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12話

 やがて西の司紀国側の森に立ち並ぶ小さな煉瓦の砦の向こうへと日が落ちかける頃、僕は歩くのを止めて、誰もいない敵台で夜を明かす事にした。

 藍の礼服を布団代わりに体に掛けて、黒い外套に包まって部屋の隅で横になる。

 敵台の窓には小さな星空が切り取られている。


 僕がうとうとと眠り落ちそうになっている時だった。

 北東の側から長城を歩く幾人かの足音が聴こえた。炎の音も微かにする。そして、確かに近付いて来る。

 ――逃げるべきか。否か。

 迷っている間に、松明の光がぼんやり北東側の扉を照らした。

今逃げれば余計に怪しまれる。そう考えた僕はじっと息をひそめた。

 やがて三人の男達が僕の居る敵台に入って来た。緊張で全身が強張る。

 僕が男達の皮鎧姿を見て、親衛隊でないと安心したのも束の間、男達は僕を取り囲んだ。


 ――賊徒か。

 長身の男が僕の麻袋を乱暴に奪った。思わず声にならない声で叫ぶ。

 しかし男は少しも躊躇しない。


「湿気た中身だ」


 つまらない、と隣の小男も麻袋の中を見て同調する。


「そこの外套から見え隠れする藍の礼服は上等ですぜ」


 奥から高い声を上げた影は、子供の姿だった。僕と同じくらいだろうか。

 賊徒が目を見開いて、一斉に僕を向いた。

 長身の男が、松明に照らされて橙に光る太刀を抜き出す。


「血が付かないように気を付けろ」


 小男の声に答えず、長身の男が一歩近づく。

僕は覚悟を決めて右の手の平を長身の男へと向ける。

 乾いた笑いの後、


「何だそれは。命乞いか」


 ――油断している。しかし……自分の身を守る為とは言え、人の命を奪う事は許されるのだろうか……。

 一瞬の迷いに、太刀が振り下ろされ思わず目を閉じる。


 しかし、耳をつんざく高音が響くだけで痛みはない。

 恐る恐る目を開けると、太刀が僕の肩の手前で止まっていた。

 黒く輝く鉄板のような何かが、僕の肩を守るように浮かんで、太刀を受け止めている。


「化け物だ!」


 長身の男が半狂乱で太刀を何度も振り下ろしてくる。生きた心地がしなかったが、太刀が振り下ろされる度に鉄板が湧き出て全ての攻撃を弾いてくれた。


「逃げるぞ!」


 長身の男と小男は僕の麻袋を取り落として、大慌てで逃げて行った。

 やがて僕の前に幾重にも重なっていた鉄板が崩れ、粉になって消えていく。

 ――一体、この鉄板は何だったんだろう。僕の身を守ってくれたようだが、これも魔帝の力の一つなのだろうか。

 しかし陶華に手を斬られた時や、劾銅に腕と脚を潰された時はこんな物は出てくれなかった。

 疑問に思っていると、子供の賊徒がたった一人僕の前に立ち尽くして、平然と大きな目を僕に向けているのに気付いた。

 そして麻袋を拾い、僕の前に突き出す。


「何のつもりだ」


 僕はわざと苛立ちを露わにして、麻袋を奪い返す。

 するとその賊徒は、少し素っ頓狂な高い声で捲し立てた。


「俺は田だ! 食客にしてくだせえ! あんたみたいな強い人を探してたんだ!」


 ……食客。ルドラから聞いたことがある。君主が一芸に秀でた人物を食客として囲い、時には国とも渡り合う程の大きな勢力を作り出す事があったという。

 食客。……僕の食客か。

 僕は何故だか奇妙な興奮と幸福感に囚われていた。

 そういえば、君主が食客と共に悪の軍団に立ち向かう小説を読んだ記憶がある。あれは楽しかった。あの当時は多少なりとも憧れた物だった。

 悪くないかも知れない。

 それに今は仲間が一人でも多い方がいい。

 僕は田と目を合わせる。


「お前は何ができる」


「目利きと算盤と短刀投げが出来る。猫の鳴きまねも得意ですぜ」


 そう言うと、田は猫なで声を上げてみせた。昔アノンが連れて来た猫とそっくりだったので、思わず驚いてしまった。

 続けて、僕は少し冷たい目を田に向けた。


「お前は何故賊徒の真似などしていた」


 田は少し俯いて沈黙の後、


「薬を買うのに仕方なくやってたんだ。金が貯まったから本当は辞めたかったけど、黄の奴が許してくれなくて……脅されてたんです」


 まだ信用は出来ないが、根からの悪人という訳でも無さそうだ。


「望み通り、お前を食客として迎え入れよう。僕は故あって、世直しをしながら南へ旅をしている猿里という者だ」


 そう言って、干し飯の入った巾着袋を田に差し出した。田は満面の笑みを浮かべると、仰々しく跪き、それを受け取った。


「世直しの大義、俺も志を同じくする所です。命尽き果てる迄、この恩は忘れません!」


 僕は田にこれまでの経緯を手短に話した。

 人界にも魔帝の存在は知られているようだが、「魔帝の儀」に関しては田も初めて知ったようで驚きながら聞いていた。

 僕が話し終えると、田は肩をすぼめて見せた。


「……そりゃあ何とも波乱万丈な」


「これからも危険な旅になるだろう。お前も危険に巻き込むことになるかも知れない。不安になったなら食客を返上するといい」


「とんでもない! 危険は承知の事です! 世直しと理由探しの旅、お共させてください! ……えっと……何とお呼び致しましょうか……」


「そんなに畏まらずともよい。猿と呼んでくれ」


「ヘイ……じゃあ猿兄貴で!」


「今日はもう遅いし、田もここで寝るといい」


 ヘイ、と答えて田は肩の木鞄から麻の外套を取り出して、僕の傍で横になった。

 田が僕を裏切って親衛隊に駆けこまないか少し不安だったが、その様子はない。田は呑気に寝息を立てるばかりだった。

 田のいびき混じりの寝息に軽快するのが馬鹿らしくなった僕は、そのまま眠りについた。


 次の日、陽が上がっても田は寝転がったままだった。

 体を何度かゆすっていると、田はやっと目を覚ました。


「あ……おはようございます兄貴……」


 田が寝ぼけ眼を擦って、目が座るのを待ってから切り出す。


「早速だが、頼みがある。明日から長城の旅人や周辺の村で情報を集めてくれ。令国の出方や親衛隊の動きに繋がる事なら何でもいい。僕はその間、北の凡夏国側の砦に籠っておく」


「お安い御用ですぜ! 任せといてくれ兄貴!」


 田と砦の場所を示し合わせ、そのまま別れる。

 そして僕は草木の生い茂る森を砦へと向かっていた。

 砦の傍まで辿り着くには半日程かかった。

 近くで見ると、砦は煉瓦が所々崩れた長城の残骸のようだった。


 僕は、残骸の煉瓦の壁を起点に、崩れた煉瓦を寄せ集めて小さな部屋を作って行った。

 天井を作るのは無理だが、側面を覆うだけでも魔獣や親衛隊から見つかる危険は大分減らせる筈だ。

 そうして作業を続けながらも、僕は昨晩の奇妙な出来事を思い出していた。

 ――あの黒い鉄板は一体何だったのか。

 ルドラやアノンの口からも、あんな鉄板の話は聞いたことがなかった。

 煉瓦を積む作業に一段落付けた僕は、軽く自分の腕を小突いてみる。

 当然のように、何も起きない。

 続けて麻袋から短刀を取り出し、恐る恐る手の甲に振り落とす。

 ガン、と響く高い音。

 そして、昨晩と同じように僕の手に触れるか触れないかの辺りに、辺の長さが二尺程の四角く薄い鉄板が立ち塞がって浮いているのだった。

 ……この鉄板の正体。思い当たる節と言えば、僕の額の黒宝玉くらいしかない。


 何故陶華や劾銅の剣を防げなかったのかは分からない。剣があまりに速過ぎたか、僕がこの板を出せるようになったのが偶々昨晩からだったのか、どちらかだろう。

 僕は思わず額の黒宝玉に手を伸ばす。硬い感触が手に残った。

 この黒宝玉に「魔帝の儀」が行われる理由の秘密が隠されている。そう思えてならなかった。

 僕は思索にふけりながらも森に佇む長城の残骸の前で煉瓦を積み上げていく。


 次の日の明け方、僕は激しい雷雨で目を覚ました。

 雨を防ぐ術を持たないまま僕はずぶ濡れになり、寒さに震えたが、雷が鳴っているのは好都合だった。

 今なら黒雷法術を放って轟音を立てても、ただの雷と思われるだけで親衛隊に怪しまれる事はないはずだ。練習するには打って付けの好機だ。


 僕は枯れ木に手の平を向けて、気を集めた。

 ――気の量が異常に多い。

 気付いた次の瞬間には、莫大な気が手の平から放たれ、耳をつんざく轟音が響いた。

 立ち上がると、枯れ木どころかその先の木々も、大きく抉るように消し飛んでしまっていた。

 更に驚いた事に、あと一発は十分撃てる程の気がまだ体に残っているようだった。

 ――僕は、一体どうしてしまったのだろう。

 雷雨は一刻程で止んだが、僕の気持ちは晴れなかった。


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