歴史の裏
「フェイルーラ君的には知っていて当然って感じなんだね」
インシグニア嬢に手渡された王立魔法学校の資料に目を通していたところ、俺がぼそりとこぼした言葉に、セガン監督官が反応した。いや、うちの派閥の二人を除き、全員が何で知っているのか、不思議そうにこちらを見ている。これに目を細める。
「王立魔法学校では、国内の受験生は必ず歴史問題を受験するのですが、その中に、絶対一つは王都に関する問題が含まれているんです。大聖堂と上下水道工事に関しては、『レオナルド・ピエロの有名な建築物は?』と言うのが通常問題で、『レオナルド・ピエロが大聖堂と同時期に設計したものは?』とは頻出しないんですが、時代の違うテイセウス計画は、結構な頻度で歴史問題に出てくるので対策していただけです」
俺が説明すると、今度は全員が目を細める。何これ? とグーシーに視線を向けるも、グーシーも肩を竦めるばかりだった。う〜ん、今はそんな事にかかずらわっている場合じゃないんだけど。
「それで、…………レディの資料から、テイセウス計画も関係しているそうですが?」
「フェイルーラ様、エルマ教授です」
話を元に戻そうとしていると、インシグニア嬢から、俺とは逆側に立つ女性が誰なのか説明が入った。どうやら王立魔法学校の教授らしい。このテイセウス計画の資料を持ってきたと言う事は、歴史学の教授なのかな? それにしては俺がテイセウス計画を知っていた事に驚いていたようだが?
「で、テイセウス計画と言うのは?」
アグニウス卿からこちらに疑問が投げ掛けられた。これにエルマ教授と視線を交差させて、どちらが説明するか逡巡するが、部屋の他の面々の視線がこちらに向いているので、俺が説明した方が良いのだろう。いや、
「どこまで説明されたんですか?」
エルマ教授に尋ねる。
「アダマンタイタンを巨大な魔法陣にするのが頓挫し、それに対してテイセウス王が長期的にアプローチしたところまでです」
はいはい。と頷く。
「ええ、テイセウス計画は、まず、最初に王都を通常の石材で囲い、それを順次魔法を掛けた石材と置換していき、最終的に王都全体を魔法石材で囲う。と言う計画です」
「成程」
アグニウス卿を始め、皆が頷く。
「この場合、最初の投資は普通の石材なので、グリフォンデン領などから運び込む事で、王都を造る事自体は最初から巨大な魔法陣を造るのに比べれば安く済みます。しかし普通の石材なので、強度的には低い」
「それで順次魔法石材と置換していった訳か」
アグニウス卿の言葉に今度はこちらが頷く。
「ただ、これにも問題があり、現在の王都に住んでおられる皆様ならお分かりかと思いますが、この規模の王都を囲う魔法石材ですから、全体を囲い込むには、当然時間が掛かります。その時間はテイセウスの計画立案から、王都が完全に魔法石材で囲われるまで、ゆうに五十年以上の時を要しました。その間に四代アダマンティアの王は代替わりしています」
これに閉口するこの場の面々。建設に魔法を使っての五十年だ。もしこの世に魔法がなかったら、最初の通常の城壁を築くだけで五十年掛かっていただろう。
「昔の人間は、とても忍耐強かったのだな」
そんな中で教皇猊下だけが、他人事のように呑気にお茶を飲んでいた。まあ、ここまでは教会関係ないように聞こえるしね。
「教会も無関係ではありませんよ?」
「このテイセウス計画でアダマンタイタンは出来た訳で、それはつまり、当時の大聖堂も魔法石材の城壁に囲われたのと同時期に完成した訳です」
「それは……、まあ、そうだな」
いまいちピンときていないらしい。ここにエルマ教授が、
「大聖堂完成当初より、不撓の花園は存在し、そこで守護精霊を召喚する事が出来る。と言う事が、デウサリウス教の奇跡と当時は呼ばれていたようで、それが現在まで続くデウサリウス教の繁栄にも寄与しているようです」
「……ふむ」
エルマ教授の言葉に、教皇猊下も考えを改めたようだ。
さて、ここで少し詳しくデウサリウス教の成り立ちについて説明しておきたい。デウサリウス教は四賢者から始まる。
デウサリウス神より預言を賜った四賢者は、それぞれ東西南北へと分かれ、世界の果てまで歩き回り、またここアダマンティアまで戻ってきた。戻ってきた四賢者にはそれぞれ四人の弟子がおり、彼らは四賢者の指導の下、四使徒と呼ばれるようになるまで成長する。そして四賢者の地位を継ぐ事となる。この、四賢者→四使徒→四賢者と言う構図は何代か続き、その内にこれら四使徒や四賢者を超える存在が現れる。それが教皇の前身であるメッサー教導である。
メッサー教導にはデウサリウス教で頂点に立てる不思議な力があった。それが守護精霊の召喚だ。この守護精霊召喚により、それまでアダマンティアに幾つもある宗教のうちの一つだったデウサリウス教は、一気にアダマンティアの国教にまで伸し上がる。
メッサー教導の死後も、デウサリウス教は教導を擁立し、それを四使徒または四賢者が支える形でデウサリウス教を広めていった。しかしいつしか教導や四使徒、四賢者は形骸化し、代わりに、教皇と複数の枢機卿を頂点としたピラミッド形の組織となっていく。
時代によってデウサリウス教の権勢は強くなったり弱くなったりしたが、それでも現在までアダマンティアの国教であり、世界で信仰されている。これを盤石としているのが、メッサー教導から続いている守護精霊の召喚、現在の『契約召喚の儀』である。
最初のうちはその時代の教導と、四使徒や四賢者によって召喚されていた守護精霊だが、現在は五人も必要なく『契約召喚の儀』が執り行われている。何故か?
それがここ王都の大聖堂にある不撓の花園に組み込まれた魔法陣による為だ。代々、過去には教導から、現在では教皇へと口伝で伝わる秘術と、不撓の花園の魔法陣が組み合わさる事で、教皇一人の魔力で、相手に合った守護精霊を召喚出来るのだ。
つまり、長々語ったが、王都あってこそ、大聖堂あってこそ、不撓の花園あってこそ、教皇一人で『契約召喚の儀』が執り行える訳で、王都とデウサリウス教は切っても切り離せない関係と言う事だ。
「ですが、テイセウス計画は、結局失敗に終わりました」
「へ?」
エルマ教授の口から、思わぬ言葉が転び出て、皆の目がまん丸になりながら、エルマ教授に注がれる。テイセウス計画が失敗していたとか、俺からしても初耳なんですけど?




