、風や水のように世界を循環しており、それは夏には天高く昇り、秋に降下し、冬には大地に染み込み、春に芽吹く。だからその循環に合わせて、春分の頃に『契約召喚の儀』を行う、ですよね? 春の芽吹きに合わせる事で、契約する守護精霊が自身に合った精霊になり易くなるから」
「素晴らしい! そこまで理解している者は、王立魔法学校でもそう多くありませんよ?」
これは褒められているのか? 思わず眉間に力が入ってしまう。
「それが、テイセウス計画の失敗と関係があるのですか?」
俺が困っているのを感じ取ってか、インシグニア嬢がエルマ教授に尋ねる。
「素晴らしい! そことそこを結び付けられるなんて、流石は将来グリフォンデン領の領主となられるお方です」
エルマ教授は、褒めて伸ばす感じの教育方針なんだろうか?
「それで? どうなんだ?」
痺れを切らしたアグニウス卿が、少しだけ語気を強めてエルマ教授に問う。
「関係あります」
まあ、この流れで、逆に「無関係です」はないだろう。
「ここ王都アダマンタイタンは、周囲より魔力を吸収する事で、城壁を強固とし、城壁内の王城や大聖堂、尖塔などの施設を、年間通して運用しております」
「そんな事は、ここにいる全員分かっている事だ」
アグニウス卿の言に同意ではあるが、
「それが、過去において、恐らくテイセウス計画が完了した段階では不完全だった。と言うのがエルマ教授の主張かと」
俺が補足を入れると、これに得心するアグニウス卿に、満面の笑みとなるエルマ教授。
「その通りです! 守護精霊召喚の儀式は、王都の大聖堂が完成した当初より年間を通して行われていた記録が残っているのですが、それがいつしか、『契約召喚の儀』と言う形で、春頃に行われる行事として定着しました」
昔は年間通して守護精霊召喚を行っていたのか。俺もこれには昔から疑問があった。何故、『契約召喚の儀』は春分の頃限定で行われているのか。王都への魔力供給は年間通してなのに。理由はちゃんとあった訳か。
「ここアダマンタイタンは、城壁こそほぼ完璧な形で完成されましたが、当初その内部の魔力の流れは余り安定しておらず、時々魔属精霊が出現する事もあったようです。そのように魔力の流れが安定しない中では、守護精霊召喚も安定はしなかったようで、守護精霊召喚の儀式は段々とその回数を減らされていき、辿り着いたのが、春の芽吹きとともに守護精霊を召喚すると、召喚者と相性の良い守護精霊が召喚される。と言う結果だったようです」
へえ、言われれば確かに、不撓の花園は地面にある訳で、恐らくあそこには守護精霊召喚の魔法陣が描かれている訳で、それなら冬のうちに地面に染み込んだ魔力が芽吹く春に守護精霊召喚の儀式を行うのが、理に適っているか。
「ですが、これはある時代までの話です。それ以降は、実は春夏秋冬どの季節にどの時間に守護精霊召喚の儀式を行っても、召喚者と相性の良い守護精霊が召喚されるようになっていたのです」
ああ、何となく流れが見えてきたな。
「ここに関わってくるのが、先にも話題に上ったレオナルド・ピエロです」
レオナルド・ピエロ。時代を百年進めた男。様々な分野の天才であり、この男の残した五千ページを超える手稿には、人体や、植物、動物、魔物、精霊に関するスケッチや、可変式の橋などの建築物や、現代の銃の原型などの道具の草案、魔法陣の図案、詠唱の文言などなど、正に多種多様なメモが記されている。百年どころか、二百年、三百年進めているかも知れない。
「レオナルド・ピエロは、ここアダマンタイタンが不完全である事を理解していたようです」
エルマ教授の言葉を聞き、俺が頭に浮かべたのは、演劇やシネマとして引っ張りだこの作品『ピエロライフ』だ。レオナルド・ピエロの生涯は、その功績と反比例して、謎に包まれている部分が多い。先の手稿にも、欠落部分がある事が分かっており、その欠落部分に何が描かれていたのかを、劇作家たちは想像で補い、『ピエロライフ』を演出する。
作家によっては、隠された手稿に描かれていたのは、世界を一変させる大魔法であるとか、アダマンティア王国を転覆させる謎であるとか、または愛しい相手へのラブレターであるとか様々で、同じ『ピエロライフ』と言う題材であっても、作家の個性が引き出される脚本なのだ。
実はこの『ピエロライフ』の元ネタは、レオナルド・ピエロの死後に、レオナルド・ピエロの住んでいた家から発見された、レオナルド・ピエロの日記から始まっている。この日記も如何にもわざとらしく破り捨てられたページがあるようで、最初の劇作家はここから着想を得たらしい。とても興味をそそられるが、現在はこの日記は何処かの貴族が所有しており、その内容は謎に包まれている。
「休戦期にレオナルド・ピエロによって改修されたアダマンタイタンは、その力を十全に引き出されたと言えるでしょう。上下水道を上手く配置する事で、王都内の魔力の流れはスムーズとなり、結果、大聖堂では年間を通していつでも守護精霊を召喚出来るように差配されました」
エルマ教授の口からこれだけ聞くと、良い事のように思えるが、そうじゃなかったから、俺たちは集まっているのだ。
「レオナルド・ピエロはここアダマンタイタンを完璧なものにした。いや、完璧にし過ぎた。これが魔属精霊が増加傾向にある理由ですか?」
俺がエルマ教授に尋ねると、また満面の笑みを見せる貴婦人。彼女にとって、ここでのやり取りはとても満足いくものであるのが、その笑顔から分かる。
「ええ、正にその通りです!」
「……どう言う事だい?」
笑顔のエルマ教授とは反対に、困惑顔のセガン監督官が俺に説明を求めてきた。
「エルマ教授が先に仰られていたように、この王都が完璧な形となったなら、王都に流れ込む魔力量もまた増大したはずです。大地や大気から吸収する魔力量が増えれば、当然周辺の、王領の魔力量は少なくなります。魔力は生命力にも繋がり、生命力の弱いものは、精霊の影響を受け易くなる訳で、ここ物質界では、普通は物質として確かに存在している動植物の方が、精神体である精霊よりも、強力な生命力を持っている訳ですが、生命力が弱くなれば……」
「自然精霊も魔属精霊に早変わりと言う訳か……」
セガン監督官の独り言のような呟きに、俺とエルマ教授が首肯する。
精霊は大きく分けて、守護精霊、自然精霊、魔属精霊の三つに分類される。ではこれら三つは何が違うのか。答えは簡単で、支配権だ。ある特定の精霊に対して、その精霊を支配下に置いた場合、その精霊は守護精霊と呼ばれる。守護精霊なのに、支配権は守護精霊にはないのだ。
その逆が魔属精霊だ。動植物、または人間を支配下に置いた精霊を魔属精霊と呼ぶ。そして魔属精霊の支配下のものを魔物と呼ぶのだ。こちらも魔属精霊なのに、魔の支配下に属している訳ではない。
そして、何かの支配下にあるとか、支配的であるとか関係なく、この物質界に存在しているのが自然精霊である。ジュウベエ君のまつりちゃんなどは元は自然精霊であったようだが、これをジュウベエ君が支配下に置いた事で、自分の守護精霊としている。もしもまつりちゃんの方がジュウベエ君を支配下に置いていたら、まつりちゃんは魔属精霊と呼ばれる事となっていただろう。
まあ、俺が自然精霊である空イルカにお願いしたりする場合もあったりするので、あくまで大別すると、だけど。
「結局、レオナルド・ピエロが天才過ぎたが為に、後の世を生きる我々が割りを食っている訳ですか」
「そうなりますね」
これには誰ともなく皆が嘆息をこぼす。
「これって対応策は?」
俺の質問にエルマ教授は首を横に振る。
「我々も、今日気付かされた身ですので、研究や対策はこれからかと」
しっかりした対策は、今後も対症療法的に魔属精霊を間引きながら、発見する以外ないか。王都の魔力吸収をやめれば、各地の魔力量も元に戻るかも知れないけれど、それをやると、今度は王都に魔属精霊が出現するようになっちゃうもんなあ。




