表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
26/32

第二十五話 公開裁定、争点は「反逆の意図」

 貴族院の大広間だった。


 高い天井からいくつもの旗が、垂れている。ずらりと並んだ貴族たちの席。その最奥、一段高い玉座に、この国の王が臨席していた。アルテナ王国の貴族裁判。反逆の罪を、公に裁く場だった。


 しん、と冷えた厳かな空気が、広間を満たしていた。居並ぶ貴族たちの視線が、一斉に、被告席の俺に注がれている。好奇、侮蔑、憐れみ。様々な色の無数の目。その重さに、並の令嬢なら立っていることすらできなかっただろう。


 だが、俺は背筋を伸ばした。ここで俯けば終わりだ。やましいことなど何もない。その事実だけを支えに。


 被告席に立たされているのは俺――ラヴィニア・ド・クロワ。


 告発したのは王太子アルベリク。罪状は王位の簒奪を企てた反逆罪。


 この国の貴族裁判は四つの段階を踏む。告発、証拠審理、貴族院の評決、そして、王の裁可。罪が確定すれば待っているのは、処刑か、国外追放か、修道院送り。簒奪などという大罪では、まず、いちばん重いものになる。


 つまり、ここで負ければ、俺は死ぬ。


 修道院送りで済んだ原作のラヴィニアより、なお悪い。後ろ盾を失い簒奪の大罪を着せられた今、待っているのは断頭台だ。たった一度の評決で、すべてが決まる。前世でどれほど大きな商談に臨んだときも、これほどの重圧はなかった。命が文字通り、天秤にかかっている。


 被告には後ろ盾による弁護人を立てる権利がある。だが、本来なら俺にはそれがなかったはずだった。実家のクロワ公爵は離反した。後ろ盾を失った被告は、弁護人すら立てられず、一方的に裁かれて終わる。それが、孤立した者の定めだった。


 だが、今、俺の隣には一人の男が立っていた。


 ライラック侯爵、アイゼン・フォン・ライラック。貴族院に議席と発言力を持ち、そして――俺の夫。


 実家を失った俺の、唯一の後ろ盾。


 それが彼だった。


 契約から始まった関係だった。損得で結んだだけの婚姻。だが、その「夫」という肩書きが、今、俺の命綱になっている。実家に見捨てられ、一人になった俺の、ただ一つの盾。


 皮肉なものだと思う。生き延びるために無害だと思って選んだ男。その男が、まさか、最後の最後に俺を生かす唯一の鍵になるとは。


 アイゼンは、隣で静かに前を見据えていた。その横顔には迷いも気負いもなかった。



 審理が始まった。


 王太子は声高に、告発を繰り返した。クロワの血筋と、ライラックの武力。その結合は、反王家勢力の形成にほかならない。この女は侯爵を篭絡し、王位を簒奪せんと企てている――と。


 厄介なのは、その「外形」を否定できないことだった。


 簒奪の罪は、反王家勢力という客観的な事実で判定される。高位貴族の血筋と、国内最強の独立武力が結びついた。それは、紛れもない事実だ。婚姻という形で、すでにそこにある。いくら言葉を尽くしても、その配置そのものは覆せない。


 だから、アイゼンが争うべき点はただ一つだった。


 事実の否定ではない。


 意図の不在。


 反逆の「意志」が存在しないこと。それを証明する。それだけが、唯一の活路だった。


 アイゼンは、弁護人として立ち上がった。


 まず、彼は、時系列を突きつけた。


 「被告ラヴィニアは、宮廷の中心から、自ら距離を取った。王太子殿下の周辺を離れ、辺境へ退いた。もし、簒奪を企てる者なら、その逆をするはずだ。宮廷に深く食い込み、味方を増やし、中央に影響力を伸ばす。被告はことごとく、その逆を行った。これが、王位を狙う者の振る舞いか」


 理に適った反論だった。簒奪を企む者は、力を中央に集める。だが、ラヴィニアの動きはその正反対。求心ではなく遠心。中心からひたすら遠ざかる動きだった。野心家の行動原理とは、明らかに矛盾している。


 アイゼンの声は淡々として、それでいて隙がなかった。感情に訴えるのではなく、事実と論理だけで一つずつ外堀を埋めていく。さすが、と俺は内心で唸った。これが、宮廷工作で内通者まで作り上げた男の本領か。


 貴族たちの間に、ざわめきが走った。


 次に、アイゼンは証拠を示した。彼が水面下の工作で集めていたものだ。王太子派がこの告発のために、いかに証言を捏造し、貴族たちに圧力をかけたか。その経緯を裏づける書状や、内通者の証言。準備された罠であったことが、一つひとつ明るみに出ていく。


 そして、証人が立った。


 一人は、宮廷魔術師ユーリ。


 「私は魔術師として、被告の魂を検めました」と、ユーリは淡々と述べた。「結論を申し上げます。被告の内には反逆の意志はありません。王位への欲も王家への敵意も。……私の魔術に偽りはございません。これは、保証いたします」


 ユーリは俺の魂が「異物」であることには、一言も触れなかった。約束を守ってくれたのだ。意図の不在だけを証言し、いちばんの秘密は伏せたまま。


 危ない橋だった。あの男が口を滑らせれば、俺の転生が白日の下に晒される。そうなれば、簒奪どころかもっと得体の知れない罪で裁かれかねない。だが、ユーリは見事に線を引いた。研究のためと嘯いていたが――あの男なりに、こちらの秘密を守ろうとしてくれている。それが伝わってきた。


 もう一人の証人は、ステラ・メイズだった。


 男爵令嬢の身で、彼女は震えながらも、はっきりと証言した。ラヴィニアが、いかに、自分に優しくしてくれたか。誰かを陥れるどころか、孤立した自分に自分の足で立つ勇気をくれた人であること。そんな人が、国を乗っ取ろうなど考えるはずがないと。


 形勢が傾きはじめた。


 貴族たちの顔に、疑念が浮かぶ。これは、本当に簒奪の企てなのか。それとも、王太子の私情によるでっち上げなのか。


 追い詰められた王太子が、なおも言い募った。


 「言葉など、いくらでも飾れる! 証拠も、証言も、この女と侯爵が口裏を合わせたものに過ぎぬ! 現に武力はそこにある! いつ、牙を剥くかわからぬのだぞ!」


 そのとき、俺は自ら口を開いた。


 「殿下」


 被告が自ら発言することなど異例だった。広間がしん、と静まる。俺は玉座の王と、居並ぶ貴族たちを、まっすぐに見渡して言った。


 「私に王位を狙う気は、一切ございません。証明しろと言われても、心の中はお見せできません。ですが、これだけは申し上げられます。――私はただ、生き延びたかった。それだけなのです」


 飾りのないまっすぐな言葉だった。


 「宮廷を離れたのも、侯爵と婚姻を結んだのも、すべて、穏やかに暮らすため。誰かを蹴落とすためでも、玉座を狙うためでもありません。もし、私の行いが結果として反逆のように見えたのなら――それは、私の世渡りが下手だっただけのこと。野心ではございません」


 言いながら、俺は奇妙な落ち着きを、感じていた。


 嘘をつく必要がない。取り繕う言葉を探さなくていい。ただ、本当のことを、本当のまま口にする。それは、これまでずっとアイゼンに対してやってきたことと同じだった。嘘の匂いを嫌うあの男に。その積み重ねが、今、この大舞台で効いていた。


 腹芸が渦巻くこの場所で。


 誰もが言葉の裏を読み、思惑を探り合う、この貴族院で。


 俺の何の裏もない、ただまっすぐな直球は――かえって、誰よりも強く響いた。建前で武装した貴族たちが、丸腰の真実を前に言葉を失っていく。社交界の夜会で、一度、見た光景だった。あのときの予行が、今、本番で生きていた。


 貴族院の空気は、決定的に傾いた。


 王が静かに口を開きかける。評決はもはや、見えていた。簒奪の企てはなかった。これは、王太子の私情による告発である――と。


 だが。


 その瞬間だった。


 評決を待たずに。


 追い詰められてすべてを失いかけた王太子が――理性の糸を断ち切った。


 「黙れ……黙れ、黙れっ!」


 彼は目を血走らせて叫んだ。


 もう、誰の目にも明らかだった。冷静な告発者の仮面は剥がれ落ちていた。残っていたのは、欲しかったものを手に入れ損ねた、一人の駄々をこねる子供だった。物語の中心を失い、空虚を抱え、その空虚を俺を断罪することで埋めようとした男。その目論見が、今、衆人環視の下で崩れていく。それに耐えられなかったのだ。


 「ならば――力で決めるまでだ!」


 言葉で勝てぬとなれば力で。最後までこの男は、人を自分の思い通りに動く駒だと思っていた、父クロワ公爵と同じだった。盤上の理屈が通じぬとなれば、盤ごとひっくり返す。


 だが、それは、最悪の悪手だった。


 その合図と共に広間の扉が荒々しく開け放たれた。


 なだれ込んでくる、武装した王太子派の私兵。


 裁定の場が、戦場へと変わろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ