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14話

 次の日、全身の強張るような痛みを堪えながら樹液に短刀を突き立てて行くと、塔の端にある窪みに枝葉の集まりが見えた。


「兄貴! あれは鳥の巣……例の魔獣の巣かも知れません!」


「今襲われたらひとたまりもない。一度引き返そう」


 僕はすぐ近くの小さな窪みまで引き返し、そこで魔獣を待ち受ける事にした。

 自分の縄張りに踏み込んだ僕達に気付いたら、奴は襲ってくるかも知れない。

 そこを僕の鉄板で防ぎ、田の投げ短刀で牽制して、僕の黒雷法術で止めを刺す。

 ……無論なんとか説得に成功して争いにならなければそれに越した事はないのだが。

 田の方を見ると、幾つものの短刀を木鞄から取り出して左手に集め、いつでも投げられるようにしていた。


「……なるべく争いにはしたくない。僕が合図を出すか、魔獣が攻撃して来るまでは投げないようにしてくれ」


「でも……魔獣に命乞いして助かったなんて話は聞いたことないですぜ……」


「これでも僕は魔帝だ」


 ヘイ、と不安げに小さく呟いて田は僕の後ろに隠れた。

 やがて、耳を澄ませているとバッサバッサと鳥の羽音が近付いてくるのが聴こえた。


「気を付けろ……そろそろ来るぞ」


 暫く待っていると鳥魔獣が白い羽を広げて、地上の森から巣へと戻って来るのがはっきり視認出来た。

 頭には派手な冠羽かんうを生やして、嘴は大きく湾曲している。

 図鑑で見た南蛮に住むというオウムに似た姿だったが、全長は僕の背丈より二倍近くもある。

 僕の後ろで、田がいよいよ固く縮こまっているのが分かった。

 そして、白いオウムは僕と目を合わせた。


「あなたが魔帝か。マテイカ」


 低い男の声だった。似合わない早口の話し方もなんとも不気味だった。

 オウムは巣から飛び立つと、


「しかし、いつもと感じがチガウ。イツモトチガウ。イツモトチガウ」


 そう繰り返しながら、僕に黒い目向けつつ、辺りを飛び回った。


「間違いなく、私が魔帝だ」


 なるべく低い声でオウムを睨み返す。しかしオウムは「オマエハチガウ」と何度も繰り返すばかりだった。

 僕がオウムに慣れて来てその滑稽さに失笑すら零れそうになった頃、オウムが啄むように嘴を僕の脚に突き刺そうとして来た。


「やめろ!」


 オウムの嘴は湧き出た鉄板が防いでくれたが、僕は慌ててよろめきそうになった。

 ――落ちたら一巻の終わりだ。

 思わず竦みそうになるのを堪え、窪みの端をしっかりと掴み込む。

 田は僕の後ろで震えてしまっている。

 僕が覚悟を決めて手の平を突き出した時、オウムの態度が急変した。

「魔帝だ。……マテイガイタ……マテイダ! マテイダ! オノリクダサイ! オノリクダサイ!」

 そう言って背中を向けた。


「……どうしますか兄貴」


「行こう」


 僕はオウムの急な心変わりに疑念を抱きながらも、意を決してオウムの背中に飛び乗った。続けて田も僕の右肩を掴むように飛び乗る。

 その時、左肩に触れるおかしな感触があった。……どうも田ではない。

 慌てて振り向くと、微笑を浮かべる里里の姿があった。


「お久しぶりです。お兄さま」


 唖然とする僕に代わって、声を上げたのは田だった。


「うわ! 誰だお前! 兄貴……何か心当たりは?」


 里里の姿は田にも見えているようだった。

 ……どうやら里里はただの幻覚ではないようだ。


「敵でない事は確かだ。……後で話そう」


 僕達を乗せたオウムはゆっくりと上昇していった。見下ろすと、塔の樹皮に、今まで足掛かりにしてきた固まった樹液が点々と地上まで続いているのが分かった。


「オモイ! サンニンハオモイ!」


 オウムはそう繰り返しながら、必死に羽をばたつかせていた。

 やがて、バタつく羽音が小さくなり、オウムの上昇が軌道に乗ってくると、オウムは黙ったまま羽ばたくばかりになった。


 しかし、その上昇の仕方はどこか不自然だった。

 ――あまりにも速過ぎる。

 全速力で走る陶華の背中から見た、歪むような景色程ではないが、それに近い速さで塔の樹皮が流れていく。風で吹き飛ばされそうになる。

 僕は恐ろしくなってオウムの頭を掴み直そうとしたが、その途端にオウムは滑るように僕の体をすり抜けてしまった。


「トウチャク! トウチャク! トウチャク!」


 低い男の声を上げながら、オウムは飛び去って行く。

 落ちると思ったその時、僕の体は信じられないことに空に浮かんだままゆっくり天へと昇って行った。

「兄貴! 何がどうなってんですか? 勘弁してくれー!」

 田は泣きっ面だったが、僕は空を飛んでいるようで不思議と楽しくなっていた。


「お兄さま! 飛ばされないよう手を繋ぎましょう! 田さんも」


 分かった、と答えて手を取り合う。僕達は寝そべるような格好で空に浮かぶ。僕は田と里里の手をしっかり握りしめる。

 田の手汗で僕の右手はべっとりと濡れてしまった。


「田、怯えるな。きっと大丈夫だ」


 怯える田を宥めつつ、改めて塔の頂上を見上げて見ると、円盤状の白い茸の笠部分がすぐそこまで近付いて来ていた。

 ――これは……どうやら僕達はあの天井の笠の方に落ちて行っているのではないだろうか。


 そう思った矢先に、僕達は塔の笠の裏側にゆっくり降り立っていた。

 立ち上がって見上げると、雲の切れ間に広大な地上が広がっていた。

 ――天地が逆になっている。

 一面の森に、長城が続いている。田が言う疫病が流行っているらしい南の村も見える。その傍にある湖を見ていると、水が降ってこないのが不思議に思えた。


 今度は白い床の断崖の先を見下ろしてみると、青空に沈んだ太陽が眩い光を放っている。

 何とも不思議な感覚だった。

 ふと、里里の姿が見当たらないことに気付いたが、神出鬼没な里里の事だから恐らく大丈夫だろう。


 ――しかし里里の姿が僕以外にも見えるとは驚いた。里里は一体、何者なのだろう。

 僕が考え込んでいる内に、茫然自失して腑抜けになっていた田も腰を起こして、不思議そうに地上を見上げた。


「はー……何ともおかしなもんですねぇ兄貴……」


「天地がひっくり返るとは、正にこのことだな」


 そう答えながらも周囲の状況を確認していった。塔の内部は瓦屋根の塀に囲まれていて、塀の白壁に開いた大きな丸い穴から中に入れるようだった。

 田を促して後ろに立たせ、耳を澄ませて警戒しながら穴の中に入り込む。


 穴の中は池に囲まれた美しい園林になっていた。池の中には見た事もないような植物が茂る石の島が小さな橋でつながっており、その中央には竹林が茂って、小さな粗末な庵を囲んでいる。

 天井は白い樹皮の壁と同じ材質のようだった。

その天井の中央には太陽のように橙に輝く大石が、園林を美しく照らしている。

 田は物珍しそうに辺りを見渡していた。


「もう俺には何が何だか。地上から見たら俺も兄貴も逆さまに塔の天井に立って、床の方を見上げてるってことになるんですかね。そういやあの突然湧き出た女は……駄目だ。余りにも色々あり過ぎて……」


 僕は田と座り込んで園林を眺めながら、里里について知っている事を話した。


「すまなかった。まさか僕以外にも里里が見えるとは思わなかった」


「いえ……それにしても兄貴の姿をした女の子とは……変な感じでしたね」


「惚れたのか?」


「……馬鹿言わないでくださいよ兄貴! 俺にも節操ってもんはありますぜ!」


「冗談だ。気にするな」


 ニャー、と不貞腐れたような猫の声が響いた。

 声の主である田と顔を見合わせて笑い合い、そのまま立ち上がり、庵へと進んで行く。


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