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番外編 次期王従者の花嫁

番外編 第2弾

マキセの過去が少し明らかになります。

番外編 次期王従者の花嫁 



 ―カチャリ。


 持っていた鍵で簡単に施錠は解かれた。


 扉を開けても、そこには誰もいなかった。


 静まり返った空間。


 乱雑に置かれた本や書類。


 机の上に放置されたままのカップなど、生活感のある部屋。


 それなのに、自分の存在が異質に感じるのは、いつの間にか模様替えされていた家具の配置のせいかもしれない。


 1年以上ぶりの、帰宅だった。


 リビングに置かれている慣れ親しんだはずのソファに座り、天井を仰ぎ見て息を吐いた。


「まだここに、俺の居場所はあるのかな?」


 明るく軽い口調に自嘲した笑みを浮かべる。


 転がったソファから懐かしい香水の匂いを感じて、彼は瞳を閉じた。




 彼女に拾われたのは何年も前だった。


 独り、子供から青少年時の頃に身に付けた武芸で警護などをしながら生計を立てていた。


 クスイは賭博の国。


 一攫千金を狙う庶民の他にも、国内外の遊び好きの金持ちも多く訪れる。


 地方から訪れた豪族の宿泊する旅館警備に就いていた時、


「ねぇ、ちょっとでいいから情報教えてよ」


と、笑みを浮かべてやって来たのが、彼女だった。


 彼女の仕事は情報の新聞屋。


 権力者のスキャンダルや悪事など、数人の仲間と共に記事にして市井にばらまいていた。


 立場上、彼女の欲しがる情報を漏らすことはなかったが、女性にしてはさっぱりした性格の彼女に好感を抱き、私用でも話すことも多くなった。


 そんな中、悪事をバラされた人物が彼女との繫がりを知り、雇い主から疑いをかけられ信用を失って職を無くしたとき、


『ま、私も無関係じゃないしね』


と、彼女にウチにおいでよと拾われた。


 その後、やましいこと何もはないぞ、という意思表示のような雇い主が次々と現れ、警備や護衛としての依頼が入り生活に困ることもなくなったが、相変わらず彼女の元へ身を寄せていた。


 3つ年の離れた年上の彼女を、姉のように慕っていた。


 それは今も変わっていない、…表面上は。


 悪事をバラされた者に、彼女は捕らえられた事件があった。


 助けられた彼女を見て認識した。


 どんなに強くても彼女は守るべき女性であり、大切な人なんだ、と。


 そう自覚したとたん、過去の記憶が蘇る。


 再び、すべてを無くすことを恐れた。


 再びが起こることを、何より恐れた。




 一面に広がる焼野原。


 遮るものがなくなった風が、焦木の臭いを運んでくる。


 何もない黒い土地を前に、ただ、茫然と立ち尽くした。


 焼き尽くそうとする、燃え盛る炎を見たのなら、また別の感情が胸に生まれていたかもしれない。


「突然の襲撃で、金品を奪われ、火を放たれて……」


 怒りと悲しみの言葉。


「協力します、再び家の再興を!」


 希望の言葉。


 それらはすべて耳を通り抜け、何も残らなかった。


 ただ心にあるのは、言いようもない虚無感。


 緑豊かだった大地は、ほんの一時でなくなった。


 もともと、森林の国ポイコニーで材木商を営んでいた豪族。


 商用で家を離れていた時に家族を襲った惨劇。


 家族や従業員も火事に巻き込まれ、助かったのは少数の通いの従業員。


 燃え広がった炎は周辺の森林も焼き尽くし、数年かけて育てる土地も材木も失った。


 立て直しなど、不可能な程に。


 大事なものを総て失い、目的も失った。


 それからは、生きるために働いた。


 幼い頃から自分の身は自分で守れとばかり教え込まれた武剣術と商家を継ぐための教養と勉強は、大いに役立ってくれていた。


 クスイの国に流れたどり着き生活していく中で、過去の虚無感を忘れかけていたのに。


 彼女が思い出させてくれた、悲しい出来事。


 そして、今の生きるための目的を。


 目先のことだけでなく、未来の先のために。






 遠くのほうから話し声がしている。


 時折、男女の楽しそうな笑い声が耳に届き目を覚ました。


 薄暗い部屋の中、身体にはいつの間にか毛布が掛けられていた。


「あまり大きな声出さないで。マキセが起きるじゃない」


「ずいぶん待ってたんだ、起こしてやればいいじゃねぇか」


「そうだ、何なら俺が起こしてやろうか」


「お前じゃ、寝ぼけたマキセに反撃されてボコボコにされるのがオチだ」


「寝込み襲うしか敵わないからな」


 聞き覚えのある声は近所に住む、気のいい男たちのもの。


「やっぱ姫の目覚めは王子様のキスだな」


「……誰が姫だ」


 黙っていたら止めどなく続くであろう会話を止めるべく、起きたマキセは玄関口で話している彼女たちの元へ姿を現した。


「よぉ、マキセ。久しぶりだな」


「お前ら、うるせーよ」


「久しぶりの友人にそう言うか?!」


「友人なら気を使え」


 結局、日が完全に暮れてから彼らは帰って行った。


 彼女と二人になってしまうと妙に静かでぎこちなく感じてしまう。


「……何が食べたい?」


「ネシスの手料理」


「答えになってないよ」


 小さく笑いながら、長身のマキセを見上げる。


「…おかえり」


「ただいま」


 そのまま台所へと消えていく彼女を見送り、再びソファに腰を下ろした。


 彼女を抱きしめたい衝動を押し殺し、感情が通り過ぎるのを待った。


 当たり前のように迎え入れてくれるのが嬉しかった。


 慣れ親しんだ家よりも、彼女の側に居ることで感じる安心感。


 その想いの意味はずっと前から気付いているのに。


「なぁ、ネシス」


「何―?」


 マキセの呼びかけに台所から返事がくる。


 こちらにやってくる気配はない。


「今度、王城にさぁ、官吏用の住居ができるんだけど、そっちに移るように言われてるんだ」


「…………」


 台所から物音が止んだ。


「そこ、単身用じゃないからさぁ……」


 ネシスの足音。


 慌てた表情の彼女を目前にして、きっぱりと言葉にする。


「一緒に暮らそうよ」


「……今までのように?」


「今まで以上に」


 おいでとばかり広げた両腕。


 誘われるようにやって来た彼女の躰を強く抱きしめた。


 思ったよりも小さく細い躰。しかし、しなやかで温かい。


 彼女の指先がマキセの唇を探るように触れた後、重ねられた唇。


 それが彼女の答え。


「ずいぶん待ったんだから、責任取りなさいよね」


「それはもう、一生かけて」




【END】

という事で、マキセは森林の国ポイコニーの元材木商の息子でした。

マキセの相手は年上のお姉さんだなぁと最初から思って決めていました(笑)

家族構成の細かい設定はなかったのですが、今回修正しながら「あ、弟がいたんだろうなぁ」と思いました。そうやって設定が増えて「平行世界シリーズ」の短編が増えていくのです。


焦土になった土地は、元従業員などに分割売地にして、それでも残った土地はポイコニー国が管理している予定。

というか、ポイコニー国の数年後別話に出てきたり…などと伏線とまではいかない昔話に出てきたりして、平行世界シリーズの短編集は紡がれていきます。

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