『今日から平和に大学行ってくるぞ!…あれ?』
「僕の名前は神代拓巳。ごく普通の大学生だ。現在僕の住む家には7人(?)の悪魔が棲みついている。――ああ……、というか、このお決まりの挨拶をするのも本当に久しぶりだな〜。最近いろいろなことが目まぐるしく起こりすぎて……。もう正直、何が起きても驚かなくなってきたなあ……」
――ドゴォォォォンッ!!!
「……あれ? なんだ、今の不穏な爆発音は……? あー、なるほど。またいつものようにサタンとルシファーが朝から派手にやり合ってるのか〜。もーどうでもいいや〜。あーあ、お腹減ったし、とりあえずリビングに行って朝ご飯でも食べようかな〜。じゃあ読者の皆さん、本編へ……どうぞ〜」
「おはようございます〜……」
目をこすりながら、眠気眼でリビングのドアを開けて入っていく。
「あら、おはよう拓巳さん。ちょうど朝ご飯ができたところよ〜」
キッチンから、お馴染みのフリフリのエプロン姿を身にまとったアスモデウスが、極上の笑顔で僕を迎えてくれた。
「ありがとうございます。……それにしても、外のあの凄まじい地鳴りは、やっぱりいつものあいつらですか?」
「……そう……また朝から……飽きもせずに対消滅しそうな勢いで……」
リビングのソファの隅っこで、クッションを抱きしめてちょこんと丸くなって座っていたベルフェゴールが、気怠げに呟いた。
「あ、ベルフェゴール、おはようございます。本当に困ったもんですね〜あいつらは。あんなに朝から体力が有り余ってるなら、僕の家を壊すんじゃなくて、エクソシストの仕事にでも行って稼いできて欲しいんですけど……」
「……エヴァも蓮華も……最近全然新しい仕事を持ってこない……ニート生活……」
ベルフェゴールが心底悲しそうに、とろんとした目で呟く。
「うーん、あの二人の大人が仕事を回してくれないんじゃ、こればっかりは仕方ないですね……」
僕が肩をすくめていると、奥からお盆に乗せたお茶碗やおかずを器用に運んでくる影があった。
「おーい、お前らも突っ立ってねえでご飯運べよな」
「おっ、ベルゼブブ。自発的に手伝うなんてえらいですね」
僕が感心すると、ベルゼブブは鼻を鳴らした。
「俺は1秒でも早く飯が食べたいだけだ! だからお前らもぐずぐずしないで手伝え!」
「はいはい、わかりましたよ……」
僕が苦笑しながら手伝おうと腰を上げかけた、その時だった。
「ちょっと待ってください! ベルゼブブ、王子様にそんな雑用をさせて気を使わせないでください!」
こちらもサタンやルシファーへの対抗意識からか、フリル付きのエプロンをしっかりと着用したレヴィアタンが、キッチンからお味噌汁の椀を持ってもの凄い勢いで飛んできた。
「あ、レヴィアタン、おはようございます」
「お、お、おはようございます……っ! 王子様っ!」
僕が普通に挨拶しただけで、レヴィアタンは一瞬にして茹でダコのように顔を真っ赤にして、お椀を持つ手を震わせる。
「あらあら、朝からご馳走様ね〜。とっても熱いわね〜❤」
アスモデウスがニヤニヤとからかうような笑みを浮かべながら、大皿の料理をテーブルへと並べていく。
そうして、ようやくテーブルの上に美味しそうな朝食が出揃ったところで、僕、ベルフェゴール、ベルゼブブ、アスモデウス、レヴィアタンの5人で賑やかな朝ごはんを食べ始めた。
「そういえば、マモンさんはどこに行ってるんですか? 姿が見えないですけど」
白米を口に運びながら、ふと気になって尋ねてみる。
「マモンちゃんならね、まだ日が昇る前の早朝から『朝からガッポリ稼ぎにいきますわよ! 待ってなさい人間界のマネー!』とかなんとか大声を上げて出かけていったわよ〜」
アスモデウスの言葉に、僕は感心半分、呆れ半分で息を吐いた。
「へえ、そういう働く意欲があるところだけは、外で絶賛大爆発を起こしてるあの引きこもり二人組にも、少しは見習って欲しいですよね〜」
「あんな野蛮な傲慢と憤怒は無視していいんですよ、王子様。私の視界には王子様しか映っていませんから」
「……ははは、それはどうも」
レヴィアタンの重すぎる愛のストレートを適当に受け流しながら、僕はご飯を平らげた。
「よし。じゃあ、僕はそろそろ大学の講義があるから、行ってきますね」
食器を片付け、カバンを肩にかけて玄関へ向かおうとすると、レヴィアタンが僕の服の裾をぎゅっと掴んできた。
「王子様! 私も、私も大学に連れて行ってください!」
「え? 大学に? ――あー、まあ、レヴィアタンなら暴走もしなさそうだし、いいか。いいですよ」
僕の許しが出た瞬間、レヴィアタンの瞳がパァァッと輝き、この世の終わりかと思うほど嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、外を歩くから他の悪魔たちみたいに『使い魔(小さなぬいぐるみの姿)』になってもらえますか?」
「あっ、私は使い魔の姿を借りなくても、実は【変化の術】がとっても得意なので、物理的に何にでもなれますよ!」
「何にでもか……。うーん、人間の服を着たまま大学の構内を連れ回すわけにもいかないし、何がいいだろうなぁ」
僕が顎に手を当てて悩んでいると、後ろからアスモデウスが名案を思いついたようにポンと手を叩いた。
「拓巳さんって、いつも似たような無難な私服ばっかり着てますし……レヴィちゃんが『お洋服』に化けて、拓巳さんに着てもらうっていうのはどうかしら?」
「ええっ!? 服!? 僕がレヴィアタンを着るってことですか!?」
「よ、よ、洋服ですか……っ!? お、王子様の身体に、私が一日中ずっと密着するなんて……っ!」
レヴィアタンが耳まで真っ赤にして身を悶えさせる。
「そうよ〜❤ それなら周囲にも絶対に不自然に怪しまれないし、レヴィちゃんも大好きな王子様とずっと一体になれて嬉しいでしょう?」
ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながら、背中を押すアスモデウス。
「わ、わかりました……っ! 私、王子様のために精一杯お洒落な服になります! 頑張ります!」
「は、はあ……。でもだめですよ!服なんて僕には刺激が強すぎます!」
僕がそれを断ると、レヴィアタンは悲しそうな顔をしてから目を閉じた。
「じゃあ小さいので我慢します…。――では、行きますね!」
レヴィアタンの掛け声とともに、彼女の全身から眩い青白い光が溢れ出す。
その光り輝くレヴィアタンの身体が、みるみるうちに縮小し、形を変えていく――。
「あ……」
光が収まった後にそこにいたものを見て、僕の言葉が止まる。
「可愛いいいいいいいいいいいいっ❤!!!」
僕が言葉を発するより早く、リビング全体を震わせるほどの超音波のような黄色い悲鳴を上げたのは、アスモデウスだった。あまりの凄まじい声量に、ベルフェゴールもベルゼブブもビクッとして耳を押さえている。
「レヴィちゃん、洋服じゃなくて子猫じゃない! 魚類以外にもこんな可愛い哺乳類に変化できたのね!? なんて可愛いのぉぉぉ!!」
アスモデウスは手の平サイズのスプライトブルーの瞳をした、ふわふわの白い子猫を即座に抱き抱えて頬ずりした。
「にゃ、にゃーっ!(やめてくださいアスモデウスさん! 私は王子様だけのものなんですっ!)」
子猫の姿のまま必死に抗議すると、レヴィアタンはアスモデウスの腕をすり抜け、僕の胸元へとダイレクトに飛び移ってきた。
「うわっとっと!」
僕は落とさないように、慌てて両手でその小さなフワフワの身体を抱き上げる。レヴィアタンは僕の腕の中で、嬉しそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「あらあら、お姉さんちょっと妬いちゃうわ〜❤」
アスモデウスに見送られながら、レヴィアタンを僕の通学カバンの中へとすっぽり潜り込ませる。
「じゃあ、行ってきますね!」
カバンのチャックを少しだけ開けて空気穴を確保し、僕は玄関の扉を開けた。
見上げれば、僕の家のはるか上空で、サタンとルシファーが「拓巳は私のよ!」「しつこいわねストーカー!」と、凄まじい軌跡を描きながら朝の挨拶代わりに激しく衝突し合っている。
僕たちはあの戦闘狂どもに見つかって巻き込まれないよう、足音を殺してそろーっと、静かに家を脱出した。
最寄りのバス停から大学行きのバスに乗り込み、一番後ろの席に腰を下ろす。車内が妙に静かなのを見計らい、僕はカバンの隙間に向かってふと声をかけた。
「そういえばさ、レヴィアタンはなんで急に僕の大学について来ようと思ったんですか?」
すると、カバンの隙間から小さな白い猫の頭がひょこっと顔を出し、まっすぐな青い瞳で僕を見つめてきた。
「にゃ〜(それはもちろん、一分一秒でも長く、王子様と一緒にいたいからです!)」
「はは……相変わらず直球だなあ。……あ、それとさ、僕のことを『王子様』って呼ぶの、そろそろやめない?」
「えっ!? にゃ、にゃあ……(め、迷惑でしたか……?)」
レヴィアタンがシュンと耳を伏せ、今にも泣き出しそうなほど悲しそうな声を漏らす。
「あ、いや、迷惑ってわけじゃないんだけど……。その、外でそう呼ばれると少し恥ずかしいというか……。普通に他の奴らみたいに、『拓巳』って呼んでくれればいいんだけどなぁ、なんて」
「うーん……にゃあ……(王子様は私にとって永遠の王子様なので……他の泥棒猫たちと同じ呼び方なんて、絶対に嫌です……)」
「頑なだなあ。……じゃあ、何か別の恥ずかしくない呼び方、ないかね?」
僕が腕を組んで新しい愛称を考えようと呟いた、まさにその瞬間だった。
――ガックン!!!!!
激しい衝撃とともに、僕たちの乗っているバスが急ブレーキをかけ、不自然なほど唐突に大きく揺れて停止した。
「えっ……? なんだ!?」
僕が周囲を見回す。止まったまま、不気味なほどの静寂が車内を支配していく。ふと気づけば、このバスに乗っている乗客は、いつの間にか僕たちだけになっていた。
「ど、どうしたんだろ……。運転手さーん? 急に止まってどうしました?」
運転席に向かって少し声を張り上げて問いかける。だが、前方からは一切の返事がない。ただ、しんとした冷たい空気が車内に満ちていくだけだ。
「……おかしいですね。王子様、私が様子を見てきます」
レヴィアタンは真剣な声に切り替えると、するりとカバンから抜け出し、足音を完全に消したまま前方の運転席に向かってトコトコと歩いて行った。
運転席のすぐ横までたどり着いたレヴィアタンは、パッと運賃箱の上に飛び乗る。
そして、運転席のシートを覗き込んだ瞬間――。
レヴィアタンの青い瞳が、恐怖と驚愕でこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「れ、レヴィアタン? どうしました?」
僕が席から立ち上がろうとした、その時。
僕を振り返ったレヴィアタンの表情が、これまでに見たことがないほど悲痛に強張り、喉が張り裂けんばかりの声で絶叫した。
「王子様――ッ!!!!!」
「え――」
その言葉の意味を理解するよりも早く、僕の首元に、ゾクッとするほど冷たくて鋭利な「何か」が、後ろからスッと触れた。皮膚がピリピリと痺れるような、圧倒的な殺意の感触。
思わず、……は? と声を漏らし、身体を完全に硬直させる。
動けない僕の目の前を、ハラリと、一枚の美しく純白な羽が、ゆっくりと回転しながら足元へと落ちていった。
それと同時に――。
「へえ、あんたが、あの傲慢なクソ悪魔のお気に入りの人間ね。ふふっ。もっと強そうな男かと思ったけれど……随分と間抜け面で安心したわ」
僕のすぐ耳元で、心臓を直接凍りつかせるような、冷徹で美しい女の声が響いた。




