クリスマスはあなたの傍で、・第三幕・セピア色のあの頃
由香がそんな事になっているとは露知らず、的を外し陽子とオカルト研究会ご一行様は、綾乃の執事である琴原のレーサー張りの運転でスーパーカーをぶっ飛ばし、誰しもが知らない修学旅行先の温泉地にご到着した所だった。
「なんてところなの!」
翠がそう思うのも無理はない。そこは草木も生えていない大きな岩がゴロゴロと散らばり靄が立ちこむ荒涼とした場所だった。
「観光地もへったくれもありゃしない。修学旅行って場所じゃないわねぇ」
沙織も呆れかえっている。
「おかしいわねぇ~。場所的には此処なんだけどぉ~?」
綾乃は大きな地図を広げて道を辿り確かめている。
「ねぇ、あの立て札はなに?」
陽子が何かに気付き指差して言った。そこには“温泉すぐそこ”と簡潔明瞭に走り書きされてあった。
「あっ!あそこに何かあるぅ~」
沙織も何かに気付き、もうひとつ上の丘を指差した。そこには古びた木造の掘っ立て小屋が今にも突風で吹っ飛ばされそうな雰囲気で建っていた。
「あれがまさかの温泉宿!?」
翠が呆気に取られた表情になった。
「外見はともあれ中は豪華かもしれないわ。外は寒いからとにかく早く行ってみましょう!」
綾乃が率先して先頭を歩き出した。
「断然!見るからに中の様子もすぐに想像できるわ・・」
沙織はまるで期待していない。
「だけどそこに由香がいるかもしれないわ。そう!私達より先に抜け駆けして、気持ち良く憧れの先輩と一緒に仲良く温泉に浸かっているわよ!」
翠は頬を赤らめ頭の中のイメージを期待に胸に寄せている。
「松子、竹子、梅子もいればいいのに・・」
陽子もニヤニヤしながら後を付いて行った。
掘っ立て小屋の前まで来ると、より一層朽ち果てた感がにじみ出していた。建付けの悪い引戸をバリバリ音を立てながら力一杯開けると、そこには男と女に別れた暖簾が目の前に出てきた。
「なに!これっ!てっ、銭湯じゃないぃぃ~」
全員目が点になった。
輔清となった由香は頭の中を整理しながら、今の猫になった体からは大きな世界となった通い見慣れた道を当てもなく歩いていた。
「だけど・・、なぜかしら塀の上とか屋根の上を歩いてしまうのね・・」
今の由香にとって猫という野生の本能がそうさせてしまうのだろう。気が付くと幼き頃に通っていた保育園の玄関先まで来ていた。
「懐かしい場所よねぇ~。あらあんな所に小さい頃の私がいる!」
門の塀に腰を掛けた輔清の由香が幼い頃のあの当時の自分の姿を発見した。その幼い頃の由香は他で遊んでいる友達とは交わらず、ポツンと塀にもたれ立って独りの世界に入っていた。
「そうよね。あの頃の私は傍から見れば大人しく静かな子だったけど、本当は臆病者で人と関りを持ちたくない性格だったわ・・」
輔清の由香は子供の頃を振り返り悔やんだ。その幼き由香の様子を遠目から眺めていると、ちょっかいを掛けてくる園児や、興味を持って近寄る園児の手を引っ張り遠ざける他の園児や、どう扱っていいのか分からず気を遣う保育員の先生の姿が短い時間に渡って幾度も繰り返された。
「どうしてもあの頃の私は他の人に心を開けなかったのよねぇ・・」
輔清の由香はあの頃の自分が今の自分の性格であれば、少しは人付き合いも変わっていただろうと深く考え込んだ。そんな事を思いながら後悔と無念を抱きながら、ぼんやりと体を丸めて幼き自分を眺めていると、三匹の鼠が同じように門の傍でたたずんでいた。それに気づいた輔清の由香は、とっさにその鼠たちに飛び付いて行った。
「また猫である野生の本能が私をそうさせるのぉ~」
輔清の由香は自分の気持ちとは裏腹に体が勝手に動いてしまう。鼠たちも襲い掛かる猛威に俊敏に気付いて一斉に逃げ出した。
「ほんとは鼠なんか追い掛けたくはないのよっーーー!」
輔清の由香はまっしぐらに鼠たちの後を追い排水溝を這いだり、雑草の生えた草むらを抜けたり、ゴミのバケツに突っ込んだりした。
「いくらお腹が減っていても鼠なんか食べたくないのよっー。あら私だわ」
そうこうしているうちに輔清の由香は幼き由香の前に飛び込んだ。幼き由香は輔清の由香を優しく抱き寄せしゃがみ込んだ。
「ニャァー、ニャァー」
幼き由香の耳には輔清の由香の声は猫の鳴き声にしか聞こえなかった。
「子猫ちゃん・・。これからずっと一緒にいようね・・」
逆に輔清の由香の耳には幼き由香の、か細く気だるい声は大きな反響音にしか聞こえなかった。しかし、その思いは頬を寄せ小さな体一杯に抱きかかえる愛情で、気持ちが心から伝わってきた。
「私と輔清との出会いはこんな感じだったかしら・・」
輔清の由香は初めて出会った頃を思い出していた。すると体が濡れているのに気付き見てみると幼き由香が涙を流し自分を強く抱きしめてきた。
「愛が見つからないわぁ~」
輔清の由香は切ない気分になった。
「どうか助けて下さい・・」
輔清の由香に急にそんな言葉が小さく微かに飛び込んできた。声のする方向に目をやると、遠くから先程の三匹の鼠たちが、何かを訴えるようなつぶらな小さな瞳でこちらを見つめていた。鼠たちの声が直接脳内に語り掛けてきたのだ。
「また勝手に体が動くのよっーー!」
輔清の由香は幼き由香の小さな胸を飛び出し、また鼠たちに野生本能むき出しで向かって行った。
「逃げないでよっー!あなた達わたしに話しかけてきたんでしょっ!」
輔清の由香はそんな事を言って鼠たちを追い掛け回した。
「私達も逃げたくはないのよぉー!だけど体が勝手に走り回っているのよぉー!」
三匹の鼠も同じように本能がそうさせるのだろう。三匹の鼠もテレパシーの様に輔清の由香の声が聞こえるようだ。両者はすばしっこく追いかけ逃げ回っていたが、ようやく今回は輔清の由香が三匹の鼠を行き止まりの壁まで追い詰めた。
「なぜ普通の行動が出来ないの!」
「野生の本能には勝てないわぁー!」
輔清の由香と三匹の鼠も一緒に息切れしている。
「その鋭い爪と牙で私達を襲わないで下さい」
一匹の鼠が輔清の由香の脳裏に直接語り掛けてきた。
「こんな鼠になって人生終わるのは嫌ぁー!」
もう一匹の鼠が悲鳴を上げた。
「私達は見かけは鼠ですが、実は魔法使いに姿を変えられた人間なのです」
三匹目の鼠が童話の様な話をしてきた。
「元はと言えば私も人間よ。テレパシーで語り掛けてくるんだもの。何となく薄っすら分かっていたわよ」
輔清の由香はシャァーと言いながら全身の毛を逆立て、鼠たちに噛みつかない様に野生の本能と戦っている。
「ところであなたは誰なんですか?」
誰しもが思う質問が両者の脳裏を飛び交った。
ところ変わって温泉のなか。オカルト研究会ご一行様は、これまた本能的に即座にタオル一枚で身を包み女湯に突入していった。
「気持ちいぃー!冷えた体がよみがえるわぁー!」
沙織が体を伸ばして掛湯を被った。
「だけど私たち以外に他に誰もいないのかしら?湯気だらけで何も見えないわ」
綾乃が周り一面の濃い湯気を手で払っている。
「何とも言えない独特の温泉の匂いがするわね」
翠がクセになる様な匂いを大きく吸い込んだ。
「秘湯って感じですよね」
陽子もバスタオルで身を包み入ってきた。
「それにしても由香がいる様には思えないんだけど・・」
綾乃は湯気のなかを探し回っている。
「どちらにしても先に冷えた体を温めましょうよ」
沙織は早速、温泉に浸かり手足を伸ばしている。
「そうよねぇ。疲れた体の芯まで温まりましょ」
既に翠は温泉を満喫している。
「なんでしょう!?向こうから何かうめき声が聞こえてこない?」
綾乃もゆっくり温泉に浸かりながら妙な事を言ってきた。
「そう言えばうめき声というより音程の外れた唸り声って感じね」
沙織が耳を澄まし聞き耳を立てた。
「よしっ!正体を確かめにいきましょう!」
翠は洗面器を両手に抱え用心深く温泉から上がった。そして陽子を残し三人はその音程の外れた不気味な音に向かって行った。
「♪旅いけばぁ~敦賀の里にぃ~茶の香りぃ~♪」
随分よく聞いた不愉快な声が気持ち良さそうに音程を外し浪曲を奏でていた。
「どうして此処に西園寺がいるのよっ!」
岩陰から三人は温泉に浸かる西園寺のうしろ姿を濃い湯気の隙間から覗き込んだ。




