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師は、初弟子の為に力を尽くすものである

 執務室の外に響く、大きな足音が徐々に遠ざかっていくのを聞きながら、ガイゼンは三度、大きくため息を吐く。

 今度のため息は、これから起きるだろう騒乱を考えてのものだった。


 今回の件で、皇帝と貴族間との間に、表立って大きな亀裂が入ることは無い。

 しかし、帝国内部に潜む権力闘争の渦を、大きくかき回す事態にはなった。


 フィアを取り囲む情勢についても同じだ。

 アウレスという最高の後ろ盾を得はしたが、皇妃たちの敵意は皇帝が割って入っていた可能性よりも、加熱したものに変化している。

 他の皇室の子との仲も、余計に拗れるに違いない。


 決していいことばかりとは言えない結果に頭を痛めつつ、しかしこれが最善だったのだろうと、ガイゼンは判断する。

 フィアにとってアウレスはこれ以上ない師であり、何よりも堅固な盾となる。

 

 それに、末娘は権力闘争など気にも止めていない。

 あの娘が見ているのは魔族であり、滅びゆく世界を護ること。

 皇妃たちが何かしらの妨害をしようとも、互いの目的がまるで違う内は、その一部は暖簾に腕押しとなるに違いない。


 ......貴族ならば、今の世界情勢では権力争いに固執しても意味が無いと、分かりそうなものだが。

 魔族の侵攻の前には、権力の有無など意味を為さず、死んでは地位も何も無いというのに。

 あるいは滅びを越えた先を見据えての事なら、前向きなことだとある意味感心できるが、ガイゼンから見ても、あれはまだ大丈夫だと楽観視しているとしか思えなかった。


 少しはフィアを見習い、彼女の爪の垢を煎じて飲めと、ガイゼンは思わずにはいられなかった。


「クカカッ、上の立場は苦労が多いな?」


 横からのちゃちゃに、眉間の皺が深くなるのをガイゼンは自覚する。

 執務室の来客用ソファーでくつろぎながら、アウレスは愉快そうに笑っていた。

 当事者のはずなのに、まるで他人事のように言う彼に、思わず向ける視線が鋭くなる。

 それを見たアウレスは、またも快活な笑いを浮かべていたが。


 アウレスもまた、権力闘争など気にも止めていない。

 娘と同じく、その眼は一直線に、魔族へと向けられている。

 違いがあるとすれば、彼の力と立場は、大貴族の妨害すらまったく意に介していないくらいか。


 よく似た師弟だとガイゼンは呆れつつ、()()()()()弟子に取ったのだろうと、納得もしていた。

 

 ガイゼンとアウレスの関係は、十歳の頃に初めて会ってから、もう三十年近い付き合いになる。

 歴代の皇室の子の中でも、弟子には取らずとも高評価を受けたガイゼンは、歴代皇帝の中でも良好な繋がりを、アウレスと保っている。

 そんなガイゼンをしても、ここまでテンションの高い、愉快そうなアウレスはめったに見たことが無かった。


 どうやら此度の出会いは、フィアだけでなくアウレスにとっても、有意義なものとなったらしい。

 娘師弟の関係が良好そうなことに安堵しつつ、ガイゼンは話を戻す。

 皇妃が来る前にしていた、フィアに関する話を。


「......それで。フィアから神託に関して、聞き出せたことはあるのか?」


「......ああ、まあな」


 アウレスは笑みを引っ込め、執務室の空気が引き締まる。

 問いに対して、アウレスの返答はどこか、歯に物が詰まったようなものだった。

 アウレスらしくない返答に、思わず首を傾げるガイゼンに対し、彼は言葉を続ける。


「アレを神託、と言い切って良いかは、俺には判断がつかん。神託にしては、あまりに情報量が多い上、大半の者はそれを聞いても相手の正気を疑うだけだろう」


 それも、当然の事だろう。

 フィアの話はあまりに荒唐無稽で、空想の話としか思えないものばかり。

 だからこそフィアは、その話を口にすることはほとんどしなかった。


 彼女の話を信じる者がいるとすれば、それは心の底から忠誠を誓う従者。


「だが、俺の四百年前の経験と照らし合わせれば、がぜん真実味を帯びる話だ。......まさか、こんな情報源が現れるとは、想定外にも程があったがな」


 そして、フィーの話を信じだけの根拠を持っている、魔族との長き闘争の生き証人ぐらいなものだろう。


「......っ!?」


 ガイゼンは驚愕する。四百年前といえば、アウレスが魔王の元に至った時の話だろう。

 つまり娘は、元凶たる魔王に関する神託のような何かを授かったのだと、容易に想像がつく。


 ......実際は、それどころの話ではないのだが。


 アウレスにしても、今回得た情報は、あまりに濃いものだった。

 聞いている限り真実味は高いだろうが、フィアが知る限り彼女とアウレスは接点が無かったらしいので、既に状況が異なり始めている。

 そうなると知識全てを鵜呑みには出来ない為、知識元のフィアと現場を知るアウレスで精査したうえで、徐々に開示していくべきだろう。


 それでも、()()()最優先で伝えるべきことがあるのは、間違いなかった。


「......限界は、想定より近いと思え。数十年も持つか、分かりはしないぞ」


「なっ............」


 ガイゼンは絶句する。

 フィアの行動から、速く動かねば取り返しがつかなくなるとは、予想していた。

 しかし、事態は遥かに緊迫していると、アウレスの堅い声は物語っていた。


 自分はまだ娘を甘く見ていたらしいと、内心で反省する。

 娘の生き急ぐような最近の行動には事情があるとは察していたが、どうやらあれでもまだ、彼女には()()のだと。

 

 そして、アウレスが伝えるべき事項は、まだ残っている。


「それと、災禍は魔王よりも、()()根絶せねばならん。第一、第二、第三、そして()()()()も含めて、全てな」


「............」


 ガイゼンはまたも硬直する。

 四百年の歴史で、第四しか討伐できていない、魔王配下最強の眷属、他の魔族とは次元の異なる怪物である《災禍》。

 今の人類戦力を一致団結・総結集しても、一体相手でも相当厳しい戦いになる、絶望の化身。


 アウレスの言が本当ならば、奴らを全て討たねば、魔王を倒すことは出来ないということになる。

 しかもどうやら、これ以降も新たな災禍が生まれる可能性がある。

 タイムリミットが迫る中、それを為すには今の人類の総力は、とてもではないが足りていない。


「......あの子が、あれだけ鬼気迫る訳だ」


 娘に起きた変化に、ガイゼンは納得するしかなかった。

 むしろたった五歳の子供が、その事実を知って発狂せず、逃げようとせず、正面から向き合い、戦おうとしていることに、彼は尊敬の念すら抱いていた。

 皇妃や貴族たちとは、あまりに雲泥の差だと。


 ......前世の記憶が無く、ただ知識を得ただけだったなら、こうはならなかっただろうが、当然ガイゼンがそれを知る由もない。


「ああ、()()()()()もどうにかした方がいいらしいぞ。あの状態だと、死んではいても()()()()()()()らしいからな」


「......また、難題を」


 ガイゼンは額を抑える。

 それは帝国が抱える、ある()()の話。

 今は厳重に封印するしか手立ての無い、とある産物の事だった。


 先ほどまでの言と照らし合わせれば、確かに対処が必要なのだろう。

 けれど、肝心の対処法が分からない以上、すぐにはどうしようもない。

 ひとまずは、早急に封印を強化するしか、今は打てる手は無かった。


「それと、シュギアに手を回しておけ。正確には分からないが、数年の内に、あの一帯に《鍵》となる子供が流れ着くらしい」


 最後にもう一つ、伝えておくべき話。それは魔王を討つための、最重要人物。




 ——世界を救う、()()()について。




「......《鍵》、だと?子供、がか?」


 今度の要領を得ない話に、ガイゼンは首を傾げる。

 大事な話なのは分かるが、事前知識が無いと、先程までと違ってその真意が掴めなかったのだ。


 しかしアウレスにも、詳細を伝えられない()()がある。


「直接こっちで保護しようとするな。あくまで、シュギアに保護させる必要性がある。恐らく西からの難民だろうが、今は探すのは困難だ。下手な勘繰りをされて、他から面倒な横やりを入れられても困るから、慎重に動けよ」


 まず、フィアの知識を以てしても、聖乙女の現在地が分からない。

 ゲーム開始前、それも十年前の過去となると、情報がほとんどないのだ。

 いつ頃に保護されたとか、西からの難民だとか、本人の過去語りから得られている情報もあるが、当時の記憶となると、信ぴょう性に欠ける。


 見た目に関しても、当時に関するスチルが無かったので、子供の頃の容姿が分からない。

 予測できないことも無いが、十年の差異を考えると、あまり参考にはならないだろう。


 次に、帝国が聖乙女を保護するわけには行かない。

 正しくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ——シュギア聖国。

 

 ヴァクラ帝国西にある、女神を祀る宗教国家。

 ゲームにて、聖乙女は母と共にこの国に流れつく最中、魔族に襲われる。

 その襲撃をトリガーして、彼女は世界を救うための《鍵》の力を目覚めさせ、聖国に保護されることになる。


 大事なのは、この《鍵》の力を磨くのに、シュギアが最適だという点。

 《鍵》は、女神とも密接な関りを持つ。

 女神への信仰が深い聖国には、かつて女神が降り立ったとされる聖地もある。

 魔族に侵攻され、女神の力が弱まりつつある現状では、《鍵》の力は高めるのに最も適しているのが、シュギア聖国なのである。


 なので、他国に気づかれるように動き、下手に聖乙女の情報を知られる事態は避けたい。

 彼女が何かしらの重要人物だと気づいた勢力が自国に誘導した結果、《鍵》の力が磨かれないどころか、最悪の場合目覚めが遅れる可能性もあるのだから。


 なら、流れ着くのをそのまま待つ、という訳に行かない理由もある。

 既にフィアというイレギュラーが発生している以上、聖乙女が無事に保護されるか、確実とは言えない。

 しかも、魔族の襲撃の際に聖乙女の母は、力の目覚めに戸惑う彼女を魔族から庇い、命を落とすことになる。

 それを知っている以上、出来ればその事態は防ぎたい。


 ゆえに今出来るのは、シュギア聖国近辺の警備を厳しくさせ、母子ともに保護できる体制を整えさせるのが精々だ。


 詳細をぼかしながら、アウレスは一連の事情を簡潔に説明する。

 皇帝には悪いが、詳細は知らない人物が多いに越したことは無い。

 聖乙女の存在は、何よりも、それこそフィアの膨大な知識よりも重要視すべき案件だ。

 慎重に慎重を重ねても、なお足りないくらいでちょうどいい。


「......話はなんとなくだが分かった。《影》直々の案件として、処理を進めよう」


 曖昧な点は残るものの、今の話に出た人物が重要なことは、ガイゼンにも理解できた。

 彼の虎の子、《皇帝の影》であるミトゥスの動員を即決する案件であると。


「とりあえずは、こんなところか。神託に関しては、また追って伝えていくさ。内容が濃すぎて、一度に聞くと胃もたれするからな」


 そういいながら、俺もきついと、アウレスは顔を顰めた。

 真体を知る彼にしても、フィアの情報はあまりに新事実が多すぎた上、未だその全てを聞いたわけでは無い。

 これを他の者に聞かせるのは、精神的ショックが大きすぎる。


(まったく、()()も酷なことをする)


 ......その全てを背負う、まだ五歳の弟子。

 それを背負わせた元凶に、アウレスはもう少しやり方は無かったものかと思わざるを得ない。


 フィアと同じように、アウレスもまた、彼女の転生には女神が関わっているとしか思えなかった。

 そんなことが出来る存在など、端から決まっている。

 侍女のアンシラにまで神託を下している以上、それは間違いようがない。

 

 そして、これはあまりに、弟子に荷を背負わせ過ぎている。

 いくら皇族とはいえ、子供に託していいものでは無い。


 女神は何故、こんな手段を選んだのか。

 これが最適解だと確信する、何かがあるのか。


 ......或いはもはや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


(......どちらにしろ、やることに変わりはない)


 既に、女神の賽は投げられた。

 それに賭けると決めた以上、アウレスのやることは変わらない。


 ——それが弟子に、()()()()()を課すことになろうとも。


 女神を責める資格など無いなと、思わず自嘲しながら、アウレスは最後の要求を伝える。


「......ガイゼン。一つ、個別の訓練場を用意してくれ」


「......なに?」


 眉を顰めるガイゼンを気に留めることなく、アウレスは席を立ち、扉へと向かう。


「外か中かは気にしなくていい。どっちにしろ俺が結界を張って、余人からは隔離するからな。けど壁があれば、結界の手間が少し省けるから、俺も集中しやすいが。ああ、それと治療薬の用意も頼んだぞ。なるべく効果の高いのを多めに頼む。俺も魔塔の在庫を取り寄せるが、()()()()()()()()。専属の医師に関しては、魔塔から口を堅い、信頼できるのを呼ぶから、そいつの滞在場所の手配も頼む。後は......」


「——待て」


 次々と上がる要求を、ガイゼンの堅い声が遮った。

 振り返ったアウレスの目に、執務席から立ちあがった皇帝の、険しい顔が映る。


「......アウレス。フィアに、()をするつもりだ」


 今の要求を聞き、ガイゼンは黙って聞いていられるわけがない。

 ここまでの要求だけでも、フィアがどういうことになるのか、嫌な想像は難くない。


 人を射殺せそうな鋭い視線を受けても、アウレスは一切動じなかった。

 何をするつもりか、そんなこと、端から決まっている。


「——伝授するだけだ。俺が積み上げ、鍛え上げた、技術の粋を」


 アウレスが弟子を取らなかったのには、もう一つ理由がある。


 ——魔王を討つ、不変の意思と覚悟。

 

 それだけの精神力が無ければ、魔王に敗れた後、死に物狂いで開発した技術の継承に、()()()()()()()()()()からだ。


 フィアに、最強の御業を受け継げるかは分からない。


 アウレス自身でさえ、論理を確立して自身で会得するまでに、幾度となく死にかけたのだ。

 しかも、フィアはハーフエルフの彼よりも、特異的な体質をしている。

 伝授の危険性は、自身の比ではないだろう。


 ——それでも彼は、信じている。


 アウレスは踵を返し、執務室を後にする。

 彼の脳裏を過るのは、ベッドで上半身を起こした、小柄な少女の目。


 その小さな身に収まらないほどの、なによりも堅牢な、眩い輝きを放つ、不変の意思を湛えた双眸。



「——弟子が望むのならば、師は力を尽くすだけさ」



 ——フィアならば、彼の技を、受け継ぐことが出来ると。

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