お願いッ、ドラゴンを虐めないでッ
それがどの国で体験した出来事なのかは、もう憶えていない。
憶えていないのは、ラ・トビアが国そのものに、そこに生きる人間、騎士にまったく興味がなかったから。
――それでいて、酷い嫌悪だけが残っている。
そのなかで憶えているのは、ラ・トビアがまだ、ちょっと風変わりな少年として扱われていたころの話になる。
■ ■
その国の北側で大きな身体のドラゴンが現れたと、情報が入ってきた。
すでに先発隊の騎士団がこれに応戦。
二晩かけて、ようやく弓隊の攻撃によって動きも弱まり、いまは逃げられないようその翼にいくつもの杭を打って、捕えているという。
「話によると、暴れる翼を押さえつけるのに相当手こずり、負傷者も出たとのこと」
だが、取り押さえには成功している!
伝達係の声は明るい。
この報告を受けて、王都にある国府や、国を守る立場の騎士団たちは安堵の息を漏らしたが、
「な……んて、野蛮な――」
ただひとり。
その知らせを聞いて顔面蒼白になったラ・トビアだけが形相を変える。
――きっと……。
いくら頑丈な鱗に覆われているとはいえ、いくら大きな身体をしているとはいえ。
騎士団たちが放った無数の矢にはついに太刀打ちできず、酷く苦しんでいるにちがいない。
きっと痛み、苦しんでいるのだろう。
それだけでも酷い行いだというのに、
「翼を杭で打つなんて! 痛みに耐えきれず、暴れて裂きでもしたらどうするのさッ! その子は二度と飛べなくなるんだよッ」
翼竜が――ドラゴンが二度と飛べなくなる。
それはすなわち、死、を意味する。
「助けなきゃ……」
ラ・トビアはつぶやき、報告を告げに来た騎士のひとりに掴みかかる。
「そのドラゴンはどこにいるのッ?」
早く行かなければ……ッ。
だが、気焦りするラ・トビアにはあまりにも無情な現実を騎士が告げてくる。
「早馬を飛ばしても、一日半だ。それに――ドラゴンはすでに駆除の対象として、決定されている。駆けつけたところで、すでに解体の後だ」
「――ッ!」
解体ッ?
その言葉を聞いて、ラ・トビアは悲鳴を上げる。
「散々痛めつけて、駆除ッ? 解体ッ? それはあまりにも非道だッ!」
ああ、何てことだろう……。
こちらでは、ドラゴンがこんなにも簡単に駆除の対象になってしまうなんて……ッ。
ラ・トビアは心底口惜しかったが、いまは自分の心情を訴え、理解してもらう場合ではなかった。
「俺、助けるッ」
「何を言っているッ? 間に合うものかッ」
「やってみなければ、わからない!」
ラ・トビアは叫ぶなり、その場を飛び出す。
行先はここから北にある地域で、早馬で一日半。
得たのはこの情報だけ――。
残念なのは、ラ・トビアにとってこの国が地形もわからぬ異国であること。
だが、そんなことはどうでもよかった。
方角さえわかれば、距離感覚なんかどうでもいい。
これから厩舎で騎馬を強奪して、とにかく疾走させればいい。
目的地までの道のりは知りもしないが、――頼りはある!
「小竜ちゃん、傷ついたこの居場所、わかる?」
ラ・トビアが声をかけた相手は、小さなトカゲ。
赤い鱗が特徴の、愛嬌のある顔。
しかし、そのトカゲはただのトカゲではなかった。
自身が飛ぶのに不自由しない翼を懸命に羽ばたかせながら、
「きゅう、きゅう!」
――大丈夫、絶対に見つけてみせる!
と伝えるように鳴き、ラ・トビアにひと時の笑みを与えてくれる。
それと同時にラ・トビアは部屋を飛び出して、最初の階段をひと飛びで降りた。
しかし!
「勝手な行動は慎みなさい! 逃走、あるいは反逆として、我々はきみを捕縛しなければならなくなる」
周囲からラ・トビアを捉えようと、無数の手が伸びてくる。
それは恐怖よりも、トビアの怒りを増幅させる。
「アンタたちの都合を俺に押し付けないで!」
年は十七歳。
だが、幾分小柄な少年のラ・トビアは、自分を捉えようとする手を何度かかいくぐり、前へ、前へと走る。
小竜も懸命になって、その身体にしがみつく。
「いい加減にしろッ、ちょっと団長に可愛がられているからって、好き勝手が過ぎるぞッ」
「!」
それまで一応は少年であり、一応は客人として扱われているラ・トビアを捉えることに加減していた騎士たちも本気になり、本気の力でラ・トビアが纏うローブを掴み、引っぱって、身体ごと押さえにかかってくる。
「ドラゴンを庇ってどうするッ」
「離してよッ、ドラゴンは悪くないッ、ドラゴンは友だちなんだッ」
「こいつ――ッ」
噂には聞いたことがある。
どこからやってきたのかはわからないが、ドラゴンを庇い、ドラゴンを自在に操り、ドラゴンだけの国を築こうと放浪している少年――竜道士がいる、と。
しかも彼は、世に災いをもたらすだろう「竜王」の可能性を秘めていると――。
「やはり――きみがそうなのかッ」
誰かが確かめもせず、ラ・トビアをそうだと決定づけてしまう。
刹那、周囲の目が暴力的に変わった。
「離してッ、離してッ」
暴れるラ・トビアは今度、本気の拘束をされようと、無数の騎士たちによって取り押さえられてしまう――。




