アキバのメイドは傲慢悪魔に魅了される
「――よし、今日も今日とてミッション・イン・コンプリート(無事登校)」
バスを降りてすぐ、俺の通う大学の正門を潜り抜けた。
しかし、キャンパスの敷地内を歩いていると、どうにも肌に突き刺さるような違和感がある。……いや、違和感というか、すれ違う学生たちの視線が、明らかにいつもより熱い。熱すぎる。
(あれ……なんかおかしいな、僕。あれれ〜? 僕、また何かやっちゃいましたか?)
脳内で某名探偵の子供のモノローグを再生しつつ、ラノベ主人公気取りで頬をかいてみる。だが、現実は非情だった。
「拓巳、さっきから何ぶつぶつ言ってるのよ。気味が悪いわね」
すぐ横から、呆れたような鈴の鳴る声が響く。
(あ、はい。知ってました。原因は俺じゃなくて、この歩く超絶美少女(しかもパジャマの上に俺のパーカーを羽織っただけ)のせいですね。こうして俺の輝かしい、日陰のモブオタク大学生ライフは、完全に終わりを告げたのだった)
「お前のせいじゃーーーーーい!!!」
俺は体全体を使ってビシッと指を差し、大音量でツッコミを炸裂させた。
「ちょっと……! 何大騒ぎしてんのよ、みんなこっちを見てるわよ?」
「あ……」
ルシファーに言われて周囲を見渡すと、広場の学生たちが一斉に俺たち(というか俺の奇行)に注目していた。
「ちょ、ちょっと来い……っ!」
恥ずかしさで顔から火が出そうになった俺は、ルシファーの手首を掴み、強引にキャンパスの隅っこにある木陰へと彼女を連れ込んだ。
「な、なんなのよ、いきなり引っ張って!」
「なにも起きないように気をつけてここまで来たのに、初手から目立ちまくってるじゃないですか!」
「いや、今の最後の絶叫は完全に拓巳のせいでしょ!?」
「そ、それはそうなんですが! その前ですよ、その前! ルシファー、あなためちゃくちゃ目立つんですよ!」
「私が美少女すぎるのは仕方ないでしょ。天性のものなんだから」
悪びれもせず、フンスと胸を張るルシファー。
「いや、確かにグウの音も出ないほどその通りなんですけど! もう少しこう、一般人に紛れるようにオーラを消してくださいよ!」
「ええ……。そんなこと言われてもねぇ……」
「その、心底めんどくさそうな顔をやめてください!」
しかし、どうしたものか。彼女の隠しきれない異世界トップクラスの美少女オーラをどうにかしないと、一限目の講義が始まる前に俺が好奇の目で圧死してしまう。
俺が頭を抱えていると、ルシファーは「はぁ、もう面倒くさいわね」と小さく呟いた。
直後、ルシファーの全身が淡い光に包まれる。
「えっ? えええ……!?」
俺が驚愕して目を丸くする間に光はすっと消え去り、そこには、ストリート系の大きなフード付きのストリート衣装に身を包んだルシファーが立っていた。美貌を隠すように、フードが深く被られている。
「え? なにそれ? まさか……!」
「魔法よ。衣服の構造をちょっと書き換えただけ」
「魔法キタァァァァァァァァァァッッッ!!!!」
俺は両拳を天に突き上げて歓喜の咆哮を上げた。これぞファンタジー! これぞ異世界!
「ちょっと! 目立ちたくないんじゃなかったの!?」
「あ……そうだった……」
ルシファーに怒られ、慌ててボリュームをミュートにする。
「魔法くらい使えるわよ、悪魔なんだから」
「魔法……全オタク男子の永遠の憧れ、人類の夢。嗚呼、なんて甘美な響きでしょう……」
「キモ……」
うっとりと天を仰ぐ俺に、ルシファーから絶対零度の蔑みの視線(ご褒美)が突き刺さる。
「うるさい! この素晴らしさがわかってたまるか!」
その時、キャンパス内にキーンコーンカーンコーンと、授業開始を告げるチャイムの音が響き渡った。
「あっ! ヤバい! 講義が始まる!」
俺はいきなり脱兎のごとく走り出した。
「え? ちょっと、拓巳待ちなさいよ!」
慌てて後ろを追いかけてくるルシファー。
ガラッと講義室の重いドアを開け、俺たちは滑り込みで席に滑り込んだ。
「ふう……。なんとか間に合った……」
「なんか、無駄に広いところね。悪魔の集会所みたい」
「ちょっと静かにしてください!」
声を極限まで抑えて、隣のルシファーを嗜める。
「え? なんでよ、誰も喋ってないじゃない」
「もう講義が始まるからですよ」
「なんだか面倒くさいところね……」
「あんたが来たいって言ったんでしょうが!」
「わかったわよ……もう」
ルシファーはつまらなそうに頬杖をつき、教授が登壇するのを見つめた。
そして、密度の濃い九十分の講義が、何事もなく無事に終了した。
「はあぁー! 終わったわーーーっ!」
教室を出るなり、ルシファーは両手を大きく広げて伸びをした。
「意外と静かにしててくれて助かりましたよ」
「ふん、人間のおじさんの話にしては、結構面白かったからね」
ルシファーは満足げに頷くと、俺の顔を覗き込んできた。
「これからどうするの? 次の『こうぎ』は?」
「え? もう帰りますよ」
「ええ!? 来たばっかりじゃない!」
「今日はこの講義ひとつだけなので、直帰です」
「えー、つまんないわね……」
ルシファーはこれ見よがしに口をぶーっと尖らせて不満をアピールしてくる。その姿が、まるで駄々をこねる子供のようで、しかし破壊的に可愛い。
「……はあ、しょうがないですね。ちょっとだけ、寄り道していきましょうか」
「えっ!? なになに!? どこに行くの!?」
一瞬でルシファーの大きな瞳がキラキラと輝き出した。
そうして、俺が彼女を連れて寄り道した場所――。
「えーーーっ!!! なによここ!!! すごいじゃない!!」
電気街の改札を抜けた瞬間、ルシファーが駅前で大声を上げた。
カラフルな看板、巨大な液晶モニター、行き交う人々。
「喜んでもらえて何よりです。ここは日本の、いや、全オタクの聖地――『秋葉原』です!」
俺が我が物顔でドヤ顔を決めた、その時。
「……あれ? ルシファーさん?」
隣にいたはずの金髪がいない。キョロキョロと辺りを見回すと、ルシファーは少し離れたショップの店頭へと猛ダッシュしていた。
「あなた、なんか随分と平面ね。栄養足りてないの?」
ルシファーは、そこに設置されていたアニメキャラクターの『等身大アクリルパネル』に向かって、大真面目に話しかけていた。
「あああーーーっ!! ちょっと! ルシファー、何やってんの!」
「あ、拓巳! この子なんかおかしいわよ! 平面だし、話しかけても全く反応しないの! はっ……まさか、あなたも魔界の呪いでそんな姿に……!?」
「いや……あの、それ、ただのプラスチックのパネルです……」
「パネル? なによそれ」
「アニメに出てくる架空のキャラクターを看板にしたものですよ」
「アニメ? あっ、もしかして拓巳の部屋にいっぱい飾ってある、あの生気のない女の子たち?」
「そうです! あれは僕が魂を削って集めた美少女フィギュアやポスターたちです!」
「気持ち悪いわね」
「うぐっ!!!」
一刀両断。魔王の精神攻撃が俺のオタクハートを真っ二つに叩き割った。
俺が胸を押さえて膝をついていると、横から「すみませーん」と、やたらと可憐な声がかかった。
「ん?」
顔を上げると、そこにはフリルいっぱいのクラシカルな衣装をまとった、ビジュアル値の高い女の子が立っていた。
「私、すぐそこにあるメイド喫茶のメイドなんですぅ。よかったら、ご主人様たち、お帰りの際にお店にいらしてください!」
「あ、はい」
営業スマイルと共にチラシを差し出すメイドさん。俺が普通に受け取ろうとした、その瞬間。
「ちょっと待ちなさい!!」
ルシファーが俺の前に強引に割って入った。そして、メイドさんの目の前まで顔を大接近させる。
「あ、あなた……めちゃくちゃ可愛いわね!? どこの層のアイドルなの!? ねえ!? ソロモン72の新メンバー!?」
「えっ? あ、あの、ちょ……っ」
至近距離でルシファーの国宝級の美貌を拝まされたメイドさんは、完全に顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった。
「おいルシファー! やめなさい! 離れろ!」
俺は慌ててルシファーの胴体を後ろから抱きかかえ、引き剥がす。
「えー、ちょっと可愛いからスカウトしようとしただけじゃない!」
「え、えーっと……。あ、ありがとうございますぅ……。でも、ご主人様も、とっても綺麗です……っ!」
メイドさんは目をうるうるとさせ、なぜかルシファーを見て激しく赤面している。
(やばい! プロのメイドさんがルシファーのリアル悪魔的な美貌に完全にやられてる……!)
「あなた、メイドっていうの? 悪くないわね、今度から私の城(拓巳の家)で働かない?」
「えっ!? ご主人様のお家で働いていいんですか……!?」
メイドさんは両手を頬に当てて、完全に満ざらでもない様子だ。
「ちょちょちょ、ちょっと! ルシファー! この人は『メイド』というコンセプトでこの格好をしてるだけで、魔界の人間じゃないから! キャストさんも、この人の言ってることは気にしないでください!」
俺は全力でルシファーを引っ張るが、キャストさんは不思議そうに首を傾げた。
「えー? あれ? ご主人様も、どこかのコンカフェのキャストさんじゃないんですか?」
「キャスト? 私はただの悪魔――むぐっ!!」
ルシファーが真実を暴露する前に、俺は背後から彼女の口を両手で全力で塞いだ。
「ちょっと! 外で『悪魔』なんて言ったら、一発で頭おかしい人だと思われますから!」
「わかってるわよ、もう! 苦しいわね!」
手を離すと、ルシファーはぷはっと息を吐いて怒る。キャストさんは彼女の腰のあたりを見て、声を弾ませた。
「キャストさんじゃないんですか? でも、その黒い尻尾、すごくクオリティ高いコスプレですよね!」
「あ……」
しまっていなかった。ルシファーの服の下から、黒い尻尾がゴキゲンに左右に揺れていたのだ。
「そ、そうです! 彼女、コスプレが趣味のちょっと痛い……じゃなくて、熱心な子でして! あはは!」
「コスプレ? 私のこの尻尾は本物――むぐぐっ!!」
二度目の口封じ。
「ちょっと用事を思い出したので、僕たちはこれで……失礼します! ほら行くよ、ルシファー!」
「んぐぐぐっ!!」
俺は抵抗するルシファーを半ば小脇に抱えるような形で、全力でその場から逃走した。
「ルシファーさん……って言うのね。あの超美人なお姉さん……。連絡先、聞けばよかったなぁ……」
赤面したメイドさんが、ぼーっと俺たちの後ろ姿をいつまでも見送っているのを、俺は背中で感じていた。
「ちょっと! あんまり外で『悪魔』だとか本名をバラすようなこと言うの、本当にやめてください!」
ここは、秋葉原の駅前から少し離れた、人通りの少ない薄暗い路地裏。
俺は壁にもたれかかってハァハァと息を切らしていた。
「だってー。悪魔なのは本当なんだから仕方ないじゃない」
「はいはい。でも、ここは人間の世界なんですから、ルールに従ってください! あと! その尻尾は今後、絶対に隠してください!」
「分かったわよ、もう……」
ルシファーが指をパチンと鳴らすと、魔法の光と共に黒い尻尾が完全に消失した。
「はあ……」
大きなため息をひとつ。俺はズレたメガネを指でクイッと直すと、不敵に微笑んだ。
「では、今日、ルシファーをここまで連れてきた、本当の『目的地』に向かいましょうか」
「目的地? どこよそれ」
ルシファーが不思議そうに首を傾げる。
俺はカバンにぶら下がって爆睡しているベルフェゴールを優しくトントンと叩きながら、秋葉原のさらに奥深くへと歩みを進めた。




