フィア強化プラン・1
しばらくして、私の無茶による傷はようやく回復した。
いやぁ、鬼人の体を以てしても、思っていた以上に時間がかかってしまった。
......はい、私のせいですね。
本当に反省しているから、そんなジト目を向けないで、アンシラ。
けど、その間に、師匠は色々と準備を整えてくれていた。
お父様に掛け合って、城内にある鍛錬場の内一か所を、私専用の場所として確保してくれた。
小さい場所で、ほとんど使っていなかったから構わないらしいけど、まさかの個人用ときた。
それに、教養やマナー教育に関しても、師匠、または師匠が手配した講師が担当してくれることになった。
これで、あれこれとあった無駄な授業が一切無くなる。私の気も晴れやか、アンシラも鉄面皮が緩むほどににっこりだ。
......当然、反対されたらしい。
皇妃を中心に、伝統に反しているとの意見が上がったとか。
あの方は実家が公爵家という大貴族なのもあって、派閥としても発言力は大きい。
今までなら、それが皇帝であるお父様相手であっても、ある程度は通じていた。
しかし残念ながら、今回は相手が悪すぎた。
世界最強格の魔法師にして精霊師、偉大なる魔塔の創設者たる師匠の前で、その後ろ盾は通用しない。
権力も、より強い権力者には通じない、ということだ。
......まぁ、これで皇妃達とは決定的に拗れた訳だけど。
少なくとも皇妃とその子、第一皇子、第三皇子、第四皇子とは決定的な亀裂が出来たに違いない。
......攻略キャラにして、将来の重要戦力なる第二皇子が、第一側妃様の子で本当に良かった。
原作では一見すると礼儀正しい、糸目の優男だけど、実は腹黒で策士な本性をしていた筈。
けど善人なのは確かだし、皇族としての責務を正しい形で貫く、頼れる人物だった。
彼を敵に回すのは避けたいから、出来ればこれ以上、皇族関係で問題が起きないことを願う。
......そんな上手くはいかないよね、きっと。
なんで身内で争うことになるかな、ホント。
魔族の脅威の前で、人同士で争ってどうするのか。奴ら以外を敵にしても、魔族は喜ぶだけなのに。
ともかく、気を取り直して。
私は新調した運動着を着て、個人鍛錬場に来ている。
なぜ新調したかって?......魔力を暴走させたときに、一部が吹き飛んだからよ。
特注眼鏡のほうは、何とヒビ一つ入っていなかった。
流石、ドワーフ謹製だけはある。
服よりも遥かに高価だから、破損が無くて助かった。
という訳で私は今、鍛錬場の中央で師匠と向かい合っている。
アンシラは入り口付近で、こちらを見ながら待機している。
さぁ、個人指導の始まりね。
「さて、改めてだが。馬鹿弟子、お前の欠点はなんだか分かっているな?」
私は思わず眉をしかめる。つい先日それで危険な目にあったのだから、当然分かっている。
「魔力の量に対して、鬼人族の血を引く体がそれを受け止められない、ってことですよね?」
師匠は頷く。
「そうだ。ではなぜそうなるか、理由を知っているか?」
「......?」
そう問われて思わず首を傾げる。
確かに、私はそういうものだ、としか認識していなかった。
鬼人は魔力が少なくて、属性への適性を持たないもの。
けど、それは何故か。
そんなことは、ゲームの公式も明かしてはいなかった。
当時は、あくまでゲームバランス的な問題、としか思ってなかったし。
私の疑問を察したのだろう。
なら説明するか、と師匠は魔法で土の椅子を二脚、手早く作る。
......結構堅いけど、意外と座り心地は悪くない。
「人間は、大元を純人族として、そこから世代を重ねて派生、分岐したと言われている。ああ、当然奴らは除くぞ。あれはイレギュラーだからな」
「まぁ、そうでしょうね」
確かに、奴らは別か。
あくまでエルフ、ドワーフ、鬼人、獣人の四種族に関する話ということね。
「エルフ、それは世界の調整者である精霊との繋がりを深くした者達。本来、意思疎通が出来ない精霊と心を交わせるよう、適応していった種族だ」
精霊に寄り添い、共に歩む者。
彼らは精霊に魔力を捧げ、その力を借りる、共生という道を選んだ。
「総じて魔力量が多いのは、精霊に対価として捧げる為。人より遥かに魔力の扱いに長けた、というか体が魔力そのものと言ってもいい精霊は、魔力の力を最大限に引き出せる為、精霊の技は威力・速度・精度やその他、全てが純人の魔法の遥か上を行く」
しかし、精霊との共生を選んだエルフには、新たに弱点が生じた。
「エルフと精霊の相性は、エルフの宿す属性適正に左右される。そして精霊はその性質上、住む地域によって、属性などの性質が偏る傾向にある」
ようは純人の魔法と違い、精霊ありきだから、個人の性質と環境によって扱える力が左右し、実力が安定しない。
森では十全に力を振るえても、海辺では役立たず、ということもあり得るわけね。
その枷を外す、契約という手段もあるわけだけど。
それも、結局は精霊に頼ることに変わりなく、より大きな対価や制約が必要となるってことね。
「それに精霊と共生、いわば頼るという種へと変化していった結果、魔力が増えた代わりに、肉体は純人に比べて弱くなった、ってわけだ」
あくまで魔塔で調査して、そう結論付けただけだがな、師匠は最後に付け足した。
けど、そういわれるとなるほどと、納得がいく点がある話だった。
そしてこれを聞けば、少しは想像がつく。
私が血を引く鬼人が、どういう進化を遂げたのか。
私の考えを読んだらしい師匠が、ゆっくり頷く。
「そうだ。鬼人は逆に、肉体を鍛え上げる方向に適応していった種族だ。魔法という複雑な手段を捨て、ならばもういらないと属性も捨て、魔力をただひたすらに、肉体の強化へとつぎ込んだってわけだ」
その結果、鬼人は生まれながらに、強靭な肉体を持つ。
肉体の強化一点に魔力の使い道を絞り、それの制御にのみ長けた、肉体最強の種族へと。
むろんその結果、エルフのように弱点が生じたわけだけど。
「肉体内、ギリギリ武器までは精密な魔力制御が出来るが、それよりも外側になるとまともに魔力が制御できなくなった。生まれながらに強靭な肉体を持つが、それに大半を費やしたのか魔力量が低く、それに合わせて肉体が魔力を受け止められるキャパシティも減った。体内での魔力制御能力は高いからな、即座に魔力切れなんてことは無いが、どの種族よりも速く魔力切れを起こしやすい」
近接戦しか出来なくて、切り札は強いけど、ガス欠を起こしやすい。
魔族との戦場で、鬼人が死にやすい、というのが良くわかる話ね。
師匠は鬼人の特徴と弱点を告げた後、だがな、と話を方向転換する。
「お前の場合、その事情は全く変わるがな。複数の種族の血を引くのは俺もそうだが、お前はその中でもさらに珍しいタイプだ」
「......で、しょうね」
うん、そうだとは思ってたよ。
私の場合、師匠と違って純人の血が、普通じゃないからね。
「純人の一部には、純人のまま、その力を高めていった者達がいる。今ではその多くが権力者とかになっているが、ヴァクラ帝国の皇族も、そんな一族の一つだな」
ヴァクラの皇族は、大きく三つの特徴を持つ。
一つは、髪や目に他にはない、金色の色合いを宿すこと。
二つに、魔力量が純人族の中でも相当多いこと。
三つに、適性が《光》、或いはそれに類する特殊属性を持っていること。
光属性、といっても、べつに浄化とかに関係するわけじゃない。
そっちは別口、《聖乙女》の本分だからね。
ようはレーザーとか、光の屈折とか、そういうのを操る属性だ。
ちなみにアンシラの一族・ミトゥスも、元は皇族の血から分かたれた一族らしい。
光属性から生まれた、《影》属性。
そこからさらに分岐し、拘束や呪縛に特化した《鎖》属性に変化していったみたい。
問題は、これが鬼人の血と混ざった結果、どうなったか、ということ。
師匠はなぜか、呆れた視線を私に向けてくる。
「胎内に宿った時点で、皇族の血によって、鬼人ではあり得ない魔力量を持つ。その膨大な魔力を胎児の体の生成に使ったからか、お前は素の身体能力さえ、通常の鬼人の上を行く」
......まぁ、薄々気づいていたけれど。
私、鬼人の視点から見てもおかしな身体能力してるのね。
ゲームで学院の壁何枚もぶち破っても、傷のないの見て、周囲がドン引きする描写とかあったから、少し予想は付いていたけど。
「それでも、魔力を肉体の生成に使い切れなかったのか、お前は鬼人にしてはありえない、純人から見ても十分すぎる魔力量を得た。......なんだが、恐らくは鬼人の血が濃く出たんだろうな。お前の肉体はその出力と魔力量に反して、魔力を受け止めるというキャパが低い」
魔力量と肉体のキャパシティは、別物。
要は魔力を蓄える場所の容量と、身体が魔力を一度にどれだけ受け止められるかの違い。
水で例えてみようかな。
もの凄い量の水を貯蓄できる、立派なダムを作ったとします。
門を開けば、水は激流となって放出されます。
けれどそれを受け止める下の川は、とても頑丈な素材で補強されているけど、深さも幅も、普通の川とそう変わりありません。
——さて、どうなるでしょう?
......うん、そうね。
受け止めきれなくて川が決壊しますね。
まぁそんな欠陥構造のダム、端から作らないだろうけど。
元の肉体の性能が高いため、精密な制御が出来なければ、少しの魔力でも過剰な強化となってしまう。
そしてまともに魔力を使ったことの無い私は当然、そんな精密な制御は出来ない。
肉体が異常に強化され、それを抑えられなくて魔力制御も出来なくなる。
結果、先日のような暴走に至る、という訳ね。
......これ、どうしろと?
困惑する私だけど、師匠には答えが見えているらしい。
「お前の解決するべき問題は、大きく分けて二つだ。肉体が魔力を十分に受け止められるようにする。そして、魔力の精密な制御を身に着ける。これ以外に、方法は無い」
さっきのダムで言うなら、下の川も十分な拡張工事を行う。
そしてダムの放出量を調節できるようにする、といったところかな。
「......その方法は?」
肝心なのはそこ。私の不安と期待がこもった視線に対し、師匠はあっけらかんと答えを口にした。
「——暴走させまくって、少しずつ容量を広げ、魔力制御を体で覚えさせる」
「————は?」
......なんか、とんでもない答えが返ってきたんだけど。
呆然としていたら、後ろからグイッと引っ張られ、ぎゅっと抱きしめられた。
目を白黒させながら首を後ろに向けると、アンシラが私を抱き上げ、視線だけで人を射殺せそうな鋭い目つきで、師匠を睨んでいた。
「......どういうつもりですか?」
その声は、絶対零度の凍てつきを宿し、私に向けられた訳でもないのに、背筋が凍えそうになる。
けど当の師匠はそれを意にも返さず、表情もいたって大真面目だ。
「言葉通りだ。俺の監督の元、魔力を使わせまくって、肉体の許容量を無理やり広げる。その過程で少しずつ、魔力の制御方法を体で覚えさせる」
......なんという、力技か。
アンシラの声が、より一層冷たくなる。
「姫様の精神はともかく、体はまだ五つなのですよ。そんなことをして、体の成長に異常が出る可能性も......」
「——だからだ。肉体の成長が進めば、許容量を増やすなんて真似、どうやったって不可能になるからな」
「......っ」
師匠の言に、アンシラが言葉を詰まらせた。
......うん、よく考えれば、理にはかなっている気がする。
成長前の子供の体である今なら、このやり方は効果が出る。
むしろ、今しか出来ない、とっておきの方法と言えなくもない。
......当然、危険性を除けばだけど。
でも、師匠の管理の元なら、その危険性も下がる。
......アンシラに心配させてしまうけど、こうでもしないと、私は戦えるようにはならない気がするし。
だから、問題ないよ、とアンシラに伝えようとして。
「ああ、言っておくが、これはあくまで前段階だぞ?」
——さらなる爆弾が落とされた。
「......はい?」
「............」
師匠が、また訳の分からないことを言い始めた。
これが前段階って、この人、私になにさせるつもりなの?
アンシラの視線はますます鋭くなるばかり。もはや、師匠への警戒心を隠そうともしない。
「ようはな—————」
そうして聞いた、師匠の教育方針。
......その感想を一言で述べるなら。
「————マジ?」
「大マジだ、馬鹿弟子」
......本当に、その一言に尽きる。
今の話と比べたら、さっきの許容量拡張の無茶が、簡単に見えてしまうほどに。
この人、正気?
「言っただろう、俺の弟子にすると。弟子ってことは当然、俺の技術を受け継がせるつもりだ。多分これは、俺よりお前の方が相性が良いだろうからな」
......いや、納得はしたのよ?
道理で、師匠がこんなに強いわけね、って。
よくこんなぶっ飛んだ技術、いやこれ技術と言っていいの?
ともかく、こんな方法思いついたものだと、感心を通り越して呆れてしまう。
下手すれば廃人まっしぐらじゃない、こんなの。
それに、別の納得もした。
どうしてゲームで、この人が主人公たちを弟子に取らなかったのか。
これを会得するのには、あの時期じゃ時間が足りないし、リスクが大きすぎる。
めちゃくちゃパワーアップできるけど、時間が相当かかる上、まともに戦えなくなる危険性が高い。
技法の一部を身につける、なんて器用なことが出来るものでも無い。
これには、一度会得を始めたら、力を得るか、それとも全てを失うか。
——その二択しか、結末が無いもの。
......なるほど、個別訓練場を用意するわけね。
これは絶対に、他に流出させるわけには行かない。
中途半端にでも話が広がれば、死人や廃人が続出しかねないわ、こんなの。
アンシラは絶句して、顔を青ざめさせている。
その顔にはもう怒りでは無く、恐怖が宿っていた。
「......狂気の沙汰なのは、俺も承知の上だ。開発した俺でさえ、試行錯誤しながら、何度も死にかけて身に着けた。けど、お前の話を聞いた以上、ここまでしないと、魔族を討てないと俺は考える」
対して師匠の表情は、落ち着いたものだ。
——後はお前が決断しろ、と言わんばかりに。
......ああ、なんとなくだけど、分かってしまった。
師匠が今まで弟子を取らなかった、もう一つの理由。
これの会得には、覚悟が必要だ。
並大抵では到底足りない、それこそ師匠のように、真体を見てなお、どうにかしようと挑んだ、不屈にして決死の覚悟が。
師匠はそれを捨てなかった。
だからこそ、文字通り死ぬような思いを何度もして、この技術を見出だし、会得した。
こんなことを思いついた頭脳よりも、その不撓不屈の精神力に、私は尊敬を抱く。
そんな人に、弟子として認めてもらえたのだ。
——私なら、この技術を会得できると。
そう信じてくれたからこそ、こうして場を用意してくれた。
——なら、私もそれに応えよう。
ゲームと違って、周回は無い。
この程度のリスク、呑まなくては魔王を殺すなんて、夢のまた夢だもの。
私を抱きかかえるアンシラの腕を、優しく叩く。顔を強張らせた彼女に、大丈夫だよと、微笑みかける。
何か言いかけるアンシラだけど、私の表情を見て、無駄だと悟ったのだろう。
「......無理は、あまりしてほしくないのですが」
「うーん、それは無理よねぇ......」
アンシラの苦言に、私は苦笑いするしかない。
だって、これから始めるのは、無茶無謀の極みなんだから。
地面に下ろしてもらった私は、改めて師匠と向き直る。
その顔は短い付き合いとはいえ、今まで見たことの無い程真剣なものだ。
「......いいんだな?」
師匠の最後の確認に、私は挑発的な笑みで返す。
「愚問でしょう、師匠?」
軽く目を見開いた師匠は、口の端を上げ、厳つい顔のせいで凶悪に見える笑みを浮かべた。
「——良い答えだ、馬鹿弟子」




