レ点
「ふう……」
一曲弾き終わって息を吐く。たった一曲で結構な汗が吹き出したので、タオルで首や腕を拭く。やはり『夜明け、始まりの陽射し』は体力を持っていかれる。しかしたった一曲でダレたところは見せられない。振り返ると、聖歌隊の面々がこちらを見上げていた。
「お疲れ様です!」
『お疲れ様です!!』
大聖堂の聖歌隊の皆さんが元気に返事をしてくれる。まあ、皆結構へろへろだけど。
「前回よりも良くなっています。一息吐いて、マナポーションで魔力を回復させてから、もう一度通しでやりましょう!」
『はい!!』
流石は王都でも指折りの楽団と言うべきか、前回の練習よりも、魔力操作が上手くなっている。全体練習もしたのだろうが、多分個人練習もしていたと思われる。
「フェイルーラ様も」
俺がオルガン演奏を奪った為に、手持ち無沙汰になってしまった神官が、俺にマナポーションを差し出してくれた。
「いえ、私は大丈夫です。すぐに魔力が回復しますから。それは皆さんで使って下さい」
「はあ……、そう、なのですね」
あんまりピンときていないようだ。
「特殊な訓練をしているので、魔力量の上限は低いですが、回復速度は早いんです」
「成程、それで」
どうやら色々納得してくれたらしい。
「そちらはどうですか?」
俺はオルガン奏者の神官と尼官に尋ねる。この二人は俺が大聖堂にいない間のオルガン担当だ。一人ではこの礼拝堂の魔導ランタンを光らせるのに魔力量的にきついので、二人でオルガンを交互に演奏して貰っている。
「本音を言えば、大変です。今までとは比べものになりません」
魔導ランタンが、魔力量によってその光り具合が違う事に前回俺が気付いてしまったが為に、そのしわ寄せが聖歌隊に回ってきて、余計な負担となっているので申し訳ない。申し訳ないが、自分が関わる音楽に妥協する気はない。
「他の楽器奏者や合唱者は、マナポーション一つで足りるのですが、オルガンはランタン全体に影響が出るので、一つでは無理でして」
神官が眉を下げる。この大聖堂のオルガンは手鍵盤だけで五弾あるから大変だよね。
「マナポーションは足りていますか?」
「ええ。ありがたい事に、大量にマナポーションを回して頂いておりますので」
尼官がそのように教えてくれた。う〜ん、
「どのような形で使われているのでしょう?」
「? どのような、とは?」
俺の疑問が何を差しているのか分からなかったのだろう。首を傾げる尼官。
「いえ、飲み終わったポーション瓶はどうしているのかと」
「ああ、それでしたら、我々は壊す事は滅多にありませんから、空の瓶を洗浄して、ディヴォーティーズ工房に返送しています」
「あ、しっかりリサイクルされているんですね」
「はい。デウサリウス様を象った瓶ですから。販売する時も、他の瓶は魔属精霊討伐隊などによる買い取りとなりますが、デウサリウス様の瓶は使い終わった瓶をこちらで安く買い取らせて貰っています」
デウサリウス様の瓶だけなのか。ヴァストドラゴン領だと普通の瓶も聖堂や教会が買い取ってくれるけど。
「他の瓶は買い取らないんですか?」
これに尼官は神官と顔を見合わせる。どう話せば良いか迷っているようだ。
「ええと、他の瓶は専門の業者が買い取りますね」
「そうなんですね」
「こう言うのも何ですが、別の商会で買ったものも持ち込んでくる方が一定数おりまして」
ああ。王都だと、ポーションを売っている商会がそれなりにあるのか。うちだと、父上の商会と俺のところの商会くらいだからなあ。でも別の領から来た討伐隊も売っていると思う。まあ、うちの領はそもそも瓶の材料となる珪砂が余り採掘出来ないから、他所の討伐隊が空瓶を売ってくれるのは逆にありがたいと言えるが。
しかし瓶回収の専門業者とかいるんだな。状態の良い瓶は高く、割れた瓶は安く買い叩いていそうだ。そして状態の良い瓶は安く売り、割れた瓶は高く売っていそう。何せ状態の良い瓶ならそのままポーション瓶として使い回せるけど、割れた瓶は溶かしてガラス瓶に作り直さないといけないもんなあ。旨い商売だな。さて、
「休憩終わります! 皆さん位置に付いて下さい!」
『はい!!』
うん。良い返事。それで俺は、
「私は全体を俯瞰で見るので、下の長椅子の方に行きますね。二人でオルガン回して演奏して下さい」
『はい』
そんな訳で俺はオルガンのある高い位置から下りていき、何故かいる教皇猊下にそのお付き二人の前まで来る。教皇なんて地位なのに暇なのかな?
「済みません、前失礼します」
「うむ」
鷹揚に頷く教皇猊下に失敬して、前の席に座らせて貰う。
「では、最初からお願いします!」
俺の言葉に皆が頷き、神官がオルガンを鳴らし始めたのに合わせて、聖歌隊、インシグニア嬢に二人の侍女が歌奏を始める。ああ、うん。
「ストップー!!」
演奏して半分程経って俺は中止させた。それなりに出来ていると思っていたのだろう。どこが悪かったか分からなかったようで、皆の顔は少し不安気だ。
いや、一人一人の演奏や歌は確かに素晴らしいのだが、恐らく個人練習の弊害だろう。マイクに魔力を加えるタイミングにバラつきが見られる。これは美しくない。う〜ん、どうするか。
「インシグニア嬢、一度五小節程歌奏して貰えますか?」
これに頷いたインシグニア嬢が、見事に八弦のエラトを五指の爪で『夜明け、始まりの陽射し』を弾く。普通は六弦に爪三つで弾くので、その分アレンジ入っているのに、全く違和感を感じさせない素晴らしい演奏だ。
「ありがとうございます。続いて、ホルンの貴方、そう貴方。同じ箇所を弾いてみて下さい。大丈夫。緊張しないで」
そうは言ってもインシグニア嬢の後では緊張しちゃうだろうけど。それでも五小節弾き切る神官。
演奏は大聖堂の聖歌隊らしく素晴らしい。
「次、ビオラの貴女」
「合唱隊」
そんな感じで、各パートに演奏歌唱して貰ったが、やはり個人練習のツケだろう。マイクのタイミングがバラバラだ。う〜ん。
「インシグニア嬢」
「はい」
「済みませんが、今回は折れて貰えますか?」
「はい」
「折れるとはどう言う事かね?」
俺がインシグニア嬢にそのように頼んだところで、教皇猊下が理由を尋ねてきた。まあ、『歌姫』に折れろ。は理由を聞きたくなるよね。
「今から、聖歌隊用に、マイクのペダルを踏むタイミングを記載した楽譜を作ります。しかしそうなるとインシグニア嬢の実力を十全に発揮出来ません。しかしそれで良い。と私は思っています。毎回セレモニーの度にインシグニア嬢に出張って頂く事は出来ませんから。聖歌隊の方に合わせたペダル記号を加えた方が後々良いとの判断です」
「……成、程?」
完全に理解した訳ではなさそうだが、納得はしてくれたようだ。
「そんな訳なので、皆さん、楽譜を持ってきて下さい。ペダル記号を加えます」
そんな事を俺が口にするなり、皆が俺の前に列を作り始める。そしてそれぞれの楽譜にレ点のような記号を書き込んでいく。それとまず最初の最初にペダルを踏み込んでおく。と言うのも書き込んでおく。ここら辺もちゃんとした記号が欲しいけど、大聖堂の聖歌隊しか使わない記号だもんなあ。
✕✕✕✕✕
その後、何度か一曲通して『夜明け、始まりの陽射し』を聖歌隊、インシグニア嬢に侍女二人に演奏して貰ったが、ペダルの踏み込みは格段に上がった。やっぱりペダルのタイミングが合うとランタンの光り方も揃って、この美しい大聖堂の礼拝堂が更に華やかで美しくなるな。
「うむ、成程」
どうやら教皇猊下にも俺が何をしたのか理解出来たらしく、俺の後ろの席で「うむうむ」と頷いているのが窺える。
さて、そろそろ昼時だ。午前の練習も切り上げ時かな? などと思っていると、教皇猊下のところに、神官が一人やって来て耳打ちする。これに頷く教皇猊下。
「フェイルーラ君、君に二件テレフォンが来ているそうだ」
「二件、ですか?」
一件はグーシーたちだろう事が分かる。朝頼んでいた事が進展したのだろう。もう一件は何だ? まあ、良い。
「では、もう昼時ですし、午前の練習はここで切り上げで宜しいでしょうか?」
「おお、もう昼時か。素晴らしい歌奏を見惚れて、時間を忘れていた。うむ。休憩にしよう。皆の者、昼休憩だ。午後の練習の為にも、英気を養い給え」
『はい!』
教皇猊下のお声に、皆がやっと練習から解放された。なんて顔をしていた。




