大物
「ふむ。フェイルーラ君の事は分かった。が、ここで彼が戻ってくるまで、大人たちが彼の話で花を咲かせている訳にもいくまい。ディリジェン、先に進めてくれ」
「え? 宜しいので?」
父上の言葉に、父上の派閥なのであろう精霊課の職員さんは驚いて目を見開く。
「問題ない」
それに対して、父上は軽く摘めるドライソーセージを口にしながらそう述べた。フェイルーラ様が、ここら辺の資料を会議前にグーシー君と打ち合わせていたのを見ていたのだろう。
「え、えー、分かりました。今回の大聖堂の再建設と、王都地下の上下水道工事ですが、その双方に共通しているのは、設計者です」
「設計者だと?」
これに反応したのは教皇猊下でした。現在の大聖堂を設計した人物は有名人であり、彼の設計だから、これ程素晴らしい大聖堂となった。と世間では言われているからです。そして王立魔法学校側にも若干の動揺、苦笑いが見えました。
「はい。上下水道の設計をしたのは、大聖堂と同じ、レオナルド・ピエロです」
これに部屋は静まり返ります。レオナルド・ピエロは、万能の天才と呼ばれており、絵画、彫刻、音楽、建築、魔法など、あらゆる分野で突出した才能を世間に示した人物で、彼の作品からインスピレーションを受けた後継たちにより、世界の時計は百年以上進んだと言われる程です。そんな人物が、今回の件に関わってくるとなると、気を引き締めなければなりません。
「教会からは大聖堂の設計、王国からは上下水道の工事の設計、これら二つがほぼ同時期にレオナルド・ピエロの下へ要請されていたようです。そして、それはレオナルド・ピエロに受理され、設計され、施工された」
「そして時計回りに強大な魔属精霊が出現するようになった……、か」
父上の言葉に職員は首肯します。
「報告ご苦労。下がり給え。次は、王立魔法学校からか」
フェイルーラ様がこの場にいないので、父上が回し役となり会議が進んでいきます。王立魔法学校側から数名が立ち上がり、真っ赤なフォーマルドレスを着た、暗緑色の髪を頭の後ろで纏めた青い瞳の、とても凛とした貴婦人然な女性が、先程まで職員の立っていた場所に向かう中、その他の白い制服を着た研究生たちが、こちらに資料を配布していきます。私のところにも来ましたが、フェイルーラ様の分も含めて、二部貰っておきました。
「ええ、王立魔法学校で教鞭を執るエルマ・クァグマイアと申します。普段は精霊学の研究と教師として教鞭を執っております。今回、大聖堂と行政府から提供して頂きました情報から、短い時間ですがその解読に努めてまいりました。皆様、プロジェクターの画面とともに、お手元の資料を参考に、私の意見に耳を傾けて下さい」
彼女がそこまで言うと、プロジェクターの画面が切り替わります。ちらりとプロジェクターを操作するグーシー君の方へ目をやると、プロジェクターを操作しているのはグーシー君から、研究生に変わっていました。グーシー君は真剣に資料に目を通しています。
「セガン監督官より、今回の一件が私の研究室に齎され、我々はすぐにこの情報を魔法と言う観点から多角的に精査させて頂きました。旧王都にある分校ともやり取りし、百二十年前以前の情報にも目を通させて頂きました」
確かに、現王都よりも古い街である旧王都であれば、この件に関して、更なる情報も出てきておかしくありません。流石は王立魔法学校で教鞭を執っておられるお方です。どのように情報のやり取りをしたのかは不明ですが。
「その結果、そもそも、百二十年前以前のこの王都の大魔法陣化計画が、一度頓挫している事が発覚しました」
「頓挫?」
思わず父上の口から声がこぼれました。
「はい。中継基地的役割として建設が計画されたここアダマンタイタンですが、これを建設するには、当時のアダマンティアでは資金も資材も足りず、巨大な魔法陣化は中止となり、普通の城塞都市として建設する事となった。との資料が発掘されました」
言われれば当然の事です。都市全体を巨大な魔法陣とするなんて、現在のアダマンティアでも、同様の理由から建設は不可能でしょう。ですが、私たちはその不可能なはずの都市で暮らしています。
「では何故現在、このアダマンタイタンは巨大な魔法陣として機能しているのか。それは、一人の王による、大胆な、そして超長期的計画により、決行されたからです。その王の名は、テイセウス・アダマンティア」
その名前にはアダマンティア王国の子供ならば、聞き覚えがあるでしょう。王子時代は冒険家、詩人としても有名で、「二度の大海にありて、されどそこに等しき水なし」との詩を残し、その冒険活劇は幾度となく演劇やシネマの題材となった人物です。
またも大物の名が俎上に上がり、世界が複雑に絡み合っている事に胸の鼓動が早くなるのを感じます。
皆がエルマ教授の次の言葉を待っていると、不意に部屋の扉がノックされ、皆が一斉に扉へ視線を向けます。そこには話を中断された少しの苛立ちがありましたが、
「フェイルーラです」
との声が聞こえれば、それも霧散しました。
「入れ」
父上の言葉で扉は開かれ、フェイルーラ様が部屋に戻って来られました。音がしないようにそうっと扉を閉めたフェイルーラ様は、部屋の全員の視線が自分に向けられている事に、何とも居心地悪そうに顔を歪めながら、ご自分はグーシー君へ視線を向けます。
するとグーシー君は私の方を手で指し示しました。私がフェイルーラ様の分も資料を受け取ったのを見ていたのでしょう。そしてこちらを見たフェイルーラ様は、少しだけ眉根を寄せてから、扉をちょっとだけ開けると、外の誰かに何やらボソボソと話してから、再度扉を閉めて、こちらへやって来ました。
「すぐにおかわりが来ますから、それまでお待ち下さい」
言われてハッとすると、私と隣りの教皇猊下の前の食事だけ、既に食べ終えていました。他の方々の前は、殆ど手が付けられていません。少し恥ずかしくなり、身を縮こませながら、フェイルーラ様に、王立魔法学校の資料を渡しつつ、これまでの経緯を軽く説明します。
「テイセウス? ……ああ、テイセウス計画まで絡んでくるんですか」
どうやらフェイルーラ様はエルマ教授が説明したい事を知っておられたようで、納得しながら、ご自分の分のクッキーを一つ食べ、ジュースを一口飲むと、また部屋の左手端へと戻っていきます。そしてそれに合わせるかのように、部屋の扉がノックされ、店員たちがフェイルーラ様により部屋に招かれると、食べ終わった食器類などが片され、空いたスペースに再度食事が並べられていくのでした。




