嫌らしい
午後の練習も終え、汗もびっしょりかいたので、神官さんたちから服を借りて、インシグニア嬢と二人の侍女たちと車で昨日のレストランへ向かう。大聖堂も関係あるかも知れない。と言う事で、教皇猊下も後から来るそうだ。
自領だと夜になるとほぼ真っ暗になるが、王都は至るところに街灯があり、夜でも明るく、その中を車で走るのはとても幻想的だ。夜を車 (バス)で走った事は何度もあったが、やはり美しいと感じる。
「ふふ」
「ほえ?」
インシグニア嬢の方から笑い声が聞こえ、振り返る。
「済みません、まるで子供のように夜景に目を輝かせていたもので」
うぐっ。田舎者が顔を覗かせてしまったようだ。恥ずかしさで顔が火照っているのが分かる。
「は、ははは、ね?」
何が「ね?」なのだろうか。こう言う時に気の利いた台詞でも言えれば……、いや、その前にこんな事で動揺するのが情けない。自身の間抜けさに心の中で嘆息しながらも、笑顔を絶やさずレストランへ向かうのだった。
✕✕✕✕✕
「?」
レストランに到着すると、入り口で何やら揉めている。はあ、これからあれやこれやセッティングしないといけないのに、やめて欲しい。
「少々ここでお待ち下さい。何事か尋ねてきます」
インシグニア嬢たちにそのように説明して、車から下りてレストランの入り口に向かうと、その理由が喚いていた。これに思わず嘆息してしまう。
「入店拒否とはどう言う事だ!」
「ですから、何度も申し上げました通り、店内で騒がれますと他のお客様のご迷惑となりますので、今後は入店禁止とさせて頂きたく……」
「ふざけるな! 俺はこの国の第二王子だぞ! それを入店禁止にするつもりか!!」
「国の王子なら、人通りのある場所で、無闇に喚かないと思いますけど?」
俺が押し問答しているところへ割って入れば、その場の全員の視線がこちらに向けられた。う〜ん、圧が凄い。
「貴様は……! エスペーシの兄貴か! これは貴様の仕業か!」
グロブス王子は、それなりの数の令嬢を連れていたが、その中にフレミア嬢はいない。恐らくグリフォンデン寮の令嬢たちであろう方々と親交を深める為にこのレストランを使用しようとしたようだが、肝心の第一婚約者のフレミア嬢を蔑ろにするような行動だ。入学前だと言うのに、何がしたいんだこの人?
「聞いているのか!」
「ああ、はいはい。グロブス王子殿下の入店拒否は私の指示です」
「どう言うつもりだ!」
いや、店長さんが言われた通りの理由だけど?
「迷惑客を排除するのは、店として当然の事ですが? そうしないと、店が迷惑客の横行で潰れてしまいますから」
「め、迷惑客だと!?」
どうやらグロブス殿下は自分が迷惑客だと言う自覚がなかったらしい。目を白黒させながら、俺と店長さんを交互に見ている。
「ふ、ふ、ふざけるな! 俺はこの国の第二王子だぞ! それを迷惑客と同列に扱うとは、何と不敬な! 王家である俺への暴言、その首がなくなる覚悟があって、俺に反抗しているのだろうな!」
魔力量は圧倒的に向こうが多いのに、やっている事が小型犬みたいにキャンキャン吠える事とは、この王子の残念さよ。王家に生まれたからって、それだけで偉い訳じゃない事を理解していないのかな?
しかし、ここでいつまでも王子の相手をしている訳にもいかない。さっさとカタを付けるか。
「分かりましたよ。あれでしょ? お得意の『王家の命』をここで発動したい訳でしょう? それで私を排除して、レストランでそこの令嬢たちにチヤホヤされたいと」
「貴様、本当にその首を刎ねられたいらしいな」
あらあら、可愛らしい王の武威です事。
「首を刎ねられるのは遠慮したいですね。王子、王印は持っておられますか?」
「当然だ!」
……え? 半分冗談のつもりで言ったのに、当然なの? 王印は王族の証だ。それを誰かに盗まれでもしたら、『王族の命』をどこの誰か知らない奴が発動し放題なんだけど? まあ、今はその問題は横に置いておくか。
「では、すぐに文書を作成しますから、そちらにサインと王印をお願い出来ますか?」
「? ああ、そう言う事か。確かに、形として残しておいた方が、後々揉めないからな」
「ソウデスネー」
そんな訳で俺はレストランのレジカウンターをお借りして、さっさとそれっぽい文書を作成する。
「では、これにサインと王印を」
俺がグロブス殿下に頼むと、俺から文書を掠め取ると、レストランの外壁に文書を押し付け、文書の内容を読む事もせず、サインをして王印を押した。
「ふん。始めからこうすれば良かったんだ」
「ソウデスネー、ではお帰り下さい」
俺はさっさとその文書を返して貰い、グロブス殿下一行にお帰り願う。
「んなっ!? ふざけるな! 今サインしたばかりだろうが!」
「だからお帰り願うのですが?」
「なん、だと?」
はあ、何を思って俺の妹はこの人とキャッキャしていたのか、理解に苦しむ。
「先程殿下がサインしたのは、今後一切この店に立ち入らない、干渉しない。と言う誓約書です。それにサインして、更に王印までしたのですから、これは正しく『王家の命』そのもの。ですのでお帰り下さい」
「ふざけるな! そんなもの無効だ!」
この人、何回「ふざけるな!」って言うんだろう? まあ、喚いたところで後のまつりなんだけど。
「王族に名を連ねるなら知っているでしょう? この国の王侯貴族は、激情家か二枚舌だと」
俺が口角を上げると、店内のライトに照らされて真っ赤な顔のグロブス殿下がそこにいた。
「貴様! 王家を騙して、ただで済むと思っているのか!」
さっきから「貴様」「貴様」と、もしかして、グロブス殿下、俺の名前知らないのか? ええ……。まあ、俺も有名人じゃないし、そこは仕方ないか。
「でも、サインしたのはそちらですし、王家の一員なのですから、『王家の命』には従って頂かないと。他の王族に示しが付きませんから」
「ふざけるなよ! 貴様!」
この人、「ふざけるな」と「貴様」しか語彙がないのかな?
「王子である俺を騙した罪、万死に値する! 今ここで、貴様の命で以て、償って貰おう!」
そう言うなり、グロブス王子が左手を横に掲げると、後ろに控えていた唯一の男性が、その手に鞘に収まった剣を握らせる。これにゾッとする。今から首を刎ねられるとかそんな事じゃない。その所作に、全く淀みがなかったからだ。まるで、このような場面が何度となくあったかのように、控えていた男性はグロブス王子に剣を差し出し、グロブス王子は鞘から剣を抜いた。これが常態と言うなら、それこそ異常だ。
「大丈夫ですか?」
そこへ更に割って入ってきたのはインシグニア嬢だった。ただならぬ雰囲気を感じ取り、姿を見せたのだろう。これにグロブス王子が口角を上げた。
「ハッハッハッハッ!!」
大笑するグロブス王子。え? 何が可笑しいの?
「何だかんだ理由を付けて俺を追い出そうとしておいて、結局は自分も他の女と逢瀬を楽しもうとしていただけじゃないか」
は? 何を言っているの? 言いながら睨めるようにインシグニア嬢を上から下まで見定めるグロブス王子。
「教会の尼官か。教会は何かと口煩いから、まだ手を出せていなかったんだ。女、俺がこいつの首を刎ねた瞬間から、貴様は俺のものだ。その事を心に刻んでおくんだな」
? …………! はっ! インシグニア嬢も練習で汗をかいたから、今は尼官の服を着ている。それでインシグニア嬢を尼官と間違えたのか! え?
「あの、そちら、インシグニア嬢なのですが?」
「はあ?」
これに変な声を出すグロブス王子。いや、こっちが「はあ?」って言いたいわ。グロブス王子は、俺にそう言われても信用していないようで(まあ、さっきの今だし)、矯めつ眇めつインシグニア嬢の顔を覗き込むが、首を傾げるばかりだ。え? 元婚約者だよ? 幾らインシグニア嬢が普段から目を隠すくらい前髪を下ろしているからって、分からない訳ないでしょ?
「知らん奴だな」
「……ええ?」
そう言い捨てたグロブス王子が剣を構える。インシグニア嬢は、その鈍色の輝きを恐れ、俺の後ろに下がり、俺の服を掴む。インシグニア嬢だけは守らねば。
「何をしている!!」
一触即発の状況に、更に別の闖入者が声を掛けてきた。




